カテゴリ:Heavenly Rock Town
交通事故で呆気なく落命した私が、天の使いにしてこの町の支配者でもあるルーファス(Rufus)に導かれてこちらにやって来てから、早くも3年の月日が流れた。
天国と地獄の間に存在するこの小さな死者の町は、在世中にロックミュージシャンとして活躍した人々が集めらていることから【Heavenly Rock Town】と呼ばれているものの、無論彼等だけではなく私のような一般人も多く暮らしており、両者は共に生前の富や名声や権力などとは一切無関係に、平等な生活を送っている。 天界に来た者には必ず世話役が付くことになっているが、私の世話役を引受けてくれたのは “Rock Lobster” 等のヒット曲で知られる米国のニュー・ウェイヴ・バンド、The B-52'sのギタリストであったリッキー・ウィルソン(Ricky Wilson)だった。 85年10月に32歳の若さでこちらの世界に来たリッキーは、メンバーのケイト・ピアソン(Kate Pierson)が後に『Stupid Genius』と彼を評したように、奇妙な演奏を奏でる非凡なギタリストとして知られているが、素顔はとてもシャイで心優しい人である。 世話役というのはなかなか骨の折れる役目で、新入りの生活の面倒を一から見なければならない。3年もの間、その温厚誠実な人柄を以て私をサポートし続けてくれているリッキーには、心から感謝の気持ちでいっぱいだ。 この町はベーシックインカムながら、就労も義務付けられている。何故なら元々ここはアルコールやドラッグに溺れ死んだ者達を隔離して収容するための町で、またロックミュージシャンの多くもそうであるため、就労を義務付けていないと地上におけるナウル国民のように怠惰な生活が日常化してしまうのが目に見えており、それを防ぐのが目的なのだとか。 ベーシックインカムによる給付金に個人の労働賃金を上乗せしたものが個人の収入となるが、新たにこの町に来た者は全員2年ないし3年の間公共事業に就くことが定められていて、私は環境整備事業…といえば聞こえはいいが、早い話が町の清掃などに従事した。 驚くべきことに、私より3ヶ月早い09年6月にこの世界に来たマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)ですら同じく環境整備に回されたようで、街路樹の落葉清掃で何度か一緒になったこともあった。ここでは『King of Pop』も一介の住民でしかないのだ。 公共仕事は若干賃金が高い。先達の方々曰く、新入りは新たな生活を築くのに何かと物入りであるため、そこを配慮しての決まりなのだとか何とか。だがおそらくは誰かがやらねばならないが誰もが嫌がる仕事を、何も分からない新入りに押し付けているだけなのではないかと思われる。 私は今、小さな書店に勤めながら、リッキーが世話してくれた小ぢんまりとした瀟洒なアパートの一部屋で、彼の仲間達と共に日々飲んで騒いで笑って歌って楽しく暮らしている。 その名のとおり、天国のように幸せに満ちた町 ―― Heavenly Rock Town。 高崎 樹央 「こんなのしか書けませんでしたけど…」 一晩中何度も書き直してやっと仕上げた原稿を、私は受取に来た男性におずおずと手渡した。 「どれどれ、ちょっと見せて」 日本語で書かれた原稿に目を通すオーストリア人のこの男性、名前をヨハン・ヘルツェル(Johann Hölzel)といい、彼もまたファルコ(Falco)という名で世界中に知られたロックミュージシャンである。 霊界で肉体が再生される時に備わる脳内自動翻訳システムのおかげで、私達はあらゆる時代のあらゆる言語を理解することが出来る。私が書いた拙い日本語の文章も、ファルコの眼には文字かどうかも判別不能だろうが、脳内ではちゃんと独語に変換されているに違いない。 「んー、こりゃあまた大したリッキー礼賛文だな。うん、十分十分。御苦労さん」 ファルコが私の仕事先であるこの小さな書店を訪れたのは一昨日のこと。隔年発行されている『天界ガイドブック』に載せる原稿を書いて欲しい、といきなり頼まれたのだ。 「すみません、酷い文章で」 「いやいや、ホントにこれでOKだよ。有難うね。リッキーとベンにもまた礼を言っとくよ」 私を推薦したのは、同じアパートメントに住むリッキーとベンだった。この町の中枢である情報管理センターに勤めるリッキーと役所勤めのファルコは仕事上の付き合いがあるらしく、この話の相談を持掛けられたリッキーはすぐさま私の顔が頭に浮かんだという。 一方のベンとは、The B-52'sと同じ76年に米国で結成されたニュー・ウェイヴ・バンド、The Cars(カーズ)のベーシスト兼ヴォーカルであったベンジャミン・オール(Benjamin Orr)ことベンジャミン・オルジェホフスキー(Benjamin Orzechowski)である。 00年10月にこの町へ来たベンもまたリッキーの世話を受けた一人で、二人は余程ウマが合うらしく、今でも同じアパートメントの上下階で仲良く暮らしている。車好きだったベンは町唯一の自動車工場でバスやタクシーの整備をしており、ファルコとはパブで車談義に花を咲かせる間柄だそうで、ファルコとリッキーが天界ガイドの寄稿の件を話していた際にたまたま同席していて、「彼女はどう?」と薦めてくれたのだそうだ。 彼等の期待に応えるためにも、と意気込んで机に向かったもののなかなか筆は進まず、ようよう今朝早くに完成した。書き終えた時には満足感と達成感で満たされていたせいか、そんなに悪くないと思ったのだが、改めて読み直すと人のことばかり書いていた。我ながら文才の無さを痛感している。 Michael Joseph Jackson (August 29, 1958 – June 25, 2009) Johann (Hans) Hölzel (February 19, 1957 – February 6, 1998) ファルコ Ricky Helton Wilson (March 19, 1953 – October 12, 1985) Benjamin Orzechowski (September 8, 1947 – October 3, 2000) 高崎樹央 Kio Takasaki (August 23, 1987 - September 2, 2009) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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