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テーマ:いい言葉(576)
カテゴリ:文学・芸術
▼フランスの薔薇6(マラルメ6)
昨日紹介したマラルメの「ほろ苦き停滞に倦み疲れて」の解説です。 ほろ苦き停滞に倦み疲れて、私の怠惰は 栄光を台無しにする。栄光のために私は、 大自然の青空の下に咲く薔薇の茂みのような、 あの素晴らしい幼少期に別れを告げた。そして、 私の脳みその貧弱で冷たい土地に、新しい穴を徹夜で掘るという 固い誓いに七度倦み疲れて、挫折した。 不毛に対しては非情な墓堀人(破壊者)だ。 ここまでは自己紹介のようなものですね。一行目の「停滞」という言葉が示しているように、どうやら破壊者でもある詩人は、詩作に行き詰まっているようですね。詩人としての栄光ははるか遠くにあり、筆は進まず、焦燥だけが募っていきます。 マラルメは大詩人になるべく、薔薇が咲くロマン的世界(幼少期)とも決別し、詩風の新しい試み(頭の中の穴掘り)に7度、夜を徹して挑戦しますが、どうもうまくいきません。そのような不毛な自分が許せない、非情な墓堀人だと自分を称していますね。 次を見てみましょう。 ――おお夢よ、鉛色の薔薇を恐れて、 巨大な墓地がその空っぽの穴を飲み込んだとき、 その薔薇の訪問を受けた、この暁に何と言えばいいのか?―― 私は、残酷な国の貪欲な芸術を見捨てたい。 私の友、過去、詩の精霊、そして 私の苦悩を知るランプが私に浴びせる 古びた非難を笑いながら、 繊細で澄み切った心を持つ、あの中国人を模倣したい。 面白い表現をしますね。どういう状況かというと、ここには詩作に苦しみ、徹夜明けとなった詩人がいます。空っぽの穴とは不作に終わった詩作のこと。私には、はかどらない詩作にやけを起こして朝まで飲んだくれた詩人の姿が浮かんでしまいます。朝が来れば、現実的な日常生活に戻らなければなりませんから、大急ぎで頭(巨大な墓地)の中にできた詩作の穴をリセットします。 ここに出てくる「鉛色の薔薇」は、先ほどの幼少期の薔薇の茂みとは違った意味を持っていますね。livide(鉛色の)には、「顔が青ざめた」という意味もあります。どこか不健全で、快楽と結びつく淫靡な感じがします。具体的にはわかりませんが、恐れなければならないわけですから、創作活動を邪魔するような誘惑ではないかと思われます。 「残酷な国の貪欲な芸術」とは、ロマン派叙情詩人らがはびこっていた当時のフランス芸術界のことを言っているのかもしれません。「古びた非難」とは、まさに当時の芸術批評が時代遅れであったことを言いたかったのだと思います。実際マラルメは、悪意ある批評にさらされた友人の画家エドゥアール・マネを激しく擁護したりもしています。そしてそのような時代遅れの非難を逆にあざ笑うように、創作活動の行き詰まりを打開すべく、東洋の芸術に活路を見出そうとしたようです。 そのシンボルとして登場するのが中国人なのですが、次を読むと、その中国人がマラルメの手元にある中国製の磁器、もしくはその磁器の製作者であることがわかってきます。 彼にとっての純粋な恍惚は、 月から奪い取られた雪の茶碗に、 透明な生命の香りを振りまく、不思議な花の最後を描くこと。 その花こそ、彼が子供のころ、接木をするように育みながら、 魂の青い透かし細工に嗅ぎ取った花なのだ。 マラルメは、中国製磁器に描かれた絵の世界に魅了されていますね。いわゆる西洋人がよく言う「禅の世界」のような、清らかで澄み切った世界をそこに見出したのでしょう。その幽玄の世界を詩に取り込もうとしたようです。それが最後の部分です。 賢者の夢にだけ現れる死よ、 心を静め、私は真新しい景色を選び、 心を空にして、それを茶碗になおも描くだろう。 薄い紺青色のラインは、 むき出しの陶磁器の空に浮かぶ湖水となるだろう。 白い雲間に隠れる細い三日月は、 三本の長いまつ毛のように茂るエメラルド色の葦の近くで、 穏やかなる弧の一角を、冷たい鏡の湖面に浸すのだ。 ここではマラルメが茶碗に絵を描いているように描写されています。でも実際は、茶碗は原稿用紙、筆のラインは詩の言葉です。「心を静め」「心を空にして」はまさに「禅用語」。か細い三日月も、3本の葦も、とても繊細でシンプルな、墨絵のような世界を思い起こさせます。東洋芸術の模倣――これも破壊者たるマラルメが、フランス詩の世界に掘ろうとした新しい風穴の一つであったことは、疑う余地はありませんね。 (続く) ![]() 地球から2000光年離れた、白鳥座の羽根に包まれた「生命のゆりかご」に咲く宇宙の薔薇「S106」。宇宙の年齢を告げる巨大な砂時計のようにも見えますね。 すばる望遠鏡で撮影した写真はこちらにあります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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マラルメの表現は、本当に面白いですね。
気に入りました。 (2008.01.30 11:43:51)
今回の詩はとても好きです。感情移入しますね。
詩の中のストーリー展開、実際に自分も経験したことがありますもの。 自虐的な感性なども結構似ているかもしれません。「悪の華」なども好きだった、そんな若かりし頃(笑)。 (2008.01.30 11:57:58)
こんにちは。
マラルメは「心を静め」「心を空にして」シンプルで飾らない美を詩の世界に探しに出かけたのですね。 「生命のゆりかご」に咲く宇宙の薔薇の方は、シンプルで美しい白鳥の羽とは対照的で、漆黒と光の世界に七色の鳥が羽を広げて待つような輝きです。マラルメを見習って、光の芸術の薔薇に会いにいくために、7度ほど創造力を駆使しましょうという感じです。 (2008.01.30 12:18:19)
カズ姫1さん
こんにちは。 >マラルメの表現は、本当に面白いですね。 >気に入りました。 詩人だけでなく、当時の音楽家や画家にも霊感を与えただけのことはありますね。探したらたくさん薔薇が出てきましたので、マラルメは当分続きます。 (2008.01.30 12:58:21)
綺竜さん
こんにちは。 >今回の詩はとても好きです。感情移入しますね。 >詩の中のストーリー展開、実際に自分も経験したことがありますもの。 そうですか! 綺竜さんは絵を描いておられますから、通じるものがあるのでしょうね。 >自虐的な感性なども結構似ているかもしれません。「悪の華」なども好きだった、そんな若かりし頃(笑)。 確かにマラルメもボードレールもどこか自虐的で、その「理由なき反抗」的な詩風には惹かれるものがありますね。ボードレールの『悪の華』は風俗を乱したということで、彼は起訴されましたが、世界の詩の流れに決定的影響を及ばしたとされています。綺竜さんも『悪の華』の毒に「乱されて」しまった一人でしょうか(笑)。 (2008.01.30 13:28:09)
furafuranさん
こんにちは。 >マラルメは「心を静め」「心を空にして」シンプルで飾らない美を詩の世界に探しに出かけたのですね。 この時期、新しい詩のスタイルを探し出そうと模索していたことがうかがえますね。これはまだマラルメの初期の詩といえますが、その後もいろいろな試みをしていますから、挫折は7度ではすまなかったのではないかと思います。 >「生命のゆりかご」に咲く宇宙の薔薇の方は、シンプルで美しい白鳥の羽とは対照的で、漆黒と光の世界に七色の鳥が羽を広げて待つような輝きです。マラルメを見習って、光の芸術の薔薇に会いにいくために、7度ほど創造力を駆使しましょうという感じです。 この光の中で無数の星が誕生しているとは、凄いことですね。確かに、鳥が羽根を広げているようにも見えます。マラルメやイェイツがこの光景を見ていれば、どのような詩を書いたでしょうね。 (2008.01.30 13:38:42) |
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