三輪崎漁港、那智漁港・・・熊野古道・第2章回想録(4日目その2)_story(3186)2013.9.7
Violaの先輩で地域介護ステーションを経営されている女性がおられる。新しい社屋と事業所を統合した建物の落成記念パーティーの開催の連絡をもらった。玄関先の掃除人として雇ってくれないかしらという気持ちもこめてさっそく近くなのでマラソンで見に行った。
往復で14kmあったが、本宅からは近い。なかなか瀟洒な建物で明るい空間が確保されている。将来利用するかもしれないがまずはおめでとうと言うメッセージをスケッチ付きで送っておいた。
昨日の日記は1万2千字を越えていた。まぁよくも長々と書いたものである。今日は短めにいこう!
熊野古道・第2章 回想録(4日目その2)
高野坂稲荷山から三輪崎漁港の方向
展望台があるというので、熊野古道を離れ延々1kmくらい歩いただろうか。
小さな祠があり猫が一匹番をしていた。
海岸をスケッチ。大峯奥駈道を歩いているときから夢にまで見た海。
スケッチするとき手摺りにサングラスを掛けた。
すっかりこれを忘れ2,3km先の三輪崎へ。
そこでサングラスを思い出し、再度ここまで往復。
疲れた!
世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を12泊13日で巡ってきました。
第2章4日目(通算11日目)の行程 その2
高野坂(こうやざか)→三輪崎駅→JR→那智→那智海水浴場(那智津浦海浜公園、浜ノ宮)テント泊
地方を歩いていてつくづく思うのは、なんと静かな環境であろうか。お祭りなどに出くわさなければ平々凡々の生活が送られているからである。逆に言ええばお祭りの時に再度出直さなければ本当の町の様子は分からないのである。だって祭りに1年をかけているとあらば、普通の日にブラブラと歩いても真の様子はつかめない。
祭りの準備や練習風景などを特定の場所へ見に行かない限り、静かな、だれも通っていない町だけを見ることになる。
新宮がそうであった。2月6日にお燈祭り(おとうまつり)が行われる神倉神社へ行かなければ2000人の男衆に会えないし、お盆の日の花火大会を丹鶴(たんかく)城から見なければ川面の夜景の素晴らしさに感嘆することはない。
そういう意味で、やはり1年を通じてその場所にとどまらなければ真の姿を見ることができない。旅の難しいところである。
中辺路(なかへじ)として新宮から高野坂(こうやざか)経由で三輪崎駅まで8kmくらいを歩いている。これは日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会の会報冊子で、熊野古道が紹介されており丁度この道がイラスト付きで出ていたから記憶していた。地図は新宮駅の観光センターでもらっている。冊子にあった地図とは若干異なるがこちらもイラストマップとなっている。
新宮から隣駅の三輪崎までは、子供の頃は、線路道を行ったものである。海岸伝いでは断崖があるので不可能。さりとて国道は遠回り。ということで短いトンネルが連なる海外沿いの線路道を歩いて宇久井(うぐい)海水浴場などに行った記憶が甦る。当然今なら許される行動ではないが、昔の少年のガキ大将は、朝飯前であった。当然大阪から帰省している身としてはそれに従うまでである。
今はそれを思い出しつつ、しんどい峠の道を重いリュックを担いで登っていく。このあたりは、鉄道の線路が最短コースなのである。近世の「熊野古道」が明治・大正以降の線路敷設工事で「線路」になってしまった部分もあり、歩道としては大きく迂回を余儀なくされる。三輪崎駅のすこし手前は、昔を想いだし線路を歩いて見た。
ぞくぞくとする恐怖感と近道を急ぐという行為が重なった。単線であるため、だいたい10分に一本は上下で列車が通過する勘定である。午後4時台は途絶えていたようである。
17時14分発の紀伊田辺行普通に乗って、那智まで移動。那智到着17時29分。古道を行っても面白かったとは思うが夕闇がせまっている。那智の駅裏の「浜ノ宮」でひと泳ぎしなければ!
昔は駅の裏手がすぐ海岸で、浜へ出て泳いだものだ。いまは立派な津浦海浜公園が出来ており、防波堤の役割を負っている。
藤棚が20棚 くらい並んだ長い公園。日中は日影を作り、家族が寛いでいた筈である。19時くらいまで泳いでいたがそろそろテントを張らねばならない。キャンプ、バーベーQは禁止の公園である。
夕闇に隠れるようにして藤棚の下にテントを張る。
実はこれが敗因であった。テントの2脚を藤棚の柱に固定し、残り2脚はペグで固定。浜風が吹いたときにテントにいかかる力のバランスが悪くなり、午前4時ころバサッと音がして
フレームが複雑骨折(3箇所)してしまったのである。あと1日残して、大変なことになってしまった。
那智漁港の朝日
テントが壊れて意気消沈。
5時38分。雲っていた空にやっと太陽が顔を出した。
この海浜公園は朝も早く散歩する人たちがいる。
悠長にテントで寝ておれない事情もあり
壊れたテントのフレームを四苦八苦しながら折畳み片づけにかかる。
写真:高野坂(こうやざか)の海
線路が真下を通る。
しかし青い海は昔からの眺めであろう。
写真:高野坂の熊野古道
石畳や石の階段が残っている。
こういう光景をみると本当の「熊野古道」という感じがする。
これに対して
大峯奥駈道は、木の根っこをつかみながらの登攀の数々でであった。
Picture1(sketch-direction 216°pm4:060 Sketch point:MIwasaki fishers-port,kouyazaka,Singu City,Wakayama Pref.,JapanGPS 33.695019,135.991494(°)(33°41'42.07" N,135°59'29.38" E)標高28m
Picture2(sketch-direction 90°am5:38 Sketch point:Tsura-beach,Hamanomiya,Katuura-town,Wakayama Pref.,JapanGPS 33.643614,135.936856(°)(33°38'37.07 N,135°56'12.68" E)標高4m
Google Earthを楽しむ方法
Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうちGPS情報(ex.
35.645569,139.615544(°)など)を、Google Earthのジャンプboxに貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。