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ヴィーテ・イタリア高岡(Hiruccio)のイタリアワイン&主夫日記

ヴィーテ・イタリア高岡(Hiruccio)のイタリアワイン&主夫日記

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2011/07/22
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カテゴリ:Bravura-ブラヴーラ
記念すべき第一回のメーカーズディナーを終えて、今
JRの中です。

アルベルトさんがブラヴーラに現れて、彼の風貌を見て
すぐに、このイベントの成功を確信しました。

と、言えば大袈裟かもしれませんが、それ程、彼の
表情は明るく、朗らかで、優しさが満ち溢れていて
誰をもリラックスさせ、いい気分にさせるオーラを
持っていたからでした。


連日の強行軍でお疲れの様子も多少お見受けしましたが
終始笑顔を絶やさず、情熱で実直な性格が、言葉の
節々から滲み出ていました。


お客様には多数お集まりいただきました。

すでにブラヴーラの常連のお客様、そして彼らの紹介で
来て下さった人たち、、、、、いつもお会いしている
方々、初めての方々入り混じっての、満員御礼でした。



アルベルトさんが説明している最中、目を輝かせて
聞いて下さる様子が本当に僕は嬉しかったです。


有難うございました。




ランブルスコの生産者であるアルベルトさんの
メディチ・エルメーテ者が「量産が当たり前の
ランブルスコ業界」にあって、「質的大転換」を
始動させたのが、20年前で、その終始一貫した
姿勢が評価され、ランブルスコの中では唯一
イタリアにおける最高賞を受賞し、またロンドンに
おける世界1万種類のワインから選ばれる、
「コストパフォーマンスの優れたスパークリング
ワイン」に選ばれるに至っています。


収穫量は既定の40%まで抑え、マセレーションの
期間も通常より長く取り、「ランブルスコ」独自の
香りをしっかりと閉じ込め、きめ細やかな泡を獲得
したワインを手掛けています。



しかし、物がランブルスコですからねぇ~(^^;)

「ランブルスコらしい果実香」と言われてもピンと来な
かったりするわけですが、いわば、イタリア最底辺の
ワインが、エミリア州という文化的、経済的にも
イタリアの中心地と言っても過言ではないレベルの高い州に
おいてその民衆の生活の中に浸透し、文化として根付い
ているという事実を、いまさらながら確認できて、とても
感動しました。

こう言えば、とってもとっても失礼なのですが、僕らから
すると「たかがランブルスコ」と思ってしまうような
ワインに愛情を注いで、磨きをかけて、イタリアでも代表的な
ワインにしてしまった、そのアルベルトさんの思いに
心から敬意を表したくなりますし、イタリアワインを
追い続けて本当に良かったと思う瞬間を味わえて本当に
貴重な体験をさせていただけたと思っています。


ある意味「不味いのが当たり前」のようなワインに対して
大きな投資を行うというベンチャー精神は、やはりエミリアの
風土や歴史、アルベルトさんが培ってきた何気ない食事風景や
家族への思いがなければできないのではないかと。


「ランブルスコの希望」は、70年代における、ピエモンテや
トスカーナと事情は異なるのではないかと思います。


それまでに「質のワインの文化」を全く持っていなかったこと。
(少なくともピエモンテにはすでにバローロ、バルバレスコという
 二大ワインが存在し、トスカーナにも「ゴヴェルノ法」など
 質を守るための決め事が存在していました)


醸造に関するフランスやドイツなどとの交流がなかったこと。
(ピエモンテは、サヴォイア家の領地でしたから、半分フランス
 のようなもの。トスカーナは歴史的に外来勢力を受け入れてきた
 地盤があります)


平地であり湿地である風土的条件が質のワインをつくるためには
足かせとなった。



など、いろんな理由があると思いますが・・・。



昨夜は後半は、随分と盛り上がって、通訳するタイミングを逸して
しまったのですが、アルベルトさんはこんなこともおっしゃって
いました。


  「実は、質の高いランブルスコを作るプロセスで
  いろんな人に、”もうランブルスコという名前も変えて
  しまったらどうだ?”などと言われたものです。


   でも、私はレッジョの人間ですからね。ランブルスコ
   という名前で、質の高いランブルスコを作り続ける   
   ことに意味があると思っています。」




これは、あのアブルッツォの大御所エドアルド・ヴァレンティーニ
と同じ考えですよね。彼も次元の違うトレッビアーノやモンテプル
チャーノを作り続けても、名前を変えようとはしなかった。


  「同じ銘柄で居続ければ、他者に向かって発言することが
   できるじゃないか。」



常に孤高の存在であり続けながらも、この姿勢を貫いた彼は、極めて
イタリア的なインテリジェンスの持ち主という気がするのですが
アルベルト・メディチさんもそういう存在なのではないかと思いました。



あと、あまり知られていない事実ですが、どうしてもパルマの生ハムや
パルミジャーノチーズが有名なので、


  「パルマのワインはランブルスコ」


と思われがちなんですが、実は、パルマでランブルスコはほとんど生産
されていないんですね。


  「ランブルスコの生産はレッジョ県とモデナ県がほとんど
   なんです。パルマの”生産者”がレッジョから葡萄や
   ワインを買い付けて瓶詰しますから、誰もがパルマの
   ワインと勘違いしてるんです。

   パルマの伝統的なワインは、マルヴァジアであり、
   ボナルダやバルベーラですよ。」




西隣のピアチェンツァのワイン文化とほぼいっしょですよね。
これはとても興味深い事実です。


続きは明日!























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Last updated  2011/07/23 10:19:18 AM
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