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たまには吠えるぜ、母ちゃんは [全343件]

2011年7月18日楽天プロフィール Add to Google XML

がんばってますよ~

大変ご無沙汰してます。

ちっとも日記が更新されないのでどうなってるの?とたずねてくださった皆さん、
本当にありがとうございます。
ご心配おかけしました。



ウーも私も今のところ、夏の暑さにも負けず日々を過ごしておりますよ。


近況色々。
ウーは年長さんクラス最大のイベント、
お泊まり保育を体験してきました。

療育は、PTがなくなってしまったので、
臨床動作法の講座に参加しています。
これは近くの国立大の公開講座に親子で月一回通い、身体のリラックスや姿勢の矯正などをゆったり行ってます。


もひとつは、大阪府の事業の自閉症児の支援センターに通いはじめました。

以前から、広汎性発達障害かも?と気にしながら様子をみていたウー。

動きが活発化するにつれ、こだわり行動やら、融通のきかなさ、集団行動がニガテといった特徴が目立ちだし、
就学を前に療育強化だ!と申し込んだのです。


これが、大正解で。
ウーは視覚による支援が有効なタイプらしく
スケジュールや絵カードなどの支援ツールで予習しておけば、
パニックをおこすことなく新しいことにも向かえるようになってきました。

構造化にも着手し、部屋の中の工夫もボチボチやっています。


そしてついに就学準備に突入し、
市との面談や、地域の小学校の見学に、府立支援学校の見学などこなしました。

うちは、今のところ支援学校に入れようかと思っているの。

学校や学校生活に何を求めるかは、個々にちがうと思います。
その子の特性もだし、家庭環境やサポート体制も影響してくる。

うちの市は、みんな地域に通学できる。
でも通学の往復を保護者が同行しなきゃいけない。
しかも、車送迎は禁止。

肢体不自由児さんは福祉タクシーが自宅に送迎してくれるけど、
知的、発達障害児さんは自力通学。

線引きしているお役所の方には、
現状がおわかりにならんらしい…。
知的や発達障害児さん達も筋力や体力面に弱点があったり、
うちなどは危険の認知ができてないから、
目がはなせない大変さとか、
急に飛び出すとかね。


ガイドヘルプのひとつに行動支援ちゅう業務ありますやんか。

アレよアレ。

あの大変さ、きつさがおわかりにならんのだ。

あと子どもの奇行(はたから見るとね。本人の中では意味がある)
を冷たく眺めてくる周囲の視線や、
たまに注意されてしまう時のいたたまれなさは、
家族にしかわかってもらえないツラさ。

もちろん家族は当たり前だけど必死に当事者の世話しますけどね、
往復の付き添いするのはほとんどが母親か祖母。

六年間ですよ。
仕事できませんやん。

ていうか、母親が在宅って前提に考えられてる気がしますわ。
健常ちゃんなら、就学ってひとつ手が離れるポイントかも知れないけどなあ。

ひとり親で、生計たてながら育児する私には
地域は高いハードル満載。

支援学校はスクールバス送迎。その代わり、始業が地域より一時間遅い。

バスのお迎え待っていたら、仕事の始業に間に合わない!

うむむ…。
ならばヘルパーやファミリーサポート利用しようと、登録に行った。

この利用料金もね、一時間の時給が、
パートで稼ぐ時給そのまま流れる金額。


もう頭が痛い毎日。
一番折り合いのよいところで、
ウーも私も楽な選択をしなくてはな。


もひとつ、NPO立のフリースクールも見つけて、とても心ひかれたのだけど…。
こちらは学費がネック。

ああ~サマージャンボ当たれば、
色んな悩み一挙解決なのにねえ(笑)。


でも、
ボヤきつつも毎日頑張っています!
ご心配なく。


リアル知人の皆さま

なかなか夜のお付き合いができない状況ですが、
懲りずにお声かけてくださいね。

メールの返信も遅いですがどんどん楽しいお便りください。

皆さんと繋がっているんだということが、
とても私の支えになっています。

またできるだけ更新しますね!ありがとう!



最終更新日時 2011年7月18日 10時26分40秒
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2011年4月23日

心よ、旅立て  (1) 

先日、ウーは元気ですと報告した後。
なんだか発疹が出てきて熱もあがり、
結果「溶連菌」という感染症にかかっていることが判明。

ああ~。
一歩進んで五歩下がるウーの健康。
抗生剤をもらい、10日間は服用しなくてはいけないそうな。

母ちゃんの仕事。
休める現場と、そうでない現場があり、
実家のフォローも受けながら働きに出ているけれど、
ウーの側にいてやれないという悲しい思いと、
職場の方々に迷惑をかけているという申し訳なさ、
当然ながら、働けないとお金の心配も降りかかってきて
(生々しくてごめんなさい)
心の中が、ジメジメどんよりしてしまうのは仕方が無い。

しんどい時のウーは、
「だっこ」「おんぶ」とせがみまくる。
もう14キロを越えた、相変わらず低緊張の幼児を抱えて
今日のような雨の中を移動する時など、
身体の負担も大きくて、本当に泣きそうになってしまう。

昨日は、ある手続きの窓口で、ウーが障害児だと知った担当者が
「おかわいそうですね」と声をかけてきた。

いつもなら、私は素晴らしい瞬発力で毒舌をお返しするのだが、
今の自分は、本当にかわいそうなので、
「はあ」と反応してしまった。
私の中のガンジーが、闘うなと言うたわけでもないのに。

考えもせずに、やり過ごすなんて…。


帰宅後、おおいに反省して自分を上げるために読書した。

キプリングの「少年キム」

今ではまずいでしょうという言葉の表現もあったりするけれど、
(あと、植民地礼賛みたいな思想が入ってんじゃないのかとかいう意見もあるが)
インドの混沌の中で、キムが英国のスパイになっていく物語は、単純に面白い。
出てくる大人も好き。
ラマ教のお師匠様に、富豪の老婦人に、スパイの指南役の馬商人や、エージェントやら。
キムとお師匠様の魂の結びつきに、私はいつも救われる。

読んでいくうちに、
私の中に物語の舞台の風や日差しや埃のにおいが、広がってくるのだ。

私は、インドには行っていない。
でも、ネパールで、インドやチベットの文化には少しだけ触れることができた。
ヒンドゥー教の神様に捧げられる動物の鳴き声や、
ターバンに髭のシーク教徒のおじさん。
マニ車の回る音。
五体を投げ出して祈る山の民族。
乾いた風にはためく、寺院の鮮やかな旗。

灯りの少ない夜の街中で、暗がりからのそっと出てくる牛にビックリしたこと。
一日中、どこかしこからカレーの匂いがしていて、
甘い甘いチャイが、なぜかあの土地では本当に美味しかったこと。

「キム」を読むと、
つかの間、私の心も放浪し、お師匠さまの愛情に触れて
キムの冒険にワクワクとし、自分がくたびれたオバハンであることを忘れてしまえる。

ただ、残念なのはね、
「キム」自分の本じゃないの。
定期的に図書館で借りてきては読み返している。
いつか、古本屋さんで、昔風の装丁のマイキムに出会いたいものだ。






最終更新日時 2011年4月24日 1時9分42秒
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2011年4月18日

ウーの近況メモ  (4) 

大変ご無沙汰しておりまする。

パソコン不調のため、更新ができないままでした。
今日は、思いついて電源入れてみたら、奇跡的に立ち上がった!

色々とまとめてウーの近況報告。

まず。
プリキュア騒動の後日談。
ウーのクラスの男子が、
「変身の秘密は、ウーくんのお母さんがつけてるペンダントや」と言い広め
決して、ホンモノのプリキュアが持ちそうに無い
バリ島土産の、木と貝がらでできたヤツを狙われるようになった私。

エスニックな装いが大好きなんだけど、
(そして、どうしても胸元の空間が気になり、首飾りもつけるのな)
しばらくは普通っぽい服装に切り替えていた。
そのうちウワサも沈静化した。


ウーは、無事に進級して年長さんになった。
前年度の加配の先生が、クラスの正担任になり、
ウーには新人の男の先生がついてくださることに。
これは、小学校に入ったら、同性介助の可能性も出てくるし、慣れておくことと
男の先生ならではのトイレトレーニングや、お着替えなどの指導をという配慮。
ありがたや~。
女の私には、男子トイレのレクチャーは無理やもん。

まあ、初々しいこと。
連絡帳を読んでも、先生の感性がキラキラしているのが伝わってくる。
「今日は、ウーくんが初めて○○先生と呼んでくれました。
 抱きついてきて、だいすきと言われ、やっと少し自分自身の力が抜けました」

……って、業務日誌かいなとツッコミたいけれど、
連絡帳は、私も自分の日記みたいになっているからお互い様。


4月のはじめに入園式と進級式があった。
ウーも、年長さんとして歓迎の歌を皆と歌った。
先生が横についてくれていたのもあるけれど、
逃げる事もなく、泣きもせず、一緒に歌いきった。

去年はブカブカだった制服も、今はジャストフィット。
なんというか、園の光景の中にウーの存在がなじんでいる。
クラスメートのお子達には感謝でいっぱい。
ウーは、毎日「ほいくえん、おもしろい」と何度も言うから。


【健康面】

嬉しいことがあった。
年に一度の心臓の検査。
心エコーと、心電図を3月に受けてきた。
結果は、心室の筋性部にひとつ残っていた孔が、
なんと塞がっているらしい!

先生も驚いていたけれど、胸の音もすごくキレイになっているそうな。

また来年、同じ検査をして、塞がったままならば
もう心臓のフォローは受けなくていいよとのこと。

ほんまは先生に抱きついて雄叫びをあげたいくらいだったけれど
自制心をきかせて、丁重にご挨拶して退出した。

でも、でも、また孔が開いてるということになるかもしれん。
今こんなに喜びすぎて、結果がよくなかったら落胆するぞ。
複雑な思いを感じている。

だけど、今は喜んでおこう。
ものすごいご褒美を神さんや仏さんが下さったのだから。


他には、ウーの背中のホクロの検査もしてきた。
赤ちゃんの頃からあったのだが、年々大きくなり、
ついに、かかりつけ医から、一度精密検査をしたほうがいいと指摘されたのね。
私の目にはわからんのだけれど、
色が茶褐色で、ホクロの輪郭がにじんだ感じ、直径6ミリ以上というのが
ひっかかるポイントらしいの。

悪性のものだったら、手術してとらなきゃダメ。(要1週間)

う~ん。イヤだなあと落ち込むけれど、
紹介されたM病院に連れて行った。

結果。
今は良性。だけど、経過観察。半年に一度検査をするそうな。
また一個、私の心に地雷が埋められた。
爆発してくれるなよ。


【療育について】

PT(理学療法)の訓練がはずれることに。
まだ未熟ながら、ジャンプらしきものができるようになったのと
土踏まずの形成が順調なので、定期的な訓練は不要とのこと。

親としては、まだまだ姿勢や、身体の使い方を見てほしい。
でも、しゃあないものはしゃあないので、
臨床動作法というのを勉強してみようと思っている。
自宅近所の大学でやっている講座に申し込み、結果待ち中。

OT(作業療法)は引き続き訓練。
今年度のテーマは、就学に向けて自分でできることを増やす。
PTがなくなる前に先生方が連携してくださり、
ウーの身体に合わせた机と椅子を作ったのだ。
設計はOTの先生が、製作は市内のNPO団体がしてくださった。
一緒に、ダウン症のお友達と申し込んだので、材料費も節約できた。

小学校の机のサイズに合わせ、就学の際にはこれらを持込させてもらう予定。
そして、もう一組作成し、自宅用にしようと思う。

さすが、オーダー品だけあって、ウーも使い心地がいいのか
本を読んだり、画を描くのも「ウーのつくえ」でやっている。

訓練では、お箸、えんぴつを使う遊びを強化中。


ST(言語療法)も訓練継続。
名詞の数はどんどん増えているが、動詞はお粗末なウー。
今年の目標は、やっていることを表現できるようにすること。
ウーの大好きなボウリング遊びをしながら、
「投げるよ」「倒れた」「拾って」など言葉がけ。
あと、自分の名前をひらがなで読み書きできるよう練習。


さらに。
この春から加わったメニューが。
以前から、広汎性発達障害ではないかと言われていたウー。

成長と共に、日常の暮らしの中で苦労することが増えてきた、私が。
動き回れるようになったもんだから、自分の興味の対象にまっしぐら。
自分の儀式を大切にしてるので、イレギュラー発生で大泣き&頑固に動かない。
今、注目してほしい場面やモノは目に入らず、自分の興味あるものだけを見る。

具体的に言うと、水。時計。電気。鉄道。回るもの。
んもう~発達障害のお子様定番メニューでしょ(笑)。

別にいいのよ、家庭内だけやったら。
なんぼでも、好きなもの見つめて、納得いくまで過ごしたらよろし。
その行動の不思議さに、こちらが心打たれることもあるしなあ。

でも、いつか社会に出ていかなければならないウー。
少しでもガツーン!な思いをさせないためには、
母ちゃんが色々学んで、社会と我が子の通訳士になればいいかと思い
大阪府のやっている1年間コースの
自閉症・広汎性発達障害児の児童デイサービスへ参加することにしたの。

これまで、肢体不自由児→知的障害児の施設と体験してきて
発達障害児向けの療育というのはお初。
ダウン症との合併というのは、レアなパターンだと思うけれど
早速、説明会や、施設見学で私は興奮したわ。

ぜったい、発達障害児向けの配慮(落ち着ける環境づくり、声がけのコツ、
展開の簡潔さなどなど)はダウン症の子どもにも、いや健常の子どもにも有効。
プロの先生方は、やっぱりすごい。

通園にあたって、はじめて発達障害児向けの検査を受けた。
いつもの知的障害の検査よりも、楽しいメニューがいっぱい。
そして、ウーとは初対面なのにあっという間に先生は仲良くなり、
検査後もウーは帰りたくないと言うほど、普段の姿を(いい部分も悪い部分も)
さらけだしたと感じた。

親である私との面談や事前のレポートも濃いっ。
生育歴はもちろんのこと、
細やかに質問事項があって、記入に手間取った。
けれど、あらためてウーのことを冷静に見つめる機会になった。

あともう一回、検査結果を踏まえて、3つだけ目標を決めるのだ。
(3つのお願いきいてくれるとかいう昔話あったっけ)
極力良い部分を引き出して、子どもが楽に過ごせる工夫をするという方針なので
無理強いさせるような目標はあかんそうな。
3つかあ。
今のところ私の願いは、感情を(特に「いやや」「やめて」など)発信してほしい。
とにかく不器用なので、気持ちはわかるが、へこまずに着替えをがんばってほしいぞ。
注目すべきところをしっかり見たり、集中して聞いてね~。


ほんまに、私をぼけ~っとさせてくれない息子だけれど、
君のおかげで退屈せんよ。
この年でまだ、学びたいという意欲が湧き出してくるよ、母ちゃんは。

母ちゃんにはひとつ目標がある。
「なぜ、発達障害児は鉄道が好きなのか?」をテーマに
いつか論文を書いてみたいということ。


【そして鉄母子活動報告】

ウーは去年末に、初めての新幹線デビューを果たした。
行き先は尾道。
お友達一家と旅行をしたのだけど、
往路は私とウーとでN700系と、こだまを使ってみた。
(本人はレールスターがよかったらしい)

そりゃあ、懐はいたんだけれど(苦笑)
乗せてやってよかった~。
新大阪から、ウーは興奮して泣き笑いし、
車内では弁当に見向きもしなかった。
ずっと車窓を眺め、トンネル大好きなので
山陽新幹線は最高のルートだったわ。

あんなに落ち着かない子が、車内ではひたすら観察に専念。

ホームでは、新幹線を見送り、バイバイと手を振った。

つたない語彙力で必死に、自分の楽しさと喜びを訴えたウー。

大好きなものは、予想以上に力を与えてくれたね。


年明けは、母子でびわ湖一周ドライブをし、
湖西線の見えるポイントで、特急ウォッチング。
サンダーバードや雷鳥が見えたね。


春休みは、実父がびっくりプレゼントとして
九州新幹線さくらに乗せてくれた。
といっても、新大阪→姫路やねんけど。
これには、ナンギな理由があって…

東京から帰省していた実妹がまた戻る際に
新大阪へ見送りに行ったウー。
その時に、ホームに停車していた九州新幹線を見たのだ。
見ただけなのに、なぜか、翌日保育園で
「九州新幹線のった~」と発言している妄想息子くん。
先生にまで、鹿児島に行ったのかと訊かれた私は、
見ただけですと伝えたのだけど、ウーは「乗った」といってきかないのな。

困ったモンやわ~と、両親に愚痴ったところ
ウーのじいさんは、孫が嘘つきになっては不憫だと計画してくれたわけさ。

おかげで、私も乗車体験できてラッキー。
すごいなあ、がんばれば、鹿児島日帰りできるなんて。

話はそれるが、どうか、この開業を機に食堂車の復活をしてはくれまいか?
めっちゃ美味しいというわけでもなかった記憶があるが(失礼)
むかーし食堂車で過ごした経験は、中年女にも甘い思い出となってるよ。

あと、九州新幹線の運転士さん達に感謝。
お忙しい中、しかも出発の際に、ホームで必死に手を振る子ども達(と私含む大人も)に
必ず手をあげて返してくださるのよ。どの列車もそうやった。

子鉄にとって、新幹線の運転士さんはヒーロー!
ほんまカッコイイ憧れの存在。
そんなお方が、白手袋も鮮やかに手を振りかえしてくれたという体験が
どれほど、子達に夢を与えているか。

ウーも涙目で感激してたからなあ。

今度は、私鉄で遠出もしたいな。
近鉄特急にしようかね、ウー。


最終更新日時 2011年4月18日 22時46分45秒
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2010年12月12日

母ちゃんは、元プリキュア  (8) 

ほんまにね。

私、自分で自分の首しめてるよ。
タイトルについて、以下説明。

ウーの通う保育園で、一人、どうもけったくそ悪い幼児がいてね。
その子の親も親で、親にも先生にも挨拶はしない。
いつも、子ども放置で、送り向かいの際は携帯を耳にあてているか、
手に持ってメールしているか以外の姿を見た事がないお方。

この子も、かわいそうっちゃ、かわいそうな子やねんけど。
何か、根性悪いいじめ方をする。
対子どもやなくて、気に入らないことがあるとその子の親の悪口を言う。
「○○ちゃんのお母さんなんか、いつも化粧もしてなくてジミ」
「服もださくて、うちのママよりおばちゃんくさい」

5,6歳女子って、こんな憎まれ口たたくのね~と私はビックリ。

ある日。
本当に善良な塊みたいなお母さんを持つ、☆☆ちゃんに向かって
「あんたとこのママ、いつも保育園に来たら、ゴミとか拾ってへんなの」
(彼女はさりげなく、ゆるんだままの水道栓しめたり、
子どもらが散らかした後をさっと片付けたりしはるのだ。さりげなく)

ヤンスカレーダーが、いじめっ子のセリフをキャッチしてもうた。
さらに、続く。
「あんたとこのママは、はっきりいってダサいしなあ」
☆☆ちゃんの目から大粒の涙。
私、自分のお迎えを一瞬忘れて、いじめっ子の肩を押さえて、園庭の隅へ誘導。

「ちょっとアンタ。いいかげんにしいや」と子供向けドスをきかせたった。
それでも、ギラギラした目つきで返してくるいじめっ子。

いけ!ヤンスカ!
大人をなめんなよ~っちゅうねん。
しかし。ある意味この子も、あんな親の犠牲者。
よそのお母さんの在り方がうらやましいからこその、いじめだろう。
なんで、私はこういった。

「おばちゃんはなあ、こう見えても昔プリキュアやってん。
変身してやっつけられたくないやろう?アンタがやってることは、良いことちゃうで」
(南海キャンディーズのしずちゃん風の抑揚でね)

女児の顔色が変わった。
すっごい複雑そうな表情をして、しばらく黙ったあげく…。
「おばちゃん、ほんまに?…ほんまにプリキュアやったん???」
そないに、動揺せんでもいいやないの。
小柄で小デブな、目の前のオバハンを食い入るように見つめるいじめっ子。

「そうや。もう昔の話やけどな」

気分はハンフリー・ボガードな母ちゃん。

女児は、くるっと向きを変えて去り、私もウーを迎えに行き、
園の先生に(プリキュアの部分は伏せて)☆☆ちゃんを言葉で泣かせていたので
ちょっと怒っておきましたと報告。

帰り際、女児はこすからい表情抜きで、私にさようならと言い、
私も明るく「お友達とは、なるべく楽しく過ごそうな」と返しこれでオシマイ。

…のはずやってんよ。

翌日。
ウーを迎えに行ったら、ウーのクラスの男児が近寄ってきて
「オバちゃん、聞いたわ。あのこと」とささやく。
で、次の瞬間
「おねがい~あっちで、こっそり変身してもらえへんかな?」

うっひゃあ~。

でも、私は冷静に答えたわ。
「ごめんなあ、暗くならんと変身できひんから、今日はアカンわ」

残念そうに立ち去る男児。

またその次の日。
この日はすっかり暗くなっていたので、
期待でいっぱいの男児と他のクラスメートに囲まれた私。
「今は暗いで~、変身して~」
「おばちゃん、どのプリキュアやったん?」
など質問責めにあってしまった。

ウーの加配の先生が、怪訝そうに声をかけてきて、
男児が事の顛末を話して聞かせた。

あちゃ~、恥ずかしいぞわし。
と、気持ちだけ小さくなっていたら、

「たしか、お母さん9時過ぎないと変身できないんですよね」と
ごく普通の口調で先生が私に振って来てくれた。

この打ち上げてもらったトスは、ちゃんと打ち込まねばなるまいて。
「はい、そうです。残念だけどね」

なあんや~9時は無理やわ~で、引いていってくれたあたりは年中さん。

後で、先生が爆笑してくれて、助かりましたがね、
もうしょうもないこと言いません。

その後。
件のいじめっ子女児は、私を見ると挨拶する。
元プリキュアやから、ではなく、
得体の知れないオバちゃんのブキミさ、に対して
畏怖の念を抱いているんだろうと私は勝手に思っている。


しっかしなあ。
クラスメートのお母さん方から
「ウー君のお母さん、変身の事うちの子から聞きました(うふふ)」
と言われて赤面してもうたわ。

「もしかして、本当に声をやってはったんですか?」(私の仕事を知る人から)
真顔で聞かれるのには参った…。全力で否定したが、どっちかっていうと、
その手のウワサが形を変えて伝聞されていく方がこわいやん。

もう、今後は違う方法でいきますっ。


最終更新日時 2010年12月12日 12時13分35秒
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2010年12月8日

ウーの憧れ 

ウー、5歳。

鉄道ときかんしゃトーマスをこよなく愛する男児。

最近は、本当に自分の好きなものを要求したりできるようになったので
記録しておこう。

ウーの好きなもの。

食べ物   納豆。ピーマン(ウェイパーで炒めたものが特に好き)ポップコーン。
      クリームパン 野菜ジュース

モノ    玄関や門扉についているライオン。信楽焼のたぬきの置物ならびに
      なんか茶色っぽいカエルの置物。電飾ギラギラの家。
     (ウーの憧れの家を画に描いてみたが、ありえない悪趣味さだ)

人     今一番リスペクトしているのは、鼠先輩。
      動画サイトで見た「六本木」にほれ込み、PVのマネをする。
      鼠先輩が茶色い上着を着ているので、自分も茶色い服を肩にかけて
      歌い、踊る。
      ♪わたしをわすれて~せんぱい   が、
      ♪かかしをたすけて~になってるのが、たまらん私のツボだ。
     「ああ~かっこいいわあ」と本気で言う姿にちょっぴり複雑な思いを抱く。

鉄道    空前のデゴイチ(D51)ブーム。
      トーマスのキャラクターの中でも、ヒロに食いついている。
     「おかあさん、デゴイチかって」と小首をかしげながらおねだり。
      いえ、プラレールではなく、梅小路のホンモノを指差して、ですわ。
      お母さんが3度目の正直で大富豪と結婚したらこうたげます。

      家の中は、トーマスものと鉄道ものだらけ。
      おしゃれ奥さんの部屋とは無縁。オタクな父子家庭のようだ。
      カプセルプラレールも、貯まってきたぞ。

うた   「六本木」「みなとへいこう」(トーマスの挿入歌)
      たいがいにしてほしい位のヘビーローテーション。
      私まで歌ってしまうしい。

場所    神社。お寺。
      特に神社は大好きで、パソコンで全国の神社サイトを観ている。
      神社の名前もたくさん覚えているし、
      鳥居、狛犬、注連縄なども知っている。
      なにより、美しい参拝作法を実践しているのが驚き。
      
未来の夢  えきちょうさん、おぼうさん。
      (う~ん…)かなうと、いいねえ。
      


最終更新日時 2010年12月9日 4時24分0秒
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第3トンネル?立体交差?  (2) 

さあ。
今回で、私のトンネル話もおしまい。


私のこの一年。

離婚で幕を開けた、この一年。


離婚も2度目なんだから、慣れてもよさそうなもの。
うんにゃ、大違い。
子どもを連れて、それも、かなり手のかかる子どもを連れての離婚。

感情的にも、事務的にも、時間とパワーが必要だった。
でも。
まだ、ドタバタしていた時はよかったの。

色々と落ち着いたあとに、それは、やってきた。


ウツ。
目の前の電話が鳴っているのに取れない。めんどくさい、怖い。
床に落ちたものを、拾わない。そのまんま。
気がつくと、私は3日もお風呂に入らず、歯も磨かない状態。
ただ、ウーのことだけはね、自動運転モードでこなしていたわ。


私の場合は、死にたいなんて思わなかった。

一番欲しかったもの。
自己肯定感、かな。
だって、自信が持てなくなってしまっていたから。

ウーと2人での暮らしの中。
ふとした時に襲ってくる感情。
(おまえは、夫に愛されなくなった女なのだ)
(何をおいても一番には、なれなかった女なのだ)
ああ、なんときつかったことか!


そして、ひとり親としてやっていくことの心身のしんどさ。

腹をくくって選んだ道だけど、
想像以上に、でこぼこだらけ(笑)。
日々、道を塞ぐ石だの、雑草だの引っこ抜いて前進だもの。

ぶっちゃけ、生きていくにはお金がかかる。
私の仕事は世間一般のお仕事より、実入りはいいかも知れないが、
時間は不規則。仕事場もあちこち不定。
そして、たくさん遊べないとダメ。夜も昼もフットワーク軽く。
ウーを抱えて、ひとりでは無理。
事務所の会合にすら顔を出せなくなってしまった。

離婚後から、声の仕事でも世界の違うブライダル業界を、のぞかせていただいた。
とても、よくしていただき、色んな勉強にもなったのだけれど、
なんといっても土日祝日が一日中つぶれる。
自宅にも、お客様から連絡が入るので、落ち着かない。
準備が大変で、家のことがほったらかし。
実家の両親の手助けがないと、完全に無理な世界だったのね。

自分も当事者になって初めてわかったが、
保育園を利用できるうちは、まだいいのね。
うちの園は朝7時から晩7時半までフォローしてくれるし。

でも、ウーも再来年は小学校。
これが問題。
朝は8時始業で、通学に付きそわねばアカンそうな。
で、学童保育は6時まで。
この条件で、梅田や大阪市内にフルタイムで働きに行ける母親、おらんやろう。
今でも、私9時から梅田での仕事に間に合うには、
7時45分の電車に乗ってるもの。

ならば、地元で職探し。
私は人生で2回目に(1回目は大昔、契約社員扱いの仕事が完了したときに
失業保険をもらいに行った)ハローワークへ足を運んだのだ。

ウーのためならば、生活を変えてもかまわない。
今、大切なのは、この子が安心して過ごせる家庭を私が与えることだから。
そう決心してパソコンで仕事の検索を始めたものの…。

甘かった。甘かったよ~自分。
エクセル・ワードできなくて、一般的な事務職スキルは皆無。
経理もできない。
ならば、体力なら自信があるわっと、軽作業系に手を伸ばしても年齢の壁。
販売なら得意よ~(学生時代はよく売り子をやったもん)
これも、若い人が欲しいってか~。

ヤンスカ、43歳(この段階では、ね)。
この社会では、まったくつかえねえ大人になっていたのだった。

しょんぼりしていたら、
マザーズハローワークのブースにいた方が、
「今の時間、予約の方がキャンセルなさったから、よかったらこちらへ」と私を誘う。

こうこうこれこれで、声の仕事以外できないんです~と訴える私に
「あなた、介護職がいいわよ!」と目を輝かせる女性担当者。

え?介護職?
「介護職ほど、センスが必要な仕事もないのよ。あなたはその声も武器だし
表現者としての経験から、利用者の方に色んな楽しい提案もできるはず。
それに、中年女性がその状態で大歓迎される現場なんて、めったにないですよ」

こうして私は、あっという間にヘルパー2級と
ガイドヘルパー視覚障害・全身性障害ならびに福祉用具専門員の資格を取得する
職業訓練校の申し込みをすることになったのである。

出会いって面白いね。
そして、流されてみる事も、たまにはやってみるもんだわ。

職業訓練校の入試をクリアできた時は、とっても自信を取り戻せたなあ。
(訓練中は生活支援金が出るため、なかなかの競争率なのさ)
そして、この7月から10月にかけて、私はがっつり勉強の鬼となった。

意外や意外。
このジャンルの勉強は、私の性に合った。
あと、ウーを産み育てた経験から自然に身についた考え方や、生活の工夫が
介護の世界では役に立てられるということに気づき、得した気分だった。
医学は、本当にさわりの部分だけど、一番私のお気に入りの勉強だった。
もうちょっとで、私はこのまま看護学校をめざすところだったのだ。
(実際、願書も取りに行った)
しかし。看護学校の入試に数学が出るという段階で、私は撤退した。
小学3年生以降、算数レベルで苦労してるからなあ。

ウーの入院やら、第二トンネルの彼女の出来事やら、
全てがこの夏に起きたことだけど…。
職業訓練という逃げ場があったから、自分は壊れなくて済んだのだと思う。


さて。そんなわけで、訓練終了後、
今度は梅田のハローワークへ行き面談し、パート先を見つけた。
こじんまりとしたデイサービス。
民家を改装し、普通の家庭のような環境。介護職員の服装も私服。
もちろん声の仕事とも両立させたいので、週に2日だけ勤務。

でも、介護の仕事の中でも、できれば障害児に係わることをしたいというのが
一番の目標なので今後も勉強だ。
声の仕事で得た経験を、
知的障害や発達障害の子ども達の教材や本にしたいというのが今の夢。
もっと大きい夢は、障害を持った方と家族をサポートする活動を立ち上げること。
ウーや、ウーの仲間たちの居場所も作りたいし。
母ちゃんは、いまのところ絶対につぶれられないっす。



最終更新日時 2010年12月9日 3時37分48秒
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第二トンネル通過 

またまたご無沙汰しております。
更新されていないにもかかわらず、ご訪問いただいた皆様、
本当にありがとうございます。

先にざくっと近況をお伝えするならば、私はとっても元気です。
ウーは現在、咽頭炎で療養中。
これから、また健康管理の難しい冬がやってきます。
でも、夏よりはマシ。
この冬は入院せずに過ごせたらいいなあ。


と、いうわけで、前回の続き。
トンネルを抜けた私が目にしたのは、またトンネルの入口。



わが実家は、しょぼい花屋を経営しておる。
元々この商売をしていたわけではない。

私が覚えている限りでは、私の父は役者の卵、喫茶店チェーンの店長を経て、
ボウリング場の支配人をやりながらプロボウラーを目指していた。
残念ながらプロにはなれなかったが、教える才能はピカイチで、
あるプロボウラーのサポートをしていた。
私が20歳になる前だったか。
「明日から花屋やるぞ」といって、ほんまに始めてしまった。


父は、かなり変わり者で、私はいまだに自分の父以上の変人を
テレビや小説以外で見たことがない。
いつも金欠。素寒貧なのに幸福そうな姿をしている。
甘いものが大好きで、両手にソフトクリームを持ってニコニコ歩く。
これは私や妹にくれるのではなく、どちらも自分が食べるのだ。
いつも、鼻歌をうたっている。


うちの店にはちょっとした予備の部屋があるので、
色んな方が来てくれては、お茶を飲んで、ご飯を食べていってくれる。

まあ、人の出入りの多い事。

父は誰でも受け入れる。
物乞いの人であっても、店の中に入れて、お金はあげられないけどと前置きして
暖かいお茶を出し、おもたせのおにぎりやお菓子を用意せえと私に言いつける。

ある時、私が店に行くと。
西洋人の男性と父が二人でご飯を食べていた。
知り合い?と思ったが、そうではなく留学生がしょんぼりしていたから
飯を食わせていたと言う。

ちなみに、父は英語など全くできない。

また違う時には、背広を着た初老の男性とご飯を電気釜の中から直に食べていた。
いい歳のオッサンが差し向かいに、5合炊きの釜にお箸を突っ込んでいるのだ。
おかずは…イカの塩辛の瓶詰…のみ。
ビックリしたことに、この男性は大学の偉い教授である。

ドギマギする私の気持ちなど関係なく、父は自分流で最大にもてなしていて、
相手も、なかなか居心地がいいのか、夜中まで滞在していた。


と、こんな具合にささやかなエピソードは数知れず、いつの間にか、
相談事を父に持ち込む人が増えていった。
年齢、性別、国籍も経歴も、障害の有無も不問。
非常にシンプルにその人本体とお付き合いをする父なので
ユニークな交友関係を持っている。



そんな中の一人の女性。
数年前に、何度かわが店の(貴重な)繁忙期にお手伝いをしてくれた方。
とても、気配りができて、聡明で、動きも無駄がなく、
周りの人とのコミュニケーションもうまく、明るい女性。

その方が、ひょんなことから、この夏わが店を訪ねてきた。
驚いたことに、その表情は重く、暗くて、楽しそうでなかった。
会わなかった間に、彼女に起きたこと。

あまりうまくいっていない恋愛関係。
仕事もないこと。彼女の父親が大病をして寝たきりになったこと。
母親も亡くなってしまったこと。
もう、死にたくてたまらないと真顔でくりかえした。

父は、しばらくうちでバイトしたらいいと告げ、
彼女はやってくるようになった。
少しずつ、悩み事を私たちに語りだし、私たち家族も真剣に会話した。
ウーのことも可愛がってくれ、彼女の顔色が明るくなってきた。

ああ、よかった。昔のような彼女になるだろう。
そう思っていた時、彼女は店のバイトを辞めた。
もっとも、彼女を苦しませていた恋愛の相手ともきっぱり別れたようだったので、
前向きに自分で歩けるようになったのだと、私たちは解釈した。

だのに。
数日後、彼女のお姉さんから連絡があり、
警察から電話があって、自死した女性の身元に心当たりはないかと聞かれたのだそうだ。
その女性が身につけていたものは、彼女を示すものに限りなく近かったので、
動揺したお姉さんは、父に必死に語っていた。

まさか、そんな展開になるなんて。

しばらくは考えることすら停止していたけれど、
ジワジワと、彼女が命を自分で絶ったという事実が押し寄せてきた。

私たちは、彼女を知らず知らずに追い詰めたりしなかっただろうかと、
反省したり、後悔したり。
なぜ、助けられなかったのだろうかと、タラレバを繰り返した。
最後にみた笑顔は、なんだったの?と。


今でも、私たちは彼女の話をする。
この再会の意味を探ろうとしている。
私たちは、泣いたけれど、父は私たちの前で涙は見せない。
淡々と、あの娘はさようならを言いにわざわざ自分達を選んでくれたのだと言う。

それにしても、こんな別れはあまりにも辛い。


この出来事は、ウーの体調不良の時期ともかぶっていて
私は「生きる」ということについて延々考えさせられた。
ウーの命は、天命で奪われてしまうかもしれないけれど、
彼女は自分で命の終わりを選んでしまった。

あなたには、この世がそんなに辛くてしんどい場所だったの?
こうするしか、仕方がなかったの?
あなたの中に、ちょこっとでいいから、父や私たちの場所を作ってくれたら
力になれたのではないかなあ?
それとも、こういう言い分は偽善的だろうか。

だけどね、どんなあなたでも、そのままで生きていて欲しかったんだよ。


あなたを失ったことで、私たちも確実に何かを無くした。

それから、私はやっと誰かに話せる気分になって、
表現者としてナレーターの大先輩方に、聞いていただいた。

その晩、先輩の一人からメールがきた。
そこには、私からこの話を聞いた段階で、
自分もまた一緒に辛さを背負うことになったのだから、
私は決して独りではないのだと
そう書かれていた。
ありがたくて、何度も携帯を開いた。

布団の中で見るそれは、まさに、トンネルの出口のような明るさだった。



最終更新日時 2010年12月9日 1時59分13秒
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