2025年の桜行脚(2)~長野県伊那市の「高遠桜」
眼前に迫る南アルプスの雪山、「高遠桜」、まだ5分咲きなれど、雪山とのコラボ、絶景だ!4月8日~9日、クラブツーリズムの主催する一泊旅行に夫婦で参加して、長野県伊那市の「高遠桜」を観に行ったのです。「日本の桜名所」ランキングでも、いつも、上位に入る「高遠桜」、一度は観てみたい!しかし、どうやって行くのがいいのか、全く見当がつかない。これはパックツアーに頼るのが良さそうだ。今回のツアーの行程は以下です。(4月8日)(9時33分)新幹線京都駅~新幹線名古屋駅~(中央線に乗り換え)名古屋駅~(特急しなの)~塩尻駅~ここからチャーターバスに乗り換え)~山高神代桜~神田の大糸桜~星野リゾート・リゾナーレ八ヶ岳(宿泊)(4月9日)(9時30分)リゾナーレ八ヶ岳をチャーターバスで出発~高遠城址公園(高遠桜見物、公園内で昼食)~春日城址公園(桜見物)~木曽福島駅~(特急しなの)~JR名古屋駅~(新幹線に乗り換え)~新幹線京都駅。8日、朝67時30分過ぎに家を出発、新幹線の車内で、ツアー客と無事に合流。やれやれ、無事に合流出来た。今回のパックツアー。合流するまでが大仕事なのだ。新幹線の車窓から観た「伊吹山」です。まだ頂上付近に雪が残っていた。午後1時過ぎ、JR中央本線「塩尻駅」に到着、ここでチャーターバスに乗り換え、今回のツアーがスタートしました。<神代桜(じんだいざくら)>午後2時頃、山梨県北杜(ほくと)市山高町にある日蓮宗の古刹「実相寺」に到着、おお!ここの桜、水仙とのコラボも観られ、見事だ!お目当ての「神代桜」が見えてきました。<「神代桜」について>「神代桜」は樹齢2000年と云われるエドヒガンザクラの老巨木です。伝説では、神話の武将・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の折に植えたとされていて、命名の由来になっています。また、鎌倉時代、ここに訪れた日蓮聖人が、この桜の「衰え」を見て、回復を祈ったところ、見事に再生した為、この桜は別名「妙法桜」とも呼ばれているのです。樹高10,3m、根本の幹周り11,8m、日本で最古、最大級の桜の巨木で、大正時代に国指定天然記念物第1号となりました。また、福島県の「三春滝桜」、岐阜県の「薄墨桜」と並ぶ、「日本三大桜」の一つに数えられています。樹齢2000年の「神代桜」、やはり凄い威容だ!幹周り11,8mの根本、歳相応に、皺くちゃだ。第2の日蓮聖人の回復の祈りが必要のようだ。お寺も前の露店で買った桜ソフトクリーム、美味しい!!!<神田(しんでん)の大糸桜>「実相寺」を後にして、バスで1時間程走りますと、次のお目当て、「神田の大糸桜」に出遭えます。<神田の大糸桜について>「神代桜」と同じく、山梨県北杜市の田んぼの真ん中にある一本桜の巨木です。樹齢約400年、樹高9m、枝張り20m四方、幹周り7,5mのエドヒガンザクラの変種です。昭和34年に山梨県の天然記念物に指定されました。周囲の残雪を頂いた甲斐駒ケ岳、八ヶ岳などの日本アルプスの山々とのコラボが素敵な一本桜なのです。「神代桜」に引けを取らない「神田の大糸桜」、一本桜だけに、その威容は強烈な印象だ!午後4時頃に「神田の大糸桜」にお別れして、午後5時頃、宿泊先の「リゾナーレ八ヶ岳」に到着、館内のビュッフェ・レストランで夕食を済ませ、早く就寝。翌朝、6時に起床し、散歩、早朝のメインストリート、殆ど人影が無く、ひっそりとしている。まるで廃墟のようだ。以下は、「リゾナーレ八ヶ岳」の公式HPです(興味のある方は、クリックしてご覧くださいね)、<星野リゾート「リゾナーレ八ヶ岳」公式HP>このリゾートホテル、どうやら「若者向け」のホテルのようで、高齢者のリュウちゃんにとりましては全くリラックス出来なかったのです。「リゾナーレ八ヶ岳」、飲み屋もカラオケ施設も土産物屋の無し、高齢者のリュウちゃん、全く親しめなかったのだ(残念!)8日夜のローカル・テレビで、「長野県のソメイヨシノ、本日開花」、と放送されました。明日行く「高遠桜」は4月3日に開花、ソメイヨシノより5日早い開花だ。「高遠桜」、9日は何分咲きなのだろうか?4月9日、天候は昨日と打って変わって「快晴」、気温は23℃、絶好のお花見日和だ!「高遠桜」は本日は「5分咲き」のようだが、今日の晴天と気温で、「見頃」になりそうな気がする。朝9時30分にチャーターバスで「リゾンナーレ八ヶ岳」を出発、11時30分頃、「高遠城址公園」に到着、下の図は、「高遠城址公園の案内図」です。リュウちゃん達は、下図左下の「グランドゲート」から入城し、「太鼓櫓」、南アルプスの山並みが一望出来る「本丸」を経由して、「白兎(はくと)橋」~「南ゲート」~「二の丸」~「伊那市観光案内所」~「グランドゲート」の順に一周しました。「グランドゲート」から公園に入ります。おお、一見した所では「七分咲き」位、上部の枝はまだ「三分咲き」位かな?「桜雲橋(おううんきょう)」を渡り、「本丸」に入ります。「本丸」の横手にある「太鼓櫓(ろ)」です。「太鼓櫓」とは、江戸時代にここで太鼓を打って藩民に時刻を知らせていたところです。「太鼓櫓」現代風に言い換えれば、「時計台」だ。さて、「本丸」の展望所です。桜の向こうに見えるのは、雪を頂く中央アルプスの峰々木曽駒ケ岳(標高2956m)か、将棋頭(しょうぎがしら)山(2730m)か、ここは「高遠桜」随一の絶景スポットだ!―閑話―<「高遠城」と「高遠桜」について>★「高遠城」は、築城年代は不明ですが、14世紀の南北朝時代には、この地を治めていた諏訪氏の一族である「高遠氏」の居城だったようです。★戦国時代の1545年、武田信玄が「高遠城」を侵略、以後、「高遠城」は武田氏の城になりました。★天正10年(1582年)3月2日、「高遠城」は織田信長の3万人の軍の総攻撃を受け、1日で落城しました(「高遠城」には、もともと「天守閣」は無かったようです)★江戸時代には、「高遠藩」の藩庁となり、明治時代までの270年間、徳川家譜代の諸大名が藩主として入城しました。★明治時代になりますと、「高遠藩」は「高遠県」となり、城内は県の役所が置かれたのですが、明治4年(1871年)、合併により「高遠県」が廃止となり、城も「廃城」となりました。★明治8年(1875年)、明治政府が進めていた「公園化」の方針を受け、「高遠城址」は「高遠城址公園」として徐々に生まれ変わって行ったようです。★現在、公園内に1500本程植えられている「高遠桜」の正式名称は、「タカトオコヒガン(高遠小彼岸)」で、マメザクラとエドヒガンを交配して生まれた桜です。高遠城址の公園化に伴い、かって高遠藩の藩士だった人々の努力で、「高遠桜」は、「吉野の桜」、「弘前城の桜」と並ぶ、「日本3大桜の名所」の一つに数えられるようになったようです。★「高遠桜」の樹形は傘状で、樹高は高木、花弁は一重咲きで淡紅色の中輪の花をつけます。―閑話休題―<南ゲート周辺の桜>予め添乗員さんから、「今日は南ゲート付近の桜が満開に近い」と聞いていましたので、「白兎(はくと)橋」を渡って「南ゲート」に向かいました。おお、このエリア、ほぼ「見頃」だ。しかし、見頃の桜」は花が大きくて白い、「高遠桜」ではないのかな?「南ゲート」付近から、「南アルプス」の一部が見えた!多分、一番高い山は仙丈ヶ岳(3033m)だ?もうお昼、お腹が空いた。で、出店していた屋台の店で、おにぎりとお茶と缶ビール(2缶)を買って、桜の下で昼食。プファ~、ビールが旨い!天候絶佳の桜の下で飲むビール、最高だ!午後1時30分、再びチャーターバスに乗り、同じ伊那市にある今回のツアー最後の桜スポットである「春日城址公園」に向かいました。「春日城址公園」には、ソメイヨシノ150本、ヒガンザクラ50本が植えられています。またツツジが2万本も植えられていて、屈指のツツジスポットなのです。以下、ここで撮った写真を何枚かアップっしてみます。「高遠城址公園」と同じように、南アルプスの峰々が見渡せる素晴らしい桜スポットなのだ!公園の入口の枝垂れ桜、凄い威容だ!ここから帰路につきました。中央線「木曽福島駅」からJRに乗り、名古屋で新幹線に乗り換え、「京都駅」に着いたのが午後7時30分、駅の構内にある和食店で遅い夕食、プファ~、京都ビールが旨い!今回の「高遠桜」見物で、念願の「日本三大桜の名所」巡りを果たしたことになる。これから何を目標に桜見物をしようか?まだ「次の目標」は見つからないのだ。