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我思う、ゆえに我あり

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yukie_yo

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September 5, 2007
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カテゴリ:雑考あれこれ
今晩は、大学で教える立場の人たちと晩御飯を食べていた。話を聞くといろいろ大変な思いをされているようだ。

その中で、普段からいわゆる先生と言われる、大学の教授、助教授、講師について疑問なことをちょっと考えてみよう。

学生の立場からすると、先生は、教えてくれるサービスを提供する人である。なので、そのサービスの質(知識量や、専門内容に関する造詣、果てはちゃんと時間通りに来るとか、適切な分かりやすい、役に立つアドバイス、質疑応答ができることなど)で先生を評価している。が、その一方で、先生の論理だと、もともと教育者のつもりの人がいる一方、研究者のつもりで、生活のため教えている先生がいる。その人たちは、一通り教えるが、学生たちの顧客満足度にはさほど関心はないか、不満足状態を学生のせいにする傾向がある。

顧客の立場に基本的に立つ身としては、サービスを提供する身である以上、先生側の顧客満足度の低さについて危機感を感じないとか、顧客のせいに100%してしまう姿勢ってどうよ?と思ってしまう。

例えば、今日の会話だと、国際協力とNGOというタイトルの授業をして、学期が終わる頃に、「NGOとODAの違いが分からない」と学生にいわれたそうだ。確かに、先生の側としても、そのくらい辞書を引くなり何なりすれば?といいたくなる気持ちも分かる。が、その一方で、その学生はまじめに授業を聞いている子だというので、どこか、ちゃんとコミュニケーションが取れていない気はする。

そう、サービスは受け手にとって理解、納得ができて、役に立つものでなければ意味がない。だが、幸いにして、大学はまだ社会を知らない学生たちが顧客であり、払うお金の大切さ、お金相当のサービスを要求できる権利についてあまりに無自覚である場合が多く、他社比較がしにくい業界ではある。さらに、個々の教授のサービス提供能力よりも、大学という組織単位でのブランド名の方がはるかにサービス購入時に影響してくるので、個々の先生ががんばらなくても、まあ困らない。さすがに、少子化を控え、最近は学生の顧客満足度を学校側が気にするようになったが。

けれど、だからって、手を抜くのもどうよ?と思うのです。「NGOとODAの違いが分からない」といわれたのなら、馬鹿な学生だとか、自分で調べようとしない学生を非難する前に、どうやったら分かってくれるのか、という悩みも持っていいのでは?





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Last updated  September 6, 2007 03:17:18 AM
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