■どうやら本当に全部なかったことにしてしまうらしい。今夜谷田部家にはかなりたくさんの人たちが集まったけれど、誰も出稼ぎに行った父が行方不明になり、大女優の家に囲われていたことを話題にする者はいない。
■もしもこの席に藤野涼子がいれば、こんなのは偽善だとひとり立ち上がるかもしれない。場の空気なんか読むことなく、こんなのは本当のハッピーエンドなんかじゃねぇ、何か間違ってますと声をあげていたかもしれない。
■かつて沢村一樹はその事を木村佳乃に打ち明けようとした。いつか訊く、でも今は訊かないとあの時、彼女は言った。でもそのいつかは明日か明後日ではないもっともっと遠くの日になることだろう。
■そんな打ち明け話を聞かせてもらえない分、私たちには不満が残るのだが、聞いたところで拍子抜けするのかもしれない。毎日花に水をやっていました。毎日仕事の愚痴を聞かされていました。毎日漢字の練習に付き合っていました。そこには何の同情も憤りも生まれない。
■みね子も敢えてその質問はしない。ただ私が東京に行かなければ、私がすずふり亭で働いていなければ、川本世津子と出会うことはなかったし、父に行き当たることもなかった。彼を取り戻したのは彼女の手柄だったことは間違いない。家族みんなのありがとうにはそんな意味も込められている。
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