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テーマ:いまさら、ビートルズ。(617)
カテゴリ:中村とうよう
中村とうようさんの魂を追悼するため、とうようさんの 著書を少しずつ読み直しています。今夜は、1980年 12月8日に殺害されたジョン・レノンを追悼するミュ ージッック・マガジン1981年3月増刊号『ジョン・ レノンを抱きしめて』に発表された「世界史の中のジョ ン・レノン」を読んで、そのエッセンスを写経のように 書き写しました。ジョン・レノンの音楽を聴きながら… レノンたちの生まれた町リヴァプールは17世紀後半以 降、奴隷貿易や新大陸との交易によって繁栄をほしいま まにした罪深い町。ジョン・レノンはその罪をつぐなう ために、ヨーロッパ文明が、キリスト教世界が、差し出 した贖罪の使徒なのだ。 The Beatles Twist And Shout 1963/2/11 ジョン・レノンがロックというアフリカに起源を遡る音 楽をやったのは贖罪の方法としては正当だった。その彼 をヨーロッパ世界自身が抹殺したのは、ヨーロッパの悪 の開き直りにほかならない。だから彼の殺害は世界史の 悲劇なのである。 The Beatles A Hard Day’s Night 1964/4/16 ぼくがキリスト教ぎらいになった原因は奴隷貿易や新大 陸の征服にある。愛を説くキリスト教の名のもとになぜ あんなに残虐な行為ができたんだろうかという疑問がふ くらみ、キリスト教こそ残虐行為をやらせた起動力だと 思うようになったのだ。 The Beatles Help! 1965/4/13 キリスト教は唯一の救い、という傲慢な考え方があるか ら、救いを与えてやったんだから奴隷にして当たり前、 抵抗する者は殺してよい、となる。この姿勢が帝国主義 の精神的基盤となり、現在の世界のさまざまな不幸の根 本原因を作ってきた。 The Beatles Strawberry Fields Forever 1966/12/21 20世紀に入ってから、大なり小なりアフリカのビート を受け継いだ音楽がヨーロッパ、アメリカ、日本などの 若者をとらえてきた。キリスト教世界の矛盾が大きくな ったとき、まず若者の肉体感覚が、非キリスト教的なサ ウンドを求めたのだ。 The Beatles Revolution 1968/7/12 それは知らず知らずのうちにひとつの方向へと肉体を走 らせる、飢餓感のようなものだった。最初から意識して いたはずはないが、ビートルズ、ことにジョン・レノン が身をもって示したのは、キリスト教的なるものからの 脱出の方法だった。 The Beatles The Ballad Of John And Yoko 1969/4/14 70年代になってからジョンが日本に深い関心を示した のも、非キリスト教的な生活感覚に惹かれたからではな いか。ジョンの追い求めた「愛」は、仏教の「慈悲」に 近いものを目ざしていたのではないか。ジョン・レノン も菩薩なのである。 John Lennon Love 1970/10/9 キリスト教に手向かうものは殺すことこそ正しいとする 考え方が、結局ジョンを殺したのだ。キリスト教を脱出 し、それを克服して、もっと次元の高い愛の思想を身を もって実践しようとしたジョンを、キリスト教は生かし ておけなかった。 John Lennon Imagine 1971/7/3 直接的にピストルをぶっ放したのは、チャップマンとい う頭の少々いかれた一個人かもしれないが、彼をそうい う行動に走らせたのは、古いキリスト教世界の最後の悪 あがきだ。レノンの生き方を、レーガンのアメリカは許 しておかなかった。 John Lennon God 1970/10/9 とにかく地球最終決戦は始まった。キリスト教的悪徳は レーガンを先頭に必死の反撃に出ようとしている。ジョ ン・レノンはその血まつりにあげられた。寛容でありた くとも、ぼくたちは戦うべきときには勇敢に戦わなけれ ばならないだろう。 John Lennon Grow Old With Me 1980/11 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.07.27 15:39:43
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