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海と空のすきまに小さな家があります。
みかんや栗の木がある庭から空を見あげると海までぐるっと一続きになっていて、やさしい時間がすぎていきます。日々の暮らしの中で自分の手で作っていくさまざまモノたちについて思いつくままに書いていきます。 よかったら、ポちっと押してくださるとうれしいです。 大阪にいるときは引きこもりです… あっ残高がない!~ひきこもり主婦のサバイバル日記~ うみとそらをながめながら [全100件]
![]() 煙樹ヶ浜のはじ、いつも釣りの人が立っているところもすごい大きな波がきています。 ![]() 煙樹ヶ浜では波飛沫でけぶっています、こんな風になっているのは初めて見ます。おそらく気温が高く、飛沫が霧のようになっているのかな? ![]() 三尾の浜も流れてきた流木でいっぱい。 ![]() この家、ながらく手入れがされてなくて窓も外壁ももともと壊れていましたが、とうとう吹き飛んでしまいました。おかげで、すごい絶景です。手洗いの陶器の白さが妙に目につきます。 幸い、うちは大丈夫でしたが、日高川流域では甚大な被害とお亡くなりになった方がいらっしゃると聞きました。100年に1度の水害と聞きますが、本当に自然の前では人は無力です。 被災された方には心よりお見舞い申し上げます。
この度の災害で被災された方に心からお見舞い申し上げます。 ![]() 私のやすらぎの場所である海辺の岬も今までに何度も津波に洗われ尊い命が奪われてきた土地です。石で作られた船小屋、2階より高い防潮堤、「ここまで波が来ます」の標識。それらは全て、今までの酷い経験の教訓です。 もちろん、三陸海岸周辺の土地も同様に出来る限りの備えをし、田老町などは10mの防潮堤で2km以上街を囲って「防災の街」を誇ってきました。 しかし、自然の力はそんな人間の思いをはるかに超えて、街を人を押し流していきました。海に生き、海の恵みと暮らす人々をさらって行ったのです。 残された方々の無念は察してあまりあります。 恵みの海が鬼に変わったのですから。愛しいものを奪っていったのですから。 今は辛すぎてなにも考えられないと思いますが、でも、時間がたてばきっと立ち直ってまた、人々が海とともに生きる日が必ず来ると信じています。 今、私に出来ることは義援金を送ること、亡くなった方のために祈ること、そして東北地方の物を買うことです。 復興にはお金が必要です、悲しみを乗り越えて生活が一日でも早く再建できるように東北を海にいきる人々を応援したいと思います。 そして、花を植えようと思います。人々が元気になった時にいっしょに笑顔でその花を眺められるように。希望の花を…
![]() 昨年暮れに買ったお花がまだ、こんなにきれいに咲いています。切花なのにどうしてこれほどもちがいいのでしょう?今年は特に寒かったかなかな? ![]() 水仙も見頃をすぎて、紀州の春は早いです。花壇にもちゃんと勝手に咲いています。 最近は家風呂では温まらないかんじがするので、温泉巡りしてます。 ![]() かなや明恵峡温泉 ここはリニューアルして露天風呂が大きくなりました。しみじみ、夕暮れを眺めながら入るお風呂は格別です。時折、ケーンと雉のなく声が聞こえます。 とれとれの湯 最近はよくここに行きます。お風呂のあとはよし平で天ぷらが最近の定番になってます。よし平が大阪になくてよかった。きっと始終いって太ってしまうと思うので。笑 漸く春めいてきたので、ブログもちゃんと書くようにします。 よかったら、ポちっと押してくださるとうれしいです |一覧| |
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