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リュウちゃんの懐メロ人生

2018年10月17日
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カテゴリ:奈良散策
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橿原市・本薬師寺跡のホテイアオイと彼岸花
今年も両方の満開に出逢えた!



(前回のブログの続きです)


石舞台古墳の横の休憩所でクロタン3号と戯れながら遅い昼食を終えたのが午後2時、

いけない、
稲渕地区に行く時間が無くなってしまった。

稲渕地区は、石舞台古墳から片道約40分の行程です。ここには明日香村で唯一、黄色い彼岸花が咲いているのですが、今から行きますと、石舞台に戻って来るのが午後4時頃になってしまいます。

これではゴールの「畝傍御陵前駅」に着くまでに
日が暮れてしまう!

という事で、残念ながら稲渕地区に行くのはスッパリ諦めました。
で、リュウちゃんが2年前に撮った「稲渕地区」の彼岸花の写真を2枚、以下に貼り付けます。





さて、遅い昼食を終えて、石舞台が見下ろせる丘に登りました。

やはり石舞台の土手の斜面の彼岸花は
完全に消えている、残念!
何故消えてしまったのか?
ちょっと不可解、



​なので、以下に3年前に撮った「石舞台の白い彼岸花」の写真を以下に再掲します。


​「石舞台」の周辺は「萩とススキの名所」です。​
以下に、「萩とススキ」の写真を何枚かUPします。









以前より少なくなりましたが、石舞台古墳の周辺にも紅白の彼岸花が少し残っていました。









<石舞台古墳~飛鳥寺>​​
​石舞台古墳から、いよいよ「帰路」につきます。明日香村の繁華街(?)を通り、飛鳥寺に向かいました。​

繁華街の町屋の前に咲く青い花、
この花、何という名前なのだろう?


板蓋宮(いたぶきのみや)跡地の近くに咲くキバナコスモス、​



板蓋宮は643年、皇極天皇が営んだ皇居とされています。
​この皇居は645年7月、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ、後の天智天皇)と中臣鎌足(なかとみのかまたり、後の藤原鎌足、藤原氏の始祖)が結託して蘇我入鹿を暗殺した「乙巳(いっし)の変」の舞台となったところです。​
​伝説では、ここで斬首された入鹿の首は、数百メートル離れた飛鳥寺の裏まで飛んだとされていて、そこには「入鹿の首塚」が建立されています。​

飛鳥寺までの道沿いにも何個所か彼岸花スポットがありました。





飛鳥寺の前の駐車場付近の彼岸花です。​





​​飛鳥寺は曾我氏の氏寺として6世紀末から7世紀初頭にかけて建立された「本格的な伽藍を備えた日本最初の寺院」です。本尊は「飛鳥大仏」として知られている釈迦如来像が安置されています。​​


(飛鳥大仏)

​飛鳥寺の裏手に、
「蘇我入鹿の首塚」があります。​



この辺りも明日香村屈指の彼岸花の名所なのですが、​やや「終わりかけ」になっていました。​





​「甘樫の丘」の麓から、次の目的手である「藤原宮跡」に向かいます。​
​右手に大和三山の一つである「畝傍山」が見えて来ました。​

もうゴールは近い!


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​​<藤原宮跡~本薬師寺跡>
藤原宮跡に入ってきました。
​下の写真は、大和三山の一つ、「天の香具山」です。​

春すぎて夏來にけらし白妙の 
衣ほすてふ天の香具山(持統天皇)


​下の写真は、大和三山の一つ「耳成(みみなし)山」です。


藤原宮跡から三輪山を見上げました。

​​三輪山を しかも隠すか 雲だにも こころあらなむ 隠さふべしや <​額田王(ぬかたのおおきみ)、万葉集巻1‐18>



​藤原宮跡から15分くらい歩くと本薬師寺(もとやくしじ)跡に至ります。​

​​おお、まだホテイアオイは満開だ!​​





​​ホテイアオイと彼岸花の
コラボを見られて良かった!




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​本薬師寺跡から徒歩5分でゴール地点の近鉄「畝傍御陵前駅」に到着、
​​スタート地点の近鉄「壺阪山駅」を出発したのが午前9時半過ぎ、ゴール地点の近鉄「畝傍御陵前駅」に着いたのが午後5時、途中、30分の昼食時間を除くと、約7時間歩きっぱなしのハイキングでした。​​

黄色い彼岸花の見られる稲渕地区
に行けなかったのは残念至極!

​来年は今回想定したコースを制覇するぞ!​​???

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最終更新日  2018年10月17日 06時12分56秒
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