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Apr 17, 2007
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カテゴリ:小説 上杉景勝
  直江山城守と上方にいる千坂景親の、懸命な取り成しで、家康は景勝と

山城守に上洛を命じてきた。

  岡左内の警護で主従は、翌年の慶長六年に上方に旅立った。

  左内は伊達勢との松川合戦のおり、伊達政宗との一騎うちで切りさかれた、

猩々緋の羽織を金の糸で縫いあせて先乗りを務めていた。

「人生とは朝露(ちょうろ)の如くじゃな」  景勝が独語した。

「左様、人生とは儚く脆いものにござる。したが、上杉家が尚武の家であることを

お忘れになってはなりませぬ」  「そうよの」

  景勝の青味をおびた顔が柔和にみえる。二人の脳裡に御館の乱、魚津城の

苦戦、それぞれの戦い日々が過ぎっていた。全てが苦しい合戦の連続であっ

たが、景勝と兼続はそれらを乗り切ってきたのだ。

  主従は大阪城の謝罪の席に座していた、正面の上座に肥満した家康が二人

を厚い瞼ごしより眺め、傍らには枯れ木のような痩身の、本多正信が細い眼を

光らしている。

「中納言と山城守か」  家康が天下人の風格をみせ両人に声をかけた。

「はっー」  二人は臆する気配もみせずに平伏した。

「謝罪に現われるには、些か遅すぎたようじやな」

「我等には謝罪の謂れは、ございませぬ」  景勝が武骨な口調で答えた。

「ほうー、昨年の合戦では石田三成に属し我等に反抗した筈じゃ」

「滅相な、言い掛かりにございます」  山城守が景勝に代り答えた。

「山城守、わしが小山に陣を進めた折、三万余の軍勢で出迎えてくれたの」

  皮肉を口走り、家康の肉太い頬が引きつっている。

「我家は尚武の家として、義と信を家法といたしております。六万余の大軍が、

我が国境に迫れば武家の仕来りとし、合戦の用意をつかまつることは、当然

至極にございます」 山城守が白皙の顔をみせ、至極当然と返答した。

「幸いにも合戦には到らなかったの」  「僥倖にございました」

「お二人は謝罪に参られたのでありましょうが」

  本多正信が家康の傍らから、しわがれ声を発した。

「内府のお尋ねに答えたまでにござる。我等は家の存続のため恭順に罷りこ

したまでにござる」  山城守が口調を変えた。兼続の官位は従五位下である。

家康の謀臣が、何をほざくかとの意気込みをみせたのだ。

「わしが攻め寄せたら、いかがいたした?」  家康が鋭く訊ねた。

「合戦に及びました」  景勝がすかさず応じた。

「勝てるか?」  「勝っておりましょう」  「なにっー」

「我等の標的は内府お一人、総大将を討ち取れば合戦は勝利にございます」

  景勝の返答に、百戦練磨の家康の背筋に戦慄が奔りぬけた。改めて小山の

陣が思いだされる。あの情況で会津に攻め込んだら、間違いなく深田に足を

とられたように、身動き出来なかったであろう。そうなれば西軍の大勝利であった

筈である。家康は化生を見るようにな目つきで、二人を睨みみた。

  相変わらず景勝は青味をおびた顔をみせ、山城守は動ずる気配も見せず

白皙の顔を晒している。家康が瞑目し思案を重ねている。

  時が遅々として進まない緊迫したなかで、二人は凝然として腰を据えてい

る。ようやく家康が分厚い瞼を開け、景勝を見据え口をひらいた。

「中納言、わしが小山で陣を反転させた時に、追撃せなんだことを愛で、恭順を

受け入れよう。ただし、会津百二十万石は没収いたす」  「・・・・」

  二人が黙然として次ぎの言葉を待った。

「代りに、出羽米沢三十万石を与える」  家康の最後通牒である。

「有り難き仰せに存じます」  景勝が答え、平伏した。

  こうして厳しい減封を受けたが、上杉家の存続は許された。

  二人が退席すると家康が太い吐息を洩らした、正信が初めてみる姿であっ

た。「あの主従を敵に廻したら、再び戦乱が起こったであろう」と、正信に語った

と云われる。とまれ、こうして上杉家は除封(じょほう)を免れた。

「とうとう最後まで謝罪の言葉を口にしませんでしたな」

  直江山城守の声に笑いが含まれていた。

「数年後には、家康の正邪が判明いたそう、わしは、それを楽しみにしておる」

  景勝と山城守は、再び天下分け目の合戦が起こるとよんでいた。その時に

堂々の勝負を決する覚悟を秘めていたのだ。

  こうして二人は大阪城をあとにして行った。       (完)

今日をもちまして「小説 上杉景勝」完了いたしました。長いあいだ
ご愛読いただき、また、励ましのコメントを頂き、感謝いたします。途中
降板のような形で終りましたが、上杉景勝の資料が、なかなか見つかり
ません、上杉家の存続が許されたところで区切りといたしました。






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Last updated  Apr 17, 2007 11:20:24 AM
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