日本刀讃歌★心の中の日本刀

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  刀工、伯耆国藤本和一郎秀春の足跡を辿りて　第弐章

  前回第一章で、秀春が江戸修行に出立する前迄を此のブログに記載した訳ですが、今回は其の後の足跡を辿り記載したいと思っています。因伯の刀工と鍔書籍では、弘化三年【1846年】江戸に出立との記載があるが、嘉永六年【1853年】に長男甚太郎が誕生し、妻を亡くし、新たに妻を迎えており、これから推論すると、出立は年号の誤りで安政三年【1856年】秀春35歳の時では無いかと考えられます。是れならば、尚春銘で鍛刀した時期が十年となり、残された尚春銘の刀の数からも、合理的であろうと考えています。【余談ですが、野鍛冶修行時か、何時刀の鍛刀法を習得したのか定かでは有りませんが、尚春銘の刀は殆どが直刃であり、丁子刃を焼いた刀は見たことがありません。短刀は乱れ刃は焼きますが、丁子刃では無く互の目足入り程度の刃紋で有り、秀春銘の様な複雑な丁子刃は焼いておりません。この事から考えても、推測でしか有りませんが、当初は刀工として師匠についての正式な修行では無かったのかも知れません。しかし、野鍛冶の片手間仕事とは思えないところから、鍛刀の手ほどきは受けたのでは無いかと推測しています。】書籍では弘化三年【1846年】秀春25歳での江戸出立と記載あり、是れでは尚春銘での鍛刀期間が無く、残された尚春銘の刀も其れなりの数があることから、弘化三年【1846年】江戸出立説は否定されるべきと考えています。此の説が何処から出たのか解りませんが、只単に、年号の誤りだったのかは、今となっては解明する手立てはありませんが・・此の後安政三年頃、江戸修行に出立する事になります。江戸では水心子一門の山本嘉伝次秀直に師事するわけですが、此の師匠との結びつきも、はっきりとは解っておらず、推測するに、既に藩御用を務めていた事もあり、藩の口利きで紹介されたのではと考えられるのであります。修行すること五年、万延二年【1861年】郷里矢橋村に帰り、刀鍛冶を開業する事になります。刀銘は師匠の号と秀の一字を継承し、一雲齊秀春とも伯州住秀春とも切銘する。一雲斉銘は何故か慶応二寅二月日前後に集中している。伯州住秀春銘、慶応二八月日鳥取県矢橋法輪寺矢橋宿万延2年【1861年】郷里矢橋村に帰り、刀鍛冶を開業する。この年2月15日、帰国した秀春は、藩御用聞きを命じられる。年41歳であった。記念ノ記には、召し抱えを【時に慶応元年【1865年】なり】と記しているのは、御用聞きでは無く、職人並みに命じられた時が、本当の召し抱えと考えたのであろうと、O氏は推測されています。此の期に、鍛冶上達を願っての事か、地元の方見神社に大太刀を奉納している。長さ３尺２寸、銘は表に【伯州菊里住一雲齊秀春】裏に【文久２戌２月日】と切銘する大作であり現存している。慶応元年８月、秀春記念ノ記に【技倆益々進む事を、藩主池田公聞き、公、命じて刀工と為す】と記している。又、併せて苗字御免となり、伯父藤本甚兵衛名乗りの藤本性を名乗る事になる。そうこうしている中、八軒屋の鍛冶場に不都合が出来たので、新たな鍛冶場を探していたところ、笠見村鍛冶職源太郎と申す者が御小人に御召抱になり、職場が空き、懇意にしている者なので、借り受けることにして、慶応２年１０月に引っ越す。場所は、笠見村笠見地区天内と記されているが、引っ越し早々11月22日、残り火の不始末により、職場を焼失させてしまう。其の為、翌慶応３年２月、藩から遠慮を仰せ付けられるが、４月には御免となる。職場を焼失した秀春は、矢橋町鍛冶屋健助と申す者の本宅に寄宿していたが、同年八月、別所村長右衛門と申す者の本宅を借り受けて引っ越しする。彼等とのつながりは定かでは無いが、妻の実家が鍛冶屋で有り、おそらく其の縁故であるとも思われる。こうして、別所村に腰を据えて、五カ年の期限で鍛冶場を造り作刀していたが、やがて明治維新を迎え、旧令は廃止となり年限も無くなり、そのまま住居を続けた。そして、明治維新を迎えると、如何なる理由によるものか、自分の名乗りを秀春から尚春に戻したと伝えられている。其の証が、記念ノ記を、【藤本尚春記念ノ記】としていることである。次回第三章で、明治以降の足跡を記載致します。

  2024.06.15

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  ラッキーちゃん。我が家に来てくれて有り難う

  現在、一緒に生活しているカニンヘンダックスのラッキーですが、十八歳を超えて大分足が弱って来ました。歩かないと余計に歩けなくなりますから、足もつれになりながらも毎日何度も庭を歩かせています。今の処フードは良く食べてくれますので、その点は安心しています。一日でも長く元気で暮らしてくれるように、私達に出来ることは何でもしてやるつもりです。先月、定期の健康診断を受けさせました。フィラリア検査と一緒の血液検査でした。ラッキーは嫌だったのでしょうが、何とか頑張ってくれました。血液検査の結果は、膵臓と腎臓の数値が少し高く、薬を飲むほどでは無いが、食事と日々の体調の変化には注意が必要との事でした。其の為ラッキーのフードは、低脂肪の腎臓に配慮した物を食べさせています。私とラッキーにとっては、今の1日１日が何よりも大切な時間になっています。夕方のご飯を食べて、今日も１日元気だったね。と話しながら、私の横で安心して一緒に眠ります。家内の横では、何故かくつろいで眠ると云う事はないのです。我が家に来てから17年､何時も私の傍に居ましたから、私と一緒に眠るのが習慣になっているのです。ラッキーが、我が家のワンコになって17年が過ぎます。毎日元気でご飯を食べてくれることに感謝しています。2007年8月、先年急逝したヨークシャーテリアのモモちゃんと一緒に、我が家に嫁いできてくれました。其れから17年、あっという間に過ぎた気がしています。モモちゃんは家内に、ラッキーは私に特に仲良くしてくれました。先々月4月2日と先月5月23日の夜中に、痙攣発作を起しましたが、座薬を投与して何とか落ち着きました。老齢になって、日々の体調の変化には細心の注意を払っていますが、このまま病気にもならず、先年急逝したモモちゃんが迎えに来るまでは、1日でも長く元気で過ごしてくれることが、今の私の一番の願いです。

  2024.06.01

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  刀工、伯耆国藤本和一郎秀春の足跡を辿りて　第一章

  伯州住秀春、伯耆国の住人藤本和一郎秀春については、過去伯州住秀春の研究と題して､五回に亘り此のブログにて簡易的な経歴等は記載しましたが、其の詳細については不明な点も有り、はっきりしたことは記載できませんでした。しかし、伯州住秀春の御子孫に当たられる､鳥取市在住のO氏のご努力により、ある程度のことが解ってきました。過日、秀春の故地である琴浦町にて、O氏による講演会、並びにゆかりの地矢橋の散策等の行事が実施され、其の資料をお送り頂きました。私が最初に入手した伯州住秀春の刀です。何故、私が伯州住秀春の刀を好むのかと云うと、其れは日本刀の本質を備えているからに他有りません。折れ難く、曲がり難く、刃毀れし難く､よく斬れる。昔から言い古された言葉ですが、是れらを全て備えている刀は決して多くはありません。刃筋を間違えると直ぐ曲がる、刃毀れする、そんな刀が多いのも又事実です。腕が悪いからと言ってしまえばそうなのですが、腕の悪さをカバーしてくれる刀を求めて、辿り付いたのが、新々刀伯州住秀春の刀であった訳です。過去、此のブログで五回に亘り【伯州住秀春の研究】と題して拙文を記載しました。下記一から五迄のリンクをクリックして御覧ください。【​伯州住秀春の研究其の一​​​】【​伯州住秀春の研究其の弐​​】【​​伯州住秀春の研究其の参​】【​伯州住秀春の研究其の四　一雲齊銘について​】【​伯州住秀春の研究其の五​】私は愛刀者で有りますから、残された刀から其の足跡を辿るわけですが、其れだけでは到底其の刀工の実像に迫ることは出来ません。伯州住秀春の系譜に繋がる、鳥取市在住のO氏による調査資料を基に、其の実像に迫ってみたいと思い、此のブログに記載することにしました。簡略な系譜は、伯州住秀春の研究其の一にも記載していますが、今回はもう少し詳しく其の足跡を辿ってみたいと思っています。秀春は文政四年（1821年）八月七日矢橋町で出生した。父親は林蔵と云い、性の松井は明治になってから加えられたと伝える。本来、菩提寺過去帳から藤屋林蔵で有ることが近年の調査で判明した。母は、矢橋町押本惣左ヱ門の娘で、記念の記に記載ある藤本甚兵衛の妹である。秀春誕生のいきさつについては、当時矢橋郡に於いては堕胎禁止の教諭が行なわれており、記念の記に記載のある中井三郎左衛門も其の一人であったと思われる。此の中井家は、鉄商いの元締めであったと伝えられており、上段の藤屋も鉄商いをしており、母親は此の中井家で働いていたと思われる。誕生した男子は、三郎左衛門の命名により、和一郎と名付けられた。天保九年（1838年）､年十七歳にして、汗入郡の鍛冶屋眞嶋伸吉の元に鍛冶修行に出る。鍛冶屋の道に進んだのは、鉄の環境の元で成長した事が大きな要因で有ったと思われる。修行すること八年、弘化三年（1846年）矢橋町に帰る。この時、伯父藤本甚兵衛の尽力で、菊里村八軒屋に鍛冶場を設けた。此の期秀春25歳を迎えていた。伝えるところに依れば、この時から野鍛冶の合間に鍛刀を始めたと云う。此の時の切銘は尚春で有ったと伝えている。只、鍛刀法を誰に習ったのかは伝わっておらず、鍛冶修行の経験を元に、試行錯誤しながらの鍛刀で有ったのかとも思われる。しかし、残された尚春刀を観ると、野鍛冶の片手間仕事とは思えない出来映えであることから、本職の刀工について幾らかは修行したのではないかと思えるのである。鳥取県東伯郡矢橋城趾鍛冶場を設けて二年後、嘉永元年【1846年】矢橋町押本常右衛門の長女を娶る。一女を授かるが一女は幼くして没し、その後嘉永六年【1853年】九月二十五日、長男甚太郎が誕生する。しかし其の3ヶ月後の十二月妻が亡くなる。乳飲み子を抱えての鍛冶職は大変であったと今に伝える。その後、周囲の勧めで亡妻の妹の【さの】を娶ることになった。秀春は、刀鍛冶の道に進むことを望んでいたが、幼子を抱えた身では如何ともし難く、此の幼子を託す環境が出来たので、刀鍛冶修行への道が開けることになり、江戸修行への決心をつけたと思われる。次回第二章で、江戸修行以降の足跡を記載します。

  2024.05.15

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  拵えの美

  刀剣趣味者、いわゆる愛刀家と呼ばれる方々は、過去現在を通して、刀剣の趣味、鑑賞の対象が刀身を重視し、此れに偏重している感があり、拵えを余りにも軽視している様に感じています。刀剣が武器という実用を離れ、美術工芸品として鑑賞の対象になっている現在に於いては、此の刀剣の外装である【拵え】の美を、改めて認識する必要があるのではないでしょうか。愛刀家の、余りにも刀身重視の偏重思想に、刀剣を商う商人達により、時代の拵えが利益追求の為、追剥の様にバラバラにされ、売買されている事に残念な気持ちで一杯です。刀身は勿論見所は沢山ありますが、言い換えれば単なる鉄、鋼の工芸品です。其れに引き換え、刀剣の外装【拵え】は、鍔、縁頭、目貫等、彫金、彫刻、象嵌等の金工工芸、柄糸、下げ緒の組紐、柄巻きの工芸、更に刻み鞘等鞘の工芸、漆塗りの工芸等、ありとあらゆる分野の工芸職人の総合芸術品と言っても過言ではないと思います。従がって日本刀の美とは、刀身と外装が揃って初めて、世界に冠たる日本刀の工芸品としての美しさが完備される物と認識しています。最近では、現代刀お守り刀展等では、拵えも一緒に作成され展示されるようになり、私としても喜ばしい状況だと思っています。只、現代の拵えと時代の拵えとは製作目的が全く違いますから、刀身と一緒に伝来した拵えは、出来るだけ手を加えず伝世させるべきと考えています。そう言いつつ私も、所蔵刀の拵えの鍔交換等は何振りか行なっていますが、本来なら鍔の交換もしない方が良いのかも知れません。製作当時の拵えは、使うために吟味して制作された物でしょうから、是れを変えると云うことは、当時の所持者の意図が変ってしまうと云うことに成りかねません。但し、柄前や柄糸などは、長い年月の間には木が痩せたり糸がほつれたりしますから、柄前を造り直す事はやむを得ない事だろうとは思っています。

  2024.05.01

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  オークションサイトの尚春刀に付いて【私感】

  過日ヤフーオークションに、尚春二字銘の刀が出品されていた。刀其の物は幕末頃と思えるが、常の尚春銘とは異なり少し違和感を感じた。実物を見たわけでは無いので断定は出来ないが、茎長さ、茎仕立て等は違和感を感じないが、尚の五画目の切り方が常とは異なる。刀の場合、尚春銘、秀春銘共に鎬地に流暢に切銘する。二字銘の場合であっても、鎬造りで有れば鎬地に切銘しています。尚春の刀で二字銘は初見ですが、あり得ないことでは無いとも思えます。秀春銘の場合は【一秀春】と切銘した刀が現存している。多くの尚春銘の刀を見たことが無いので、初期の頃と秀春改名前の尚春銘をどの様に切銘したのかははっきりとは解っていません。下の短刀の二字銘と比較して、鏨の打ち込み方向等は同一で春の字はよく似ていますが、銘切りに流暢さが無く力強さに欠けていると思えます。短刀の尚春銘に比べて、銘がたどたどしく手本を見ながら切銘したように思うのは私だけでしょうか？銘の他に、もう一つ疑念があります。刃紋は互の目を焼いていますが、鎺元に焼き出しが有ります。尚春銘では直刃しか見たことが無かったのですが、伯州住秀春銘では乱刃に焼き出しは見たことが有りません。元々新々刀に焼き出しがある刀は少ないです。実物を見ずして正確な判断は出来ませんが、銘の切り方と焼き出しの所作から、此の刀の正真性に疑義を感じてしまいます。刀其の物は幕末期だと思いますが、尚春本人の切銘とするのは躊躇せざるを得ません。銘を拡大して少しボケてしまいましたが、此の尚春銘に比べると尚の字の鏨使いに違いがあります。伯州住秀春が、尚春と銘を切り始めた初期頃から、秀春に改名する前までの銘の変遷については、研究途中で未だよく解っていませんから、初期には上段の様な銘が有ったのかも知れません。しかしながら、今の時点では此の刀の正真性については疑わざるを得ないのです。刃紋についても、互の目を連続して焼いている刀も未見ですし、秀春独自の波打つ様な刃紋も見られません。銘の位置、銘の字体を比較検討しても、正真性は疑わざるを得ません。如何せん現物を見ずして、机上の感想に過ぎませんから、軽々な判断は禁物だとも考えてはいます。話は変りますが、去る2月18日と3月17日、伯州住秀春の故地琴浦町にて、御子孫のＯ氏による講演会、並びにゆかりの地の散策等の行事が実施されたようです。私は参加できなかったのですが、其の資料のファイルをＯ氏よりお送り頂きました。此の紙面を借りて厚く御礼申し上げます。有り難うございました。後日、熟読ののち内容をまとめて此のブログに掲載できればと考えています。

  2024.04.15

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  愛犬と暖かな春を迎える

  此のブログは、日本刀に特化した記事を記載していますが、時折、一緒に生活しているワンコ達の事も、備忘録の意味も込めて記録しています。今回も、愛してやまない、高齢になったダックスのラッキーの日常です。寒い冬もようやく過ぎて、暖かな春を迎えました。長年一緒に暮らしてきたカニンヘンダックスのラッキーも、昨年暮れに18歳になりました。昨年の今頃、ラッキーは体調を崩して快方に向かいつつある時期で、来年も桜が見られたら良いね、と何時も話しかけていました。何とか無事に年を重ね、今年も桜の季節が訪れ、一緒に花見も出来ました。是れからは、一日一日が大切な日々になって行きます。現在、毎日自宅庭で散歩をしていますが、足元が若干ですがおぼつかなくふらつくこともありますが、散歩中の春風は心地よく、ラッキーも気持ちよさそうです。昨年暮れの健康診断では、特に治療しなければいけないところは無いとの診断で少し安心しました。ご飯も今の処はよく食べてくれます。このまま元気で過ごしてくれることを願っていますが、高齢の為何時何が起こるか解りません。常に私と一緒に過ごしており、体調に変化が有れば直ぐに動物病院を受診させています。ラッキーは目は見えないのですが、気配で私の帰宅を感じ取ったり、一緒に生活している、ポメラニアンの6歳になる【マル】が、吠えて知らせたりしているようです。高年齢に成ったためか、最近2度ほど痙攣を起して、其の為に薬を処方してもらって飲んでいます。従って、犬達だけで留守番させることが出来ず、目の届く範囲で、私か家内どちらかが犬達と一緒に過ごすようにしています。先年急逝したヨーキーのモモちゃんと、2007年9月我が家に里子に来て以来、特に私と仲良くしてくれました。昨年暮れに18歳を迎えましたが、一日でも長く、元気でくつろいで毎日を過ごせるようにと願っています。今は、一日でも長く、元気で、私の傍に居るようにと、いつもラッキーに話しかけています。愛と願いを込めて。

  2024.04.01

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  伯州住秀春拵えの鍔交換しました

  此の拵えの鍔を交換しました。拵えは幕末頃作成された物だと思いますが、鍔が実戦用の鉄無地の地味な物でしたので、鞘の素銅金具に併せて、素銅の地金を使用した少し華やかな鍔に変更してみました。鍔を交換したら、普通柄前の目釘孔が合わなくなりますが、茎幅ピッタリ、目釘孔もピタリと合致しました。あたかも此の拵えのために作られた鍔のようです。此の拵えは特に鞘に特徴があって、口金、鐺等に素銅無地の金具が使用されています。幕末製作と思われる半太刀風の鞘は、堅牢第一に当時の所持者の意図に添った物と思われます。【突兵（とっぺい）拵えの一種かと考えています。】刃長　二尺五寸4分有り、幕末動乱期の、勤王､佐幕何れかの武士の差し料ででも有ったのか等と、想像をたくましくしています。下柄前の鍔を交換しました。左の鍔を右の群鷺の図鍔に交換しました。此の鍔は此の拵えに合わそうと思い最近購入した物ですが、内側は黒四分一、外側が素銅で造り込まれています。群鷺の図で無銘ですが、秋田正阿弥の極めで日刀保の保存鑑定書が付いています。前段の柄前よりは随分印象が変ります。個人的な意見ですが、此方の鍔の方がシックリ来るというか似合う様な気がしています。先々、素銅地群鷺図の縁頭、目貫が入手出来たら柄前を造り直したいとも考えています。勿論此の柄前はこのままで、新規に予備の柄前を製作するつもりです。私が入手した伯州住秀春刀ですが、購入したときに拵えが付いていた刀は参振りでした。今回掲載した刀はその内の一振りですが、他の二振りも鍔交換をしています。過年掲載した一雲斉秀春銘の刀ですが、紅葉に鹿の図の大鍔から記内在銘の葵の図？鍔に交換しています。柄前は、納戸色の組み糸で巻き替えしていますが、縁頭、柄木、鮫は従来使用されていた物をそのまま使用しています。最初に入手した、二尺三寸ほどの伯州住秀春銘の刀も鍔を交換しています。過年此のブログに掲載したと思いますが、記内在銘の龍の鍔を南蛮風の無銘龍透かし鍔に交換しました。鉄地龍の縁頭には、此の龍の透かし鍔の方が似合うと思ったからです。何れの鍔も高価な物では有りませんが、鍔を換えるだけでも印象は大きく変りますから、手入れをしながら鍔を交換してみたりして楽しんでいます。下記は交換前の記内龍透かし鍔です。此の刀を入手したのは随分前ですが、刀は変らぬ光を放っていますが私は年を重ねました。此の長寸の刀を鑑賞する時には、少し重さを感じるようになりました。気を緩めれば、思わぬ事故に繋がりますから、出来るだけ両手を使って取り扱うように気を配っています。上記掲載の参振りの柄前は、何れも幕末製作と考えていますが、当時の物としては状態は良い方では無いかとも思っています。大切に伝えられたのだろうと考えています。状態の悪い物は、柄前が虫に食われて（鮫を貼るときに続飯を使いますから是れを虫が食べるのです）ボロボロに成っているものをよく見ます。虫除けとして続飯にセンブリを混ぜますが、是れを手抜きしてしまうと虫に食われてしまうのです。現代では、合成接着剤で貼られている様ですから、虫に食われることは無いでしょうが、只剥がすときは難儀だと思われます。幕藩時代には鮫皮は超高価な為、短冊にしたり、使い回したりして苦労の跡が偲ばれ、職人泣かせであったことが見て取れます。現代では鮫皮は安価ですから、剥がして再利用することは無く、新規に造り直す事の方が多い様です。

  2024.03.15

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  現代刀思考

  少し前になりますが、ある刀工がブログを書いていることを知って、興味深く読んでみました。技術的なことも余り隠さず、自身の心情も吐露していることが現代刀工としては珍しく、興味を惹かれた一端です。通常は美術刀剣を造る現代刀工は芸術家であって、教科書通りのきれい事しか書かないのが普通です。現在の現代刀の価格ですが、中堅刀工の刀で大体150万前後です。著名な無鑑査刀工になると、大体250万～600万ぐらいの間と考えられます。勿論研ぎ、鎺、白鞘を含めての価格ですが、これらの価格が約50万前後と仮定すると、刀の打ち卸し価格は100万前後と言うことになります。之が高いのか安いのかは異論のある所ですが、居合い、抜刀の武術をされている方を除き、現代では不要，不急の最たる物でしょうから、やむを得ないのかも知れません。この価格で、継続的に購入してくれる人々が居るのかですが、現代の刀剣界の状況を考えると、極めて厳しいのではないかと思うのです。現在、漫画などの影響で刀剣ブームと言われていますが、之がどれ位購買層の増加に寄与するか不明です。潜在的な刀剣愛好者は多いのではないかとも思うのですが、刀剣を購入したいと思っている刀剣愛好者はどれぐらいいるのか、某刀剣協会の会員を基に推測してみると、約二万人ぐらいではないかと思われます。人数推測は私の独断と偏見によるものですから当たらないかとも思いますが、まことに小さな村社会です。此の刀剣愛好者は、殆どの人は古名刀遍重の愛好者と言うよりは欲好者が多いのであります。現在では刀剣愛好者と言えば年配の方が多いのですが、年配の方には特に此の古名刀遍重の方々が多いのであります。刀剣の見識者が多いのもこのクラスなのですが、彼等はまず現代刀には目を向けないのだろうと思います。古名刀に比肩して、現代刀が及ばないのは仕方のないことですが、其れよりも現代刀を売却するとき、極端な安値でしか売却できないことが一番の原因ではないかと思っています。150万で購入しても、売却するときは30万位で売却できれば良い方ではないでしょうか。著名刀工ならば購入金額が高価ですからもう少しは高値になるのでしょうが、いずれにしても古刀、新刀に比べると著しく低価格での売却になってしまいます。従って、このことをよく知っている刀剣愛好者は現代刀を買わないのです。刀剣を買うときに、既に売るときのことを考えているのが、愛刀家と呼ばれる方々であるとの認識が必要なのでしょう。刀剣を愛好して、生涯愛玩しようとする愛好者は真に希少価値な人なのです。その中で現代刀を購入しようとする刀剣愛好者は更に少ないと言えます。愛蔵の現代刀工大野義光刀匠の手に成る刀です。何故現代刀は、新刀、古刀よりも極端に安価にしか売却できないのでしょうか？？良く考えるのですが、現代刀には居合刀のイメージが強く、鑑賞刀としての需要が少ないのだろうと感じています。刃紋を焼く技術は、古名刀に遜色は無いと思っていますが、やはり地鉄のこなしが及ばないのだろうと思われます。地鉄の反射が強すぎるのも新しさを感じます。現代刀工も、古刀再現には努力しているのでしょうが、技術伝承が失われていては容易ではありません。しかし、自分だけの注文打ちが依頼出来るなど、現代刀には現代刀の良さもあるのですが・・・善に従うは登るが如く、悪に従うは崩るるが如し、運は天にあり、人力の及ぶところに非ず。信家現代刀愛好の道も、当に信家の言葉の通りで有ろうかと思います。本来趣味の道は、損得を抜きにした崇高な理で有るはずですが、現実には人間の欲が現われて残念な思いで一杯です。

  2024.03.01

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• 二つの鑑識眼

  鑑識眼とは、刀を観て茎に刻された切銘を精査して、此の刀工の作に間違いない事を見極める眼力の事であります。此の事については、既に皆様方も御承知であろうと思っています。過去鑑識眼について当ブログにて記載していますので　【​鑑識眼​】クリックして御覧ください。今回私が書こうとしているのは、もう一つの鑑識眼の事であります。刀を鑑賞する度に良く考えてしまうのですが、此の刀は作柄としては良く出来てはいるが、刀工自身、作位としてはどの位置に格付けしたのだろうかと思うことがあります。刀工自身は、焼き入れ後に傷や割れの確認後、刃紋の状態を見て出来の良否の判断を行ない、大きな欠点が無ければ世に出したのだろうと考えています。只、同一刀工の作であっても、傑作として賞讃されている刀も有れば、今一出来が劣ると思われる刀も現存しています。刀工によっては、自分で傑作と考えている様な刀には、茎の銘の切り方を常よりも長銘に切ったり、添え銘をしたりして区別したと思える刀も残されています。もう一つの鑑識眼とは、同一刀工の手に成る刀の中で、此の刀の位置付けは作域1から100の間で、どの位置に格付けされるのかを見極める眼力であります。之を見極めることは非常に困難で、一般の愛刀家では到達し得ない境地であります。何故なら、其の為には膨大な刀の鑑賞、記憶が不可欠でして、趣味としての刀剣鑑賞程度では遙かに遠い道程であるからです。一般の刀剣愛好家が、同一刀工の刀を多く所有する事からして現実的ではありませんし、鑑賞会に於いても、同一刀工の刀を並べて鑑賞することもありませんから、作柄の位置付けを見極める事は容易なことではありません。私が所蔵している伯州住秀春の作は、刀が五振り短刀二振りですが、どの刀も之という欠点は有りませんし、匂い口の状態からみて平均的な出来では無いかと思っています。では、良く言われる傑出した出来口とはどの様な出来映えを云うのでしょうか？1】常々私が思うに、通常の出来口に比較して特段に匂い口が明るい。2】広狭のある乱れ刃に於いて、沸の付き方が元先表裏殆ど変らない。【沸の粒の大きさのことです】3】地肌の鍛えが表裏均一に鍛えられ、通常作に較べ鉄色が明るい。外にも有るかとは思いますが、大体はこんな所では無いでしょうか。何かの本で読んだような記憶もありますが、傑作と云う物は通常作に較べ意外な出来口であって、傑作と失敗作は紙一重である。と云うようなことを有名研師が語っていたことも思い出します。一流刀工と呼ばれる刀工の作柄は、出来口の劣る刀が殆ど無く、傑作刀と云うよりも、平均的な作柄の刀を多く造ったことで評価されているのだと思っています。少し横道にそれましたが、何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます。

  2024.02.15

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  伯州住秀春刀の拵え金具【其の参】

  伯州住秀春の刀は五振り所蔵していますが、刀の製作当時と同時期と思われる拵えは参振り、私が金具を集めて、製作依頼した拵えは二振りです。前回はその内の一振りを掲載しましたが、今回はもう一振りの拵えを掲載致します。愛刀を観る【其の四】にも、此の拵えを掲載しており、重複致しますがご容赦ください。​伯州住秀春の拵え​】今年は十二支の中でも唯一想像の生き物である辰年であります。刀装具の中でも、龍を題材とする金具は数多いですが、私が所蔵しているのは、今回拵え製作に使用した縁頭、目貫、鍔のみです。刀に付属していた拵えにの中には、龍の図柄の金具を使用した物は何振りかは有ります。天邪鬼ですから、数の多い図柄は余り使いたくないと思っておりましたが、此の龍象眼の縁頭だけは常に無い形ですから、拵えに造ってみたいと思ったからであります。柄巻きは黒赤組み糸を使用し、諸撮み巻きで巻き締めました。柄長は9寸に仕立てています。赤銅魚子龍象眼の半太刀風の縁頭、目貫ですが、目貫に短冊銘で【辻政朝】と在銘です。頭は深い異風な形ですが、作域は微密に金、赤銅象眼で造り込んでいます。縁頭、目貫、鍔、鐺、等の刀装具は、将来好みの刀が入手出来たとき、、拵えを作成しようと思い長い間にコツコツ集めてきた物です。鍔は鉄地龍透かし彫り【【砂川正吉】在銘です。前回の拵え金具もそうですが、拵えに使う金具は赤銅、四分一に拘わらず、ある程度厳選した金具を使用しています。此の鐺は龍の金象眼が施されていて、通常の打ち出し鐺よりも華やかなので、此の柄前には似合うのでは無いかと思い使用しました。此の拵えも、鞘は刻み鞘にしたかったのですが、前回刻み鞘製作に予想以上の費用がかかったので、今回は普通の鞘に黒呂色塗りとしています。此の画像も過去撮影した物ですが、寒い時期は刀を観る事は極力控えているのです。部屋は暖房をかけず寒いままにしています。【過去手がかじかんで、刀を取り落とししたことがありましたので】暖房をかけても良いのですが、人には優しくとも、極端な温度差は刀身に結露が発生する恐れが有りますので、部屋を暖かくするのは避けています。上の刀の拡大写真です。直刃の秀春と同様に良く鍛えています。此方の方が若干肌は大きめですね。伯州住秀春の刀、短刀を数振り所蔵していますが、何れも小肌に地沸を付けた強い地鉄に鍛えており、強靱さが窺える刀であります。

  2024.02.01

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• 年頭の指針

  一昨年初頭、刀剣鑑賞手入れに於いて、柔らに柔らの道があり、剣に剣の道があるように、刀の鑑賞手入れに【刀の道】が有っても良いのでは無いか。正しい観刀作法に始まり、諸処の刀剣知識を覚え込み、自らを映す鏡として捉え、正しい人間修養の器として昇華出来るのではないか。と、年初に当たり此のブログに記載しました。当該記事は下記をクリックして御覧ください。【​刀道​】其れから二年、日々刀を愛玩鑑賞しながら、刀に恥じない毎日を過ごせたのだろうかと自問する事しばしばです。刀は何時も変らない光彩を放っていますが、刀身に相貌を映して鑑賞するとき、月日の流れを感ぜられずにはいません。年を重ねる度に修養も重ね、聖人君子に近づくかと云えば決してそうではありません。年を重ねる度に欠点が増幅され、より頑固頑迷になるのが通常のようであります。年の初め何時も反省して思うのです。今年こそ、直刃の刃紋のように真っ直ぐな生き方をしたいと・・・愛犬のラッキーも無事新年を迎えました。足が弱って来ていますが、元気に庭を散歩しています。今年も、春は梅や桜の匂いを感じて、夏には大好きなスイカを食べて、元気に秋から冬を迎えてもらいたいと願っています。

  2024.01.15

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  令和6年新年のご挨拶

  新年明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。拙いブログですが本年もよろしくお願い致します。龍の彫り物を何振りか参考の為記載致します。刀の彫り物では、信仰に関する物が圧倒的に多いのですが、龍が剣に巻き付き、剣を呑み込もうとしている意匠はは倶利伽羅と呼ばれ、戦勝の神である不動明王の化身を示しています。

  2024.01.01

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  愛犬と愛刀と共に刻んだ年月

  今年もあと僅かになりました。拙いブログですが今年も何とか続けてこられました。読んでくださって有り難うございました。後何時まで続けられるか分りませんが、愛犬がそばにいる限り続けたいと思っています。年初には体調を崩していた愛犬ですが、治療の甲斐あり何とか元気を取り戻してくれました。愛犬のカニンヘンダックスのラッキーも、もうすぐ十八歳になります。私が他出する時以外は何時も一緒です。眠るときも、私の腕の中で安心して熟睡します。犬としては高齢で、何時何があってもおかしくありませんが、今の処ご飯もよく食べて元気です。最近は、年を重ねたからか昔のことを良く思い出します。我が家で生涯を過ごした犬や猫達、それぞれ犬種や性格は違っていても、我が家を護り一生を過ごし我が家の土に還りました。刀と犬とは全く交わることは無いのですが、刀は趣味として犬は家族の一員と認識して、どちらも大切に接してきました。今の私の年齢を考えると、愛犬のラッキーと共に過ごせるのが最後と思っています。後何年？何日元気でいてくれるか解りませんが、生有る限り安心してくつろいで毎日を過ごさせたいと思っています。私の膝の間でくつろいでいます。愛犬と共にこよなく愛玩している刀との関わりですが、初めて刀を手に持ったのは中学生の頃だったと記憶しています。【過去ブログに記載したかも知れませんが、重複しているようならご容赦ください。】父親が大小の刀を持って帰っていたのを、父親の留守の時に抜いて見ていたのが最初でした。その後、タンスの奥に隠していたのを、出しては抜いて見たりしていましたが、後には斬ってみたくなり、枯れた物干し竿を立てかけて斬ってみたりしていました。上手い具合に、白鞘と拵えが付いていましたので、拵えに入れ直しては竹を斬ったりしていました。剣道は部活で習っては居ましたが、日本刀を振るのは初めてでした。刀が良かったのかどうかよく解りませんでしたが、不思議と物干し竿を斬っても何故か刃毀れはしませんでした。刃筋を通す事も知らないまま、今思うと何と無茶なことをしたのかと、身が縮む思いです。此の刀の拵えの鞘が、黒呂色の刻み鞘でした。柄前は半太刀金具だったと記憶しますが、鐺には鉄金具が付いていて、此の拵えが今でも私の原点となっています。刻み鞘が好みなのは、此の拵えの影響かも知れません。銘が有ったのは覚えていますが、何という銘だったのかは長銘だったことも有り今でも記憶に残っていません。脇差に関しては、はっきりと覚えています。【備州長船在光】と銘のある平造りの小脇差しで有ったと記憶しています。記憶を辿ると、表裏どちらかの平地に色変わりが有ったような。今から思えば、研ぎ減りで心鉄が出ていたのかなぁとも思っています。刀は大分後年になってから、父親から【備前国長船与三左衛門祐定】の在銘だったと聞かされました。残念ながら審査に出したら偽銘だった由でしたが、これらの刀を父親がどうしたのかは聞かずじまいでした。是が私が刀に関わることになった最初です。此処から私が刀を購入するまでは数年の歳月を要するのですが、その間は刀剣からは離れており、好きな時代小説や、歴史雑誌【歴史と旅、歴史読本等】をよく読んでいました。其の雑誌の中に刀剣の通販誌の広告が出ており、此の通販誌を取り寄せた事から、刀剣に対する興味が再燃したように思います。伯州住秀春の乱れ刃です。刃長2尺5寸2分有ります。此の拵えも後日詳細に記載するつもりで居ります。其れまでは、刀の古本、通販誌や展示即売会などで見たりしながら、何時かは自分の刀を持ちたいと思っていました。この頃小雑誌で、強靱な刀として伯州住秀春刀が取り上げられているのを目にしました。その時に、何時かは伯州住秀春の様な強靱な刀を持ちたいと思うようになった訳であります。何年かして、通販誌で見た東京での展示即売会で刀を買おうと現金を懐に上京しました。色んな刀を見せてもらったのですが、予算と合致する刀が少なく【この時は脇差は念頭に在りませんでした】やむなく無銘の刀を購入して帰宅致しました。私が28～9歳の頃だったと記憶しています。其れから、何年かは此の無銘の刀を鑑賞して楽しんでいたのですが、鑑賞するに付け無銘で有ることに引っかかりがあり、在銘の刀を持ちたいと思うようになりました。丁度その頃、当地で刀剣の展示即売会が開催され、この時に在銘の郷土刀の下取りとして此の無銘刀を手放しました。其れからは、近隣の刀剣店に出かけることが多くなり、気に入った郷土刀や裁断刀などを、ポツポツながらも購入してゆく事になります。有名刀工の刀も欲しいと思ったこともありましたが、如何せん高額で相当に無理を重ねることになりそうなので、残念でしたが購入を断念したことも何回かありました。最後に、私と犬との関わりは、物心つかない様な子供の頃から、我が家では番犬として犬を飼っていました。多くは柴犬の雑種だったと記憶しますが、我が家では犬達との生活が途切れることは有りませんでした。何時も我が家の犬と戯れていたことを思い出します。それぞれ性格の違う犬達が、常に我が家を護り番犬として生涯を全うしてくれました。当時は今のような愛玩用の小型犬では無く、柴や四国犬の様な中型犬が殆どでした。現在の小型犬のように室内で一緒に暮らすのでは無く、番犬として冬の寒さや夏の暑さにも耐え忍び、寿命は現在のように決して長くはありませんでした。其れでも、10年位は番犬として我が家を護り続けてくれました。重複致しますが、思い返せば、何頭もの犬達が我が家と共に、我が家を護り我が家の土になって還って行きました。今でも、我が家で暮らした犬達は幸せだったのだろうかと、自問する事がよくあります。両目を開けていますが視力はありません。私と一緒に居るときが一番安心出来るのでしょう。【あなたが元気でいてくれることが、一番の親孝行ですよ。ラッキーちゃん】室内で小型犬と一緒に暮らすようになったのは、先年急逝したヨークシャーテリアのモモちゃんと、ダックスフンドのラッキーちゃんが我が家に里子としてきてからです。2007年の夏頃でしたか、縁有って二頭揃って我が家に嫁入ってくれました。此のブログを始めて間もなくの頃でしたが、二頭の成長を見守りながら拙いブログを綴って来ました。あれから16年、残念でしたがモモは先年15歳で急逝しましたが、今月の22日で18歳になるラッキーは、何とか元気で暮らしています。一頭では淋しいだろうと思い、先年ポメラニアンのマルちゃんを遊び相手として妹として迎えました。年が大分離れているため、一緒に遊ぶ事はないのですが、私が帰宅したときなどはマルが吠えてラッキーに知らせているようです。ラッキーは目が見えなくなり耳も聞えにくいようですが、マルが吠えて知らせてくれるので、私が帰宅したことが解るようになりました。一緒に暮らせるのも、もう余り長くはないかも知れません。ですが、生有る限り、安心してくつろいだ犬生を送らせたいと願っています。間もなく今年も過ぎ去ろうとしています。重複致しますが、今年も拙いブログを読んでくださって有り難うございました。どうぞ皆様方もつつがなく良い年をお迎えください。

  2023.12.15

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  伯州住秀春刀の拵え金具【其の弐】

  過年、伯州住秀春の拵え各種を此のブログに記載しましたが、今回はその内の一振りを少し詳細に記載することにしました。直刃の秀春に刻み鞘の拵えを付けたわけですが、金具も厳選しています。何故直刃に？と、疑念に感じられるかも知れませんが、此の直刃の秀春は地鉄が秀逸なのです。細かく鍛えた肌に、微塵に地沸を付け直刃で有りながら見所満載です。此の密に詰んだ地鉄を御覧ください。同じ様な地鉄は乱れ刃でも有りますが、是れは一段と細かく強い地鉄に鍛えています。今回は刀では無く拵えでしたね。直刃の伯州住秀春の柄前です。柄巻きは黒の正絹諸撮み巻きで巻き締めています。此の金具は四分一地金を使用しています。ライトを当てていますから少し黄色っぽく見えますが、本来の色は四分一ですから黒ねずみ色です【銀の含有量にも依りますが】。左の頭の色が本来の色に近いです。鶴の目貫は金無垢ですと云っても十四金ぐらいでしょうかね。私は、此の四分一地金の色合いが好きで、四分一金具主体に集めてきました。此の鍔は在銘で、特保鑑定書も付いており、拵えに使用するのは躊躇われましたが、図柄も揃っていることでもあり思い切って使用しました。只、此の鍔は、幕末当時でも使用された形跡もなく、刀に付けて使用するためというよりは、美術品として造られたのではないかとも推測できます。観賞主体の金具ですから、前段で記載したように、拵えに組むのはどうかとも思ったのですが、本来刀装具は拵えに組む為に造られているわけだと思い直し、愛刀伯州住秀春直刃の拵えとして使用しました。目貫の写真ですが、拡大したため少しボケました。鞘塗り前の写真ですが。四分一地鐺です。鞘は3分刻みで刻んでいます。此の鞘に本漆黒呂色塗りを施しましたが、漆塗りの磨きは刻み一本ずつで行なうため、通常の呂色塗り鞘の磨きより何倍もの手間暇が掛かり、鞘塗りだけで通常の塗りより5～6倍の費用がかかりました。鞘塗り時に少し問題がありましたが、出来映えには満足しています。今後は鞘を刻みにするのは躊躇せざるを得ないですね。此の鐺は40年程前に購入しましたが、鷺が一本足で立つ所謂【一路平安】の図と呼ばれる、平穏な状態を表わす図柄であります。四分一地に銀象眼や金の点象眼がちりばめられ、無銘ですが、幕末の名工後藤一乗一門の特徴が顕著で有ることから、一乗の高弟である【橋本一至】に極められた良作であります。鷺の一路平安の図では有りますが、鐺金具よりは作柄は劣ります。各々の金具を拡大してアップしています。雰囲気は伝わったでしょうか？実際に斬り試しに使用するための拵えならば、鉄金具を使用した方が良いことは承知しています。しかし、柄前は桜材を使用し、鮫は前垂れ着せで強化しておりますから、このまま硬物に斬り込んだとしても、柄負けする事は無いと考えています。只、長く使用すると、縁頭や鍔が手擦れしたり汗等で、色変わりすることも有りますから【金具の強度面については問題ありません】、実戦用の拵えとしては武骨な鉄金具、鉄鍔の方が似合うかも知れませんね。【但し、鉄地金の縁頭には余り良作が無く、選択肢が限られるのが難点です】最後に、此の伯州住秀春刀の拵えに合わせて、秀春の短刀にも同図の金具では有りませんが、千鳥の図柄で刻み鞘の拵えを作成しています。過年、此のブログで御紹介していますが、下記にリンクさせていますからクリックして御覧ください。【​伯州住秀春短刀の拵え​】

  2023.12.01

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  刀装具　各種の鐺

  刀装、拵えの事ですが、縁頭や鍔等は、拵えを新調するときには必ず必要な金具ですが、鐺の場合は絶対に必須な金具では有りません。戦国期や争乱が続く時などは、鞘の強化の為鞘尻に鐺を付ける事も多かったのではないかと思っています。平和な江戸時代に於いては、番差しとも呼ばれた登城差し等は大刀は鐺角一文字、脇差は丸鐺と制定されていました。私の好みとして、鞘に鐺が付いた物が好きで、拵えを新規に造るときには殆ど鐺を付けた鞘を制作してもらっています。従って、将来拵えを造る事を想定して、刀剣店や通販誌、インターネット等で、鐺の売り物が出た場合にはなるべく購入するようにしていました。本来なら、縁頭と同作の物が良いのですが、なかなかその様な物には巡り会えず、やむを得ず図柄を合せる事を考え集めてきました。新作拵え制作時に鞘には必ず鐺を付けていますので、現在では少なくなってきましたが、予備として保管している鐺の写真をアップしておきます。鐺は良い物から使用していますから、残っている鐺は作柄としては少し劣る物ですが、元々鐺の売り物と言うのが殆どありませんから、良作を探すと言うのが難しいのです。何でも良いというわけでもなく、図柄の好みもありますから・・・是は鉄地に金銀象眼鳳凰の図ですが、出来は良いと思い使おうと思っていましたが、余りに深い鐺ですので使うに使えず保管したままになっています。四分一地に波彫り、飛沫を金点象眼の鐺ですが、一応六世安親の在銘ですが真偽の程は解りません。是も地鉄は四分一だと思いますが、波に千鳥の象眼こじりですが作行は今一ですね。鉄地に紅葉を打ち抜いた鐺です。鉄地に龍を打ち出した鐺です。是も鉄地に龍を打ち出した鐺です。下記写真の鐺は傷んだ古鞘に付いている鐺です。龍の図ですが打ち出し技術も良いので使おうと思って購入していた物です。鞘を切って鐺を取り出すのが中々の難儀です。是も古鞘に付いている勝虫と蝶の図の鐺です。手入れをして使おうと思っていたのですがそのままになっています。鐺は良い物から使っていますので、今残っている鐺は作柄としては少し劣りますが、充分に使用には耐えられる物です。私が制作した拵えは、登城差しの様な正式な拵えではなく、普段差しや少しお洒落な感じの拵えを目指しておりますので、金具集めには苦慮しました。下の画像の鞘に付いたままの鐺は、鞘から剥がすのは非常に難儀します。漆で強固に接着していますから、小刀やドリルを使って少しずつ削るのですが、是が結構手間が掛かります。慎重に作業しないと手を切ったり怪我をする恐れがありますから。今まで二個はずしましたが苦労しました。昔の拵えには、それ自体に物語りを持たせた良作も残されており、私も其れを目標にしていましたが、金具自体の入手が困難で、物語性を持たせた拵えの制作には至っておりません。全ての金具を別注すれば可能ですが、昔の様な良作が期待できるかも解らず、又経済的にも容易でなく実現は困難となっています。

  2023.11.15

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  刀剣の造形について

  古来、戦いの変遷によって、武士が帯刀した刀も其の時々で微妙に姿を変えてきた。戦いの無い平和な時代に於いては、其の姿は優しく平穏な感じを抱くものです。例えば平安時代に於ける刀姿は如何にも優しく、武器と云うよりも儀式用の道具の様な感じが致します。下記写真は刀剣ワールドから転載していますが、鋒の大きさは刀姿に比例しますので、一概には言えませんが、鋒の身幅や長さが大きければ戦乱の時代と捉えることも出来ます。今回は大鋒の造形について、思うところを記してみたいと思っています。個人の考えで一般的には通用しないかも知れませんが、一つの意見として読んでいただければ幸甚です。大鋒の刀姿は豪壮で、現代に於いても誰もが好む姿ではありますが、只、鋒が長い分、何かに少し接触しただけでも鋒の先端が折れる恐れがあり、戦乱相次いだ戦国時代には余り見ることはありません。この様な戦時の時代には、鎌倉期の様な、松葉先重ねを厚くした猪首鋒や中鋒の刀が多用されています。先の大東亜戦争の軍刀にも、大鋒の刀姿は無く平肉を付けたごろっとした刀が多いのであります。私の所蔵刀の中にも極端な大鋒の刀は有りません。強いて言えば、裁断刀として鍛刀を依頼した現代刀が鋒延び心では有りますが、大鋒としての主張は余りしておりません。長船助光刀匠の脇差が大鋒と言えるかもですが、片手打ちの脇差ですが、重量感も有り先重で、裁断刀としては威力抜群であろうと思っています。【​長船助光刀匠の脇差​　】左記をクリックして記事を御覧ください。極端な大鋒となると、どうしても松葉先重ねを厚くしないと、実用に耐え得る鋒とは成り得ないのであります。そうなれば先重で、振り回して戦うには扱いにくい刀となってしまいます。【据え物斬り刀としては威力を発揮しますが・・・】大鋒の造形は、南北朝期、慶長期、幕末期と三期に亘って造られていますが、何故か戦国乱世の時代にはまず見ないのであります。慶長期に造られた理由として、南北朝期の大鋒の太刀を磨上げて使用したら、使い勝手が良かったから等の理由が定着していますが、私は少し疑問に思っています。慶長、元和の時代は、徳川政権創成期であり武士にとっても尚武の時代であります。慶長5年【1600年】が関ヶ原の戦いであり、慶長19年大阪冬の陣、元和元年大阪夏の陣で有ります。此の時代はほぼ戦乱も収まり、槍一筋での立身出世も望めず、傾奇者に代表されるように、憂さを華美な出で立ちで晴らすような時代でもありました。当時描かれた絵双紙を見ても、華美な服装に長寸の太刀を携えた傾奇武士が描かれています。此の時代には絵双紙で見るような、長寸の太刀が武士の間で流行っていたのではないかと私は考えています。長寸の太刀で在れば、鋒も伸びて大鋒になるのは道理であります。実際には戦いで用いるのでは無く、自らの尚武を誇るための見せ太刀であろうと考えています。幕末期に於いても、同じ様な考えで長大な刀が好まれたのでは無いでしょうか。【余談ですが、三条制札事件だったか？新撰組と土佐藩士が斬り合ったとき、長刀が重くて充分な働きが出来なかった事から、一気に長寸の刀が廃れたとも伝えています。【この時までは、土佐の長刀として良く知られていました。】大鋒の刀は、戦時で使用するには鋒折損の可能性が高く、心ある武士ならば使用を控えるのが常道で有ります。鋒が薄ければ、鞘に納刀する際当たっただけでも折損する恐れがあります。其の証拠として、現在残された刀で、鋒の折損の為修復されたと思える刀が少なからず残存しています。甚だしいのは、横手から先に刃が抜けて鋒に焼が無い刀さえ有ります。この様な刀は、鋒に焼刃が描かれあたかも焼があるような細工までしてあります。古刀、新刀にも、鋒の損傷を恐れてか、鋒の焼を抑えた焼き入れ処理がされた刀も存在しています。では、戦いに使用する刀としての造り込みは、どの様な造形が良いのでしょうか。是れは私の考えですが、二尺前後の片手打ちが出来る長さで、平肉を付けた所謂蛤刃と呼ばれる造り込みであります。勿論、鋒は猪首風で此処にもこんもりと肉を付け、蛤鋒で有ります。切れ味は多少劣るかも知れませんが、一刀両断にするわけではなく、何処かに当たれば其れだけで戦闘能力は削がれますから、鈍角な刃付けであっても不利とはなり得ないと考えています。鋒を損傷し難く、刃毀れもし難い此の造り込みが最強であります。現代では、鑑賞主体でありますから、刀架に飾って見映えする為、長寸大鋒の刀が好まれています。私も好きな体配でありますが、裁断刀として鍛刀を依頼した刀は大鋒に仕立てておりません。鋒は延び心と云ったところでしょうか。【​愛用の現代刀​】【​もう一振りの現代刀​】私が鍛刀を依頼した現代刀です。左記をクリックして御覧ください。理由は前段で記した通りで、何かの拍子で鋒の損傷を恐れたからで有ります。助光刀匠に依頼した脇差は大鋒ですが、松葉先重ねは7ミリ程度と厚く仕立て、鋒の損傷も考慮して出来るだけ帽子の焼刃は深く依頼しました。是れなら何回か鋒が折れたとしても修復は可能と考えています。この様に考えていくと、長寸大鋒の刀は実用として帯刀するのではなく、武威を誇るための見せ太刀に外ならないとの結論に至るのであります。長義の長巻直しの刀現代に於いても誰もが好む姿ではありますが、鋒が延びれば延びるほど実用を離れ、見るだけの飾り太刀と言えるかも知れません。実用を離れた現代では鑑賞主体ですから、実用云々を敢えて語る必要は無いとも言えますね。

  2023.11.01

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  引き籠もり鑑賞【其の十】幕末遙かなり

  私の所蔵刀は新々刀が殆どです。新々刀と云っても、水心子正秀に代表される文化文政時代では無く、最幕末期と云える慶応年間に作刀された新々刀で有ります。文化年間【1804年～1818年】から慶応年間までは約60年の隔たりがあります。当時、人の一生は45年程度だったことを考えると、60年と云う歳月はとてつもない長さであったろうと推測できます。文化文政時代は極めて平和な時代でありました。幕末の息吹も感じられず、刀の姿も荒々しさは無く尋常な姿の物が殆どです。嘉永6年【1853年】ペルリ来航以降、急激な時代変遷が派生し幕末動乱期へと突入することになります。前段に記載した様に、私の愛刀は最末期の慶応年間に作刀された刀が多いのです。郷土刀の龍泉子驍邦師弟の刀、伯州住秀春の刀、短刀等ですが、夜半静かに鑑賞するのも、比率的には彼等が鍛刀した刀が多いです。光の反射で鍛え目が良く見て取れませんが、細かに鍛えて地沸が付いています。下記拡大地肌を御覧ください。慶応年間の伯州住秀春の刀ですが、匂い口乱れず均一に焼き入れしています。華やかさは在りませんが、地鉄に強さを感じられます。

  2023.10.15

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  鑑識眼

  鑑識眼とは、本来は真偽を見極める目を持ち合わせている事ですが、刀剣の場合最も重要なことは、茎の仕立て、鑢、銘振りを精査して、其の真偽を見極める事であります。その上で更に重要なことは、正真作と認めて、其の物の作刀技術水準がどの程度の高さを持っているか、其れが判断出来るレベルにあるかで有ろうと思います。勿論、我々一般愛刀家には、到底到達仕得ない境地で有ろうと思っています。何故なら、一刀工の作刀技術水準を見極めるには、其の刀工が鍛刀した多くの刀を見極めて、其の刀の特徴を頭の中で記憶しておく必要があるからです。只、同一刀工の数多くの刀自体、我々一般愛好者が見ることは不可能に近く、刀工の技術水準を見極めることは更に難しいのだろうと思っています。刀工の技術とは何処を見るのかですが、例えば地鉄の鍛えが元から先まで均一に鍛えられているか【肌が同じように出ているか】、表裏鍛えにムラが無いか【芯金が偏り露出していないか】等であります。刃紋の優劣の判断は、沸や匂いの状態で有ります。沸出来、匂い出来に拘わらず、沸、匂いの粒子が刃紋を形成しているわけですが、此の粒子が元から先まで均一に付いているか、特に物打ちから鋒にかけては、焼き入れ温度が上がりすぎる懸念があるので、此処に荒沸が付いたり焼崩れたりしている刀が良く有ります。同一刀工と雖も全てが同じ様な焼き入れが出来るわけではなく、炭の種類や割り方、季節による水の温度、焼刃土、地鉄の炭素量等多くの要素が絡み合っており、常に同じ様な焼き入れ処理を行なうことは容易ではない。更に難しいのは、地刃の明るさを見極めることで有ります。何を基準にして明るい、沈む等見極めているのかというと、見る人の感性で語っているに過ぎないので有ります。刃紋の明るさは沸の反射が強ければ明るく見えますが、地肌は地沸が付いていたり、裏日本鍛冶の様に沸が全く付かない物は、見た感じは全く違います。地沸が付いた肌を明るいと感じるのか、地沸の付かない肌をすっきりして冴えていると感じるかは、人それぞれだと思いますが、基本的にはこれといった線引きは出来ないのだろうと思っています。私の場合は、助広の沸の明るさを最上として、之に較べてどうかを基準にしています。只、沸の明るさは刃物の性能としては余り比例しないのではないかとも思っています。焼き入れしただけの物は、沸は白く輝いていると聞き及んでいますが、之を焼き戻しをおこなう事で沸の白さは減じるとの話であります。従って、一部の刀工の間では、焼き戻し処理を行なわない事もあるそうで、之では研師も刃を付けるのにも難儀するのではと思っています。観賞用の刀剣と雖も、全く使えない刀では本末転倒と云わざるをえません。又、話が脱線して色々書いてしまいましたが、本題である鑑識眼を極めることは、我々一般愛刀者が到底到達できない境地であることを書きたかったわけでありますが、其処の所をお含み置き読解いただければ幸甚です。

  2023.10.01

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  伯耆国尚春の短刀

  今回は、伯州住秀春の初期作とも言える【尚春】二字銘の短刀を記載致します。先年、伯州住秀春の研究と題して五回に渡って拙文を記載しましたが、その中であくまで推測ではありますが、尚春銘で鍛刀したのは弘化３年【1846年】から、江戸修行に出た安政3年【1856年】までの10年間であろうと記載しました。此の短刀も年期が無く、何時頃鍛刀されたのか解りかねますが、地鉄が常の秀春刀とは異なり無地風の鍛えとなっております。ルーペで見ると細かい肌は見て取れますから、研ぎ直せば肌は出るのかも知れませんが、現状では一般的な新々刀の地鉄に見えます。尚春銘の刀は余り手に取って見たことが無く、尚春時代の地鉄のこなしがどうだったのかは解りかねるのですが、ルーペで地肌を見ると、秀春時代の地沸の付いた地鉄とは少し違うようなので、江戸修行前後では地鉄の鍛法が違うのかも知れません。表銘　尚春　　　秀春銘に較べて鏨の打ち込みが強く若々しさを感じます。手前味噌ではありますが、此の尚春の書体は秀逸で一幅の書画を見るようです。尚春銘の場合は、茎の長さが秀春銘の様に長く無く、尋常な長さに仕立てているようです。【​伯州住秀春の短刀​​】左記をクリックして比較してください。刃長　7寸7分9厘【23.6㎝】　反り無し　短刀にしては重ねが厚く、元重ねで2分3厘7毛【7.2㎜】もあります。元幅　９分3厘【28.2㎜】　先幅　7分9厘【21.5㎜】地鉄　鍛えは密に詰み無地風となる。刃紋　匂い締まり心の二つ連れた互の目乱れ、帽子は小丸に返る。匂い口は明るい。登録は昭和43年鳥取県で有りますから、長く当地に伝来し愛蔵された物でしょう。幕末頃と思えるお国拵えが付属しています。柄巻きは濃い深緑の柄糸で諸撮み巻きに巻き締め、鞘は手間のかかる縦刻みを施して木目を現わしています。金具は四分一、縁頭、鐺、鯉口、鍔、小柄、銘はありませんが一作と思える物です。縁頭、鯉口、鐺は、四分一地金に片切り彫りで波を彫り、小柄には波にトンボを飛ばしており、目貫は千鳥でしょうか鳥の容彫を据えています。古来、トンボは勝虫とも言い換え前に進むだけで後退しないことから、武士に好まれ刀装具の図柄としては良く使われています。鯉口を金粉で塗り込めた因幡拵えと云って良いのだろうと思いますが、鞘の仕立ては鯉口よりも鞘尻を太く取って、小さいながらも尚武の雰囲気を醸し出しています。四分一金具を使用している所や、手間のかかる鞘塗りを施している事から、下級武士の差し料では無く当時は大身の武家の差し料であったと思われます。珍しいのは、小柄小刀で在銘で【伯耆国甚太郎作】と切銘があります。伯耆国甚太郎とは秀春の子息であります。長男甚太郎は、明治２年元服【16歳】にあたり記念に1振り作刀していますが、此の小刀も其の当時修行作として鍛刀した物かも知れません。切銘は流暢で秀春が切銘したのではとも思いますが、本人が切銘したとすれば、後年に造られた物とも思えます。何れにしても、短刀、小刀を親子合作で纏めているのは珍しく貴重で、絆の強さを感じられ心温まる思いが致します。本来ならこの様な希少な刀は、故地に在ってこそ光輝く物だと思料しますが、其の価値が見い出せなければやむを得ないことなのでしょう。最近は、長い刀より短刀や小脇差しの様な短い物を鑑賞することが多いです。現代刀の平安城祐光や、先日記載した郷土刀の橋本邦光、そして伯州住秀春の短刀、此の尚春の短刀等ですが、小品と雖も結構見所があって楽しんでいます。

  2023.09.15

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• 縁起の良い吉兆銘の刀工

  科学の発達した現代に於いても、縁起の善し悪しに拘る人は数多い。結婚式は大安吉日であるし、葬式は友引の日は回避し行なわないのが常識とされている。引っ越しや家を新築する場合でも、方角が良いとか悪いとかも良く言われており、数え上げればきりがないほどである。武士の差し料である刀剣に付いても縁起を担ぐのは例外ではない。古来、刀工銘に付いても吉兆銘として喜ばれ、贈答用としても需要があった刀銘を、前回投稿した記事の書籍を参考に記載しています。まず、日本最古の部類に属する刀剣に、陸奥国舞草【もうぐさ】一派に著名な宝寿【ほうじゅ】と云う刀工が居る。宝寿と云う銘文に含まれる意義に、これを帯びる人が、自己の生命永遠なれかし、と念願するものと合致して、何人においても喜ばれたのであろうと思っています。南北朝時代、越前国に千代鶴と云う鍛冶の一族が居た。此の一派の代表刀工は千代鶴国安で、山城国の鍛冶来国安の弟子と伝え、その名に示された【千代鶴国安】とは何と瑞祥的な、之も世人に好まれた名称である。肥後国に延寿【えんじゅ】と云う一派が居る。時代は鎌倉末期から南北朝で、之も山城国来一派の者が肥後国へ移住したもので、初代延寿国村は山城国来国行の婿、技成り肥後国菊池に住み代々その一派は栄えたのである。勿論其の名称が縁起の良い点からして、昔将軍家への献上物や武士間の贈答用としての需要も多かったと思われる。此の一派からは、南北朝時代に所謂南朝の忠臣として著名な【菊池国時】が出て、其の作刀上の技術をフルに発揮して貢献、又自身も戦闘に参加して南朝方に尽力して居ることが古文献にも現われて居る。延寿と云う名称も之亦世人の好みに合った刀匠の名称である。室町時代に至って、美濃国に寿命【じゅみょう】と云う刀匠が居り、之は【としなが】とも読むが、共にその名称の縁起が良いことから数代続く程の需要があったのである。同時代に山城国に平安城長吉と云う鍛冶が栄えている。読んでお解りのように、平らけく安らかに長く吉事が続く、とも読まれ前記各刀匠銘と同じく吉銘である。薩摩国に鎌倉時代から幕末まで連綿五百続いた続いた波平一派が居る。始祖正国と云う刀匠を始め数百を数える刀匠の居る此の波平は、皆波平某を名乗り、一派中最も有名なのが波平行安で、曽て封建の時代には水軍の武士に、近代に於いては海軍の軍人がその名の示す【波平らかに行く事安し】の名に限りない親しみを感じたのであった。其の他には、筑前国には左文字の子で安吉が居り、山城国には粟田口吉光あり、相模国には正宗が居る。正宗とは読んで字の如く、まさしく【正】第一位【宗】の意である如き吉相の刀銘はまことに多い。前記美濃鍛冶寿命の場合には、江戸時代武家間に於いて、もっぱら祝儀用の差し料として愛用され、例えば男子15歳元服の時の差し料として、或いは新春江戸城参賀の折とか、とにかく祝祭儀典用の刀剣として、諸大名や一般武士階級に重宝された物である。殺伐な封建時代に生きた武士達がこういった刀を求め、縁起の良い刀銘に依って、自身や、一家や、主家の安泰を願い、之に自己の運命を託して居たのも無理からぬ事であったのかも知れません。

  2023.09.01

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  時代が要求した長太刀

  ある刀剣有識者が自著の中で書かれていた内容です。此の古書も、今では入手する事は中々難しくなっています。其処で、興味深く面白い内容でありますから、ブログに転載して御紹介する事に致しました。江戸時代に入ってからの刀剣は定寸（じょうすん）と云って、其の長さに一定の基準がある。刀の定寸は2尺3寸5分、脇差は大体1尺5寸前後と定められ、之を取り合わせて大小と称するが之が平時の場合の儀装である。大小の制度の無かった桃山時代以前でも、それぞれの武士達は自己の身長力量に適した物を刀工に注文して佩刀としたが、さてひとたび天下争乱となると長大なものが造り出される。長太刀の画像を探してみました｡　少し誇張されては居ますがこんな感じでしょうか。建武中興前後から再び天下が大争乱の渦中に入り、南北朝対立の時代になると極めて長大な物を数多く見る。之を野太刀と云うが、戦う者の心理は何時も同じと見えて、1寸でも2寸でも相手の刀より長大な物を担ぎ出して敵を威圧しようとする。此の心理は充分と頷けるのである。現代の様な、米ロ対立感情から原爆、水爆、そして更に大規模な超水爆を造り出して誇示し、相手国に威圧を加えようとする事と同じ心理と言えよう。南北朝対立という絶えざる国家争乱は、必要として4尺にも及ぶ長大な物を各地の刀匠に造らしめ、特に主産地備前の刀匠達は競ってこの様な物を造り出した。降って戦国末期、秀吉の征韓の役が其の死没によって中止され、慶長五年の天下分け目関ヶ原合戦ころともなると、またぞろ長大な物が流行しだした。当時の著名な刀匠、肥前国忠吉の初期作、堀川国広の初期作、南紀重国の作刀等を見ても其れが判る。二尺六七寸から時として三尺近い物が見られる。更に降って幕末頃、嘉永六年六月米使ペルリが浦賀に来ってからは国内は上下大混乱、攘夷の気風はいやが上にも沸騰し、刀剣もこれらの国情を反映してグロテスクに近い、棒のような直刀の大物が造り出された。特に当時の二流刀工に此の傾向が強い。刀剣を鑑定する場合には、此の寸法と体配だけでも大体の時代を窺い知ることが容易である。幕末に出来た長大な豪刀も、当時の近代装備をほどこした軍艦と大砲には威圧されて、遂に立ち向かうことは出来なかったが、武器の進歩と変遷を知ることも興味深い物がある。ペルリとの通商条約締結後、米側は日本の饗応にこたえて日本の委員を其の旗艦サスクエハンナ号に招待し、盛大なレセプションを催したが、まず驚倒したのが初めて見る軍艦の構造設備、大砲の筒口から内部を覗く者、ロープにふれる者、ボートの寸法を測る者、機関室のエンジンを見つめる者などはよいとして、さて饗宴となって大小を腰にたばさんだ井戸対馬守はじめ各大名連中、料理が出ると最初に目に付いたのがバターとフォーク、異人は宴席にのぞむ場合は頭髪を整え、一本の毛も乱さぬと長崎辺の噂を聞いているので、コリャきっと髪の手入れをするよう鬢付け油を用意したものだろう。それにしても此の櫛は歯が大きくて少なすぎるとの疑問もあったのだが、櫛と間違えたフォークにバターの鬢付け油を盛り上げ塗るわ塗るわ、ちょん髷にこってりと。驚いたのは接伴役の外人、呆気にとられてしばしは声も出なかった由彼等の国力と文化程度の相違は如何ともし難く、この時既に刀剣は武器としての使命を終わって、美術工芸品の類に入ったのでは無いかと著者は語っている。上記軍艦上での出来事は、今となっては真偽の確かめようも無いが、之ほどに伝わっている事から、誰かが書き留め口から目からと語り伝えられたのだろうと思っています。解らなければ通詞に聞けば良いとも思えますが、聞きかじりの生半可な知識があったばかりに、何とも頬の緩む可笑しさを感じるのは不謹慎でしょうか。

  2023.08.15

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• 友を選わば・・・・

  表題の友を選わば・・・は、与謝野鉄幹の人を恋うる歌の一節を書いたわけではありません。此の歌は、中々含蓄のある内容ですが、機会があれば全章を記載して解説してみたいとも思っていますが、其れは又後日に譲りたいと思っています。私は折に触れ、鎌倉時代末期から南北朝、室町時代に生きた、吉田兼好の【徒然草】をよく読んでいます。その中で、よき友のタイプと悪き友のタイプが書かれた箇所があります。【よき友三つあり、一つには物くるる友、二つにはくすし、三つには智恵ある友】素晴らしい友人とは、一つには物くるる友【度量の広い、人間味の温かい寛大な、と云う意味が含まれる】二つには医者【絶えず健康保持について、アドバイスが受けられるの意味が含まれる】三つには智恵ある友【判断に狂いが無いとの意味を持つ。智恵は無いよりある方が良い】之の前段で、悪友の条件を取り上げてもいる。【友とするにわろき物七つあり。一つには高くやんごとなき人、二つには若き人、三つには病無く身つよき人、四つには酒を好む人、五つには武く勇めるつわもの、六つには虚言する人、七つには欲深き人】一つには、【成り上がりや親譲りの地位財産があって世上の事に疎い人】二つには、【若い人は経験が少なく相談相手にはならない】三つには、【病気知らずは人情味ない人】四つには、【飲んべえは身勝手で物惜しみする人】五つには、【軍人兵士は知性に乏しいからダメな人】六つには、【嘘つきは信頼相手にならない人】七つには、【欲深い者は手前勝手な人、相手の立場を諒察出来ない人】六百年以前の兼好はこう言い残しているのですが、当時は兼好の身辺近くにも、この様な人が多く居たのであろうと思われます。今現在自分の周りを見回してみても、成程と納得することが多いのであります。此のよき友、あろき友を読む度に、人の営みは昔も今も全く変らないのだなぁと、認識を新たにするところであります。尚、刀を介して多くの良友を得ることは、自らの人間形成にも役立つ事でもあり、又、此の趣味道に入る事で、人生観をも変える友を得て、言い知れぬ満足感に浸れることは、何よりの喜びであろうかと思います。

  2023.08.01

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  郷土刀工の系譜　其の弐 【橋本邦光】

  過年、郷土刀工として龍泉子驍邦の事績を記載しましたが、この度珍しい刀を入手しましたので、郷土刀工の系譜　其の弐として記載したいと思います。表銘　橋本邦光作　裏銘　無し　刃長　1尺2寸4分　反り　3分　　菖蒲造りの小脇差しですが、棟を卸した薙刀直し風でも有り、小沸出来の互の目を交えた相州伝を指向したような出来口です。勿論、名鑑にも記載は無く名鑑漏れの刀工であります。殆どの人は、何時の時代の何処の刀工か全く解らないと思います。【只、刀剣愛好者の殆どは、無銘であれ、在銘ではあるが名鑑に記載が無く、何処の誰か解らない作者の刀であっても、其の素性を知りたいと強く思うのが通常であります。】銘に居住地、年月日が刻されて無く、何処の誰か素性が全く解りませんが、私は此の銘と茎仕立てをみて直ぐにピンと来ました。過年、龍泉子驍邦の事績調査を行なう中で、驍邦に【俗名　橋本九市、刀工名邦光】と云う弟子がいた事実を掴んでいました。刀工は一人では鍛刀出来ませんから、必ず向こう鎚を打つ協力者が必要です。其の為に刀工は弟子を抱えたり、手間賃を払って向こう鎚を雇ったりしていました。その時には、弟子の調査迄は踏み込んでいなかったのですが、弟子がいた事、弟子の名前が橋本邦光で有る事は解っていました。今回、此の銘と茎仕立てを見て、直ぐに龍泉子驍邦の茎仕立てが思い浮かびました。特徴の有る極めて浅い栗尻の所作、茎の形、鑢、まず間違いないだろうと考えています。龍泉子驍邦の茎仕立ては、御覧のように洗練されてなく田舎臭さが一面に出ています。打ち伸ばした茎の型取りは、中央の有名刀工の茎仕立てと較べると、如何にも地方刀工と思える様な仕立てです。一面では雅味があるとも言えますが・・他に類例を余り見ない形ですので、此の橋本邦光の茎仕立ては、龍泉子驍邦に繋がる刀工で有ろうと確信した次第です。龍泉子驍邦の記事は右をクリックして御覧ください。【​郷土刀工の系譜】​下表裏の龍泉子驍邦の茎仕立てを御覧ください。邦光の茎と瓜二つではありませんか。私も多くの刀工の茎仕立てを見てきましたが、龍泉子驍邦の茎仕立ては異風で類例を余り見ません。其れが、之ほど似てくると他人とは思えず、師弟関係が強く推認出来るのであります。龍泉子驍邦の事績調査の中で、橋本邦光と言う弟子の存在が伝わっている事などを鑑みると、今回発見の此の小脇差しが、龍泉子驍邦の直系の弟子【橋本邦光】であろう事は、疑いのない事実であろうと思うのであります。銘の名乗りも其れを裏付けています。驍邦の下の邦の字を受け継ぎ、刀工銘を邦光と名乗ることは、龍泉子驍邦の系譜を継ぐ者で有ることを、暗に指し示しているのであります。刀身の出来口は、龍泉子驍邦の慶応年間の沸出来を踏襲しており、小品では有りますが、匂い口にムラ無く上手く焼き入れされています。写真はかなり拡大していますから、荒沸が付いている様に見えますが、実際には小沸が万遍なく敷き詰められています。龍泉子驍邦の慶応年間の作柄を、そのまま踏襲したような出来口であります。新々刀最末期の刀工は、廃刀令に遭遇したこともあって、多くを造らなかった事から、世に知られず名鑑にも名を残していない刀工が多くおります。此の邦光も其の一人ですが、郷土刀工として語り伝えられてはいても、実刀を見ることはまず有りません。龍泉子驍邦事績調査中に、邦光の刀が残されているとの話は聞き及んでいましたが、何処に何振りあるのかは解りませんでした。もし伝来しているにしても、其の数は極めて少ないのだろうと思っています。この話も又聞きですので、本当に伝来しているのかどうかも定かでは有りませんが・・・・郷土刀工であっても、刀工橋本邦光を知っている郷土の刀剣愛好者は、殆どいないのでは無かろうかと思われます。まして実刀を見たことがある人は皆無に近いのでは無いかとも思っています。勿論、私にとっても初見の刀で有りますから、銘の比較検討も出来ないわけですが、茎仕立ての所作を鑑みても、まず疑いの無い物であろうと判断しています。龍泉子驍邦の系譜を継ぐ唯一の刀工、橋本邦光の脇差が小品と雖も郷土に帰還したことは、私自身にとっても慶ばしい限りで有り、龍泉子驍邦師弟の刀を共に鑑賞出来ることに喜びを感じています。此処でもう少し刀工邦光についてですが、岡山県在住の某氏が龍泉子驍邦の事績を少し詳しく調査されていて、其の調査の過程で、弟子の橋本邦光についても、其の生家や養家を訪ねて調査されていますから、解っていることを此処に転載して記述しておきます。俗名橋本九市、刀工橋本邦光は現在の神石郡有木村に生まれ、成長して文久頃20歳頃に、近隣の中平村居住の刀工龍泉子驍邦に弟子入りする。何年かの修行の後、某氏の記述では大阪に鍛冶修行に出たとの話であるが、其処の所は定かでは無い。【橋本九市刀工名邦光、20歳頃弟子入りしたと云う事は、其れ以前には野鍛冶修行をしていたのではとも思える】明治の廃刀令後は、故郷有木村に帰り、その後隣の高山村【現在の岡山県川上郡川上町】の吉本家に養子に入ったとの事で、御子孫からの聞き取りでは、趣味で作刀の研究はしていたそうで、商売としての作刀では無かったようであります。此の吉本家には、刀工邦光の刀が、製作途中の物も含めて20数振り残されていたそうですが、昭和19年の金属供出で、先代の父親が全て供出したのを、現当主が子供の頃目撃したとの話であったようです。其の話では、刀は仕上げる途中の物が殆どであったそうです。吉本家の位牌から、邦光は大正9年76歳にて没した様ですが、逆算すると弘化元年【1844年】の生まれで有り、明治元年は23歳、廃刀令の明治9年は32歳になります。とすれば、此の小脇差しは養子に入る前、廃刀令前後の30代前頃の作であろうと考えています。新々刀再末期の刀工は、明治4年の脱刀勝手令、明治9年の廃刀令に遭遇したため多くを造らず、為に名鑑にも記載されない所謂名鑑漏れの刀工が多いのであります。此の邦光も例外で無く、世に残された刀は極めて少なく数振り程度ではないかと考えています。因みに、此の邦光には昭和46年の丸特認定書が付属しています。当時は刀剣ブームの最中で多くの刀剣が発掘され、日刀保の認定書を付けて、其れがあたかも保証書であるように、俄刀剣愛好家に販売されていました。話が横道にそれましたが、此の邦光の様な名鑑漏れの地方刀工の刀は、其の郷土に有ってこそ光り輝くのであります。世に埋もれた邦光刀があれば、何卒郷土に帰していただければと願っています。此の邦光の脇差は、余り大事にされていなかったようで、白鞘もかなりガタつきが有り、此のままではヒケ傷や当たり傷の発生が予想されますので、ガタつきの修正と鯉口と目釘位置を角で保護する旨依頼しました。素性の解らない刀で有れば致し方無いとは思いますが、私の所蔵刀になったことから、よりよい状態で次の世代に伝えたいと思い製作を依頼しました。奇しくも、過日ブログに記載した、現代刀工竹下祐光の居住地が、邦光と同じ川上郡川上町でありました。此の邦光を入手してブログを書いているなかで、目に見えない不思議な縁を感じています。下記写真は、某氏のブログより転載したのですが、はしごが立てかけてある所が、刀工邦光の作業場があったところだそうです。刀工の事績調査は、労多くして功少なしで有ります。只、郷土刀工に対する熱い探究心があるのみです。某氏の手間暇かけた調査研究に、此の紙面を借りて厚く御礼申し上げます。

  2023.07.15

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  片切り刃造りの刀

  過日、平安城祐光の脇差の記事で、片切り刃造りについて少し記載しましたが、今回は其の効用に付いて思うところを記載しております。随分前ですが未だ若い頃、怖い物知らずで盛んに据え物斬りで所蔵刀を試していました。据え物斬りの手ほどきは受けたのですが、土壇斬り以外は専ら右袈裟斬り専門で練習していました。竹の斬り試しをしながら、失敗する事も多かったので、刃の入れ方や角度など色々考えながら試行錯誤を繰返していました。角度を深く入れると、竹が縦割りになり刀が途中で止まってしまいます。腰の弱い刀だと一発で曲がってしまいますが、注文打ちの現代刀では、刃毀れも曲がりも全く起しませんでした。当時の私も、据え物斬りに練達しているわけではありませんでしたから、こんな失敗は日常茶飯事でした。そんなこんなで、其の過程で教えられて納得したことや、自ら自得する事も多々あったように記憶しています。そんなことを思い出しながら、据え物斬りの刃の入れ方について、基本的と思えることを記してみたいと思います。表題の片切り刃造りの刀は実際に使ったわけではありませんが、斬り試しを実施する中で、右袈裟斬りには最も適した造り込みでは無いかと、常々思っておりました。そんな考えも併せて記載しております。もし間違っていたならご指摘いただければ幸甚に思います。刀で巻き藁を斬り試しをする場合、通常なら右袈裟斬りが最も順勢で有ろうと思っています。抜き打ちで、抜刀しながら右袈裟に斬り上げ、刀を返して右袈裟に斬り下げる。之が最も無駄の無い動きで有ろうかと思われます。只、竹のようなある程度硬い物を斬る場合、薄い刃先が斬り進む跡を分厚い刀身が通ってゆかねばならず、其の為には竹の組織を強く破壊する必要がある訳であります。截断初心の頃は、誰でも必ず打撃方向に刀の芯を合わせますから、力が左右両面に分散して刀身が通り難くなり、竹に食い込んで挟まれてしまいます。此の理屈を解りやすく理解するには、子供の頃に鉛筆を肥後守で削った事を思い出して下さい。本造りの刀に似た肥後守の背に親指を当てて押すとき、切る方向に小刀の芯を合わせると、刃が食い込んでどんなに柔らかい鉛筆でも進まなくなってしまう。しかし、【下側の平】を進行方向に合わせると簡単に切断できます。この場合であっても、上側の切断部は組織が砕けて、切り屑は反ってしまうことになります。此の理屈で右袈裟斬りを行なう場合、截断に最も適した造り込みは【表切り刃造り、裏平造り】であろうと考えています。此の表切り刃造りの刀で有れば、打撃方向に【下の平地】を合わせることは至って簡単で、据え物斬りの原理を会得するには非常に役立つ物と考えています。下写真は、表切り刃造り　裏平造りです。この様な刀を、現代刀工に鍛刀を依頼すれば良かったと、後で後悔したことも思い出します。下　拡大写真です。下写真は小脇差しでありますが、此の写真は解りやすいと思います。表切り刃造りの刀が右袈裟専用であるのに対して、鎬造りの刀は右袈裟、左袈裟自在なために、右袈裟の場合は【右の平地】を起して打撃方向に合わせ、左袈裟の場合は逆にしなければならない。つまり、鎬造りの刀は使い方によって、【表切り刃造り】と【裏切り刃造り】に使い分ける必要があるところから、正しい刀法を身につけるのは容易ではありません。何故表切り刃かと云えば、上記したように通常刀法の順勢は右袈裟斬りであります。右袈裟に斬り込んだ時、大方の人は利き手は右手でありますから、左手で締めているとは云っても、右手で無意識にこねたり、すくったりして刃が滑る場合が往々にして発生します。【竹を袈裟に斬ってみて、切断面が斜めに真っ直ぐ降りておれば良いのですが、大方の場合截断先が若干は反っているのが普通です。無意識のうちにこねたり、すくったりしているのです。】截断した竹の切り口に定規を当ててみればすぐに解ります。切り口と定規がピッタリ合えば良いのですが、大体幾らかの隙間が派生していますから、右手ですくっている証拠ですね。表切り刃造りの刀で有れば、刃が自然と食い込み刃筋を通す事が容易になる理屈であります。この場合、裏平造りと云うのがみそでありまして、竹などの硬い物を斬る場合、表切り刃で食い込むと、下面の平地面が斬り口に添って切る抜けるわけであります。下面が鎬造りでも同様ですが、鎬がありますので平身よりも少し切り抜けが劣るのだろうと思っています。上段で記したように両面鎬造りの場合、竹に対して刀の中心で斬り込むと、竹に挟まれ上手く斬り抜く事が出来無い事が多いのです。鎬造りの場合、右袈裟斬りと左袈裟斬りでは、下面の斬り口に合わせるには、刃の角度を微妙に変える必要があり難易度が高くなります。対して、片面が切り刃造りの場合、切り刃面で食い込めば、反面はは自ずと切断面と平行になり上手く切り抜けられるのであります。余談ですが、物を削ったり工作に使う小刀などは、指し裏切り刃、表平造りが常道です。刀に納める小柄小刀は、大体此の造り込みで造られています。上段鉛筆削りと同様の使い方であります。

  2023.07.01

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  現代刀の脇差【平安城源祐光】

  此の脇差は、私が鍛刀を依頼したのではなく、某刀剣店から購入した刀です。銘　表、備中国手荘住平安城源祐光・源光包作之　裏、昭和丙寅季夏　　【丙寅は昭和61年です】刃長　1尺3寸五分　　反り　4分差し表　平造り　　指し裏　鎬造り　　表裏変わり出来であります。桐箱に収められていたので、為銘は有りませんでしたが、注文打ちの入念作であろうかと推測しています。何故此の脇差を買う気になったかと云いますと、小生所蔵の祐光刀の鍛刀年が丙禹【昭和62年】で、丙寅は【昭和61年】で僅か一年違いで鍛刀されていたからと、表裏の造り込みを変えていて珍しいと思ったからですが、其れに丁度大小揃いになるからと思ったからです。差し表　平造り、指し裏　鎬造りです。身幅元先さほど変らず、短寸ながら豪壮な雰囲気を醸し出している。出来は、刀と変るところは余り有りませんが、刃縁複雑な働きを見せて、匂い口ムラ無く焼き入れています。太い棒樋を表裏に彫り美観を高めています。本当の所、差し表が切り刃で有れば云う事はなかったのですが、平造りと云う事であれば、鑑賞本位で鍛刀されたと考えるべきでしょう。平安城源祐光の刀については、右をクリックして御覧ください。【​もう一振りの現代刀】​中程の地肌を拡大してみました。差し表平造りです。太い棒樋を掻いています。指し裏　鎬造りです。差し表の棒樋に較べれば若干細身です。写真で見ると、樋が彫られているので造り込みの違いは解りにくいですね。祐光には合作銘が多いのですが、是は多くの注文を受け多くの刀を打った証では無いかと思っています。刀剣ブームであった、昭和40年代から50年代後半頃には人気があったのかも知れません。一人の作刀枠では足らず、息子や弟子の名義で枠を増やして鍛刀したのでしょう。余談ですが、1尺3寸5分という長さで思い起こされるのは、柳生連也斉の佩刀である笹露と鬼の包丁です。此の連也斉佩用の脇差は、１尺３寸6分と1分ほど長いのですが、鬼の包丁の造り込みは、差し表切刃造り指し裏鎬造りです。此の祐光刀は差し表平造りと違いはありますが、見事に鬼の包丁と重なります。其れを意識して作刀したわけでも無いでしょうが、手持ち打ち振ってみると、誠に室内では使い易い長さと感じられます。脇差での室内戦闘は、刀で打ち合うのでは無く、すばしこく動いて敵の急所を斬り裂く事にあります。又、絶体絶命の最後の時には、自らを処する為の道具でも有ります。為に、刀とは刃付けの方法も異なっています。【刀は打ち刃、脇差は斬り刃、短刀は突き刃】之が古来からの武士の心得として伝えられています。現在、刀で紙を切っている動画をよく見ますが、あれは本来は脇差への刃付けで有ります。良く刃が立っていることが解るように、紙を斬って見せているのだと思いますが、刀への本来の刃付け【打ち刃＝刃先を鈍角に研ぐ】では紙は斬れませんし、楊子は削れないのです。【紙は斬りにくいと言った方が良いかも知れません】現代の研ぎは、畳表を斬るための刃付けと言って良いかと思います。但し、戦の無い平和な時代であった江戸時代に於いても、刀の研ぎは鋭利な刃が付けられていたのではと推測しています。何故なら、戦に赴くときは玄関の盛り砂に刀を打ち付け、刃先を潰して戦いに臨むべしと心得として伝えられているからであります。本来の【刀は打ち刃】という武士の心得は、平和な時代には形を変えて伝えられてきたのかも知れません。只、武用に供する為なら、鬼の包丁の様に、差し表切り刃造りが最も利便性高く効果的であります。其の理由については、後日項を改めて思うところを記載したいと思っています。近いうちに、祐光の刀に併せて拵えも造りたいと思い、今、所蔵の古い金具を使うか、それとも新作の金具を使うか、柳生風を狙うか、刀に合わせて肥後風で行くか等色々検討しています。今迄に造った拵えで、集めてきた金具を大分使いましたから、図柄が揃わなかったりしているので、目貫等は探して購入しなければとも考えています。柳生連也斉佩用の脇差とほぼ同寸法の1尺3寸5分という長さは、室内戦闘に於いてどの様な使い勝手なのか、拵えを作製した後に改めて打ち振ってみて確かめたいと思っています。【鍔一枚でもバランスは変るでしょうから】私の注文打ちでは有りませんが、縁あって私の所蔵刀になったわけですから、祐光の刀と共に大切に伝えたいと思っています。

  2023.06.15

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  東は東、西は西

  【東は東、西は西】と云う言葉がある。東洋と西洋の文化は本質的に異なると云う意味だが、昔学生の頃に読んだ、ドンキホーテの小説の中の西洋の騎士は、なんとなく日本の武士の様だなと思っていました。西洋の騎士の装備と云えば、馬に鎧、盾に劍ですが、最も身分を象徴する物と云えば、常に腰に佩く長剣で有りましょうか。其処で騎士の起源を所蔵の書籍を紐解き少し調べてみた。【ヨーロッパの歴史は、戦争という鉄床で叩き出された産物である】此の言葉は、オックスフォード大学マイケル・ハワード著【ヨーロッパ史と戦争】の中にある言葉だが、欧州の歴史は絶え間ない戦乱によって綴られていて、西洋史のややこしさは、目まぐるしいほどの君主の交代があり、数年ごとに領土が拡大、縮小する煩雑さであると言えます。曽て、全欧州がローマ人の植民地であった時代が、例え隷属の社会で有ったとは言え、その後の烈しい時代に較べると、唯一の平穏があった時代でだったのかも知れません。つまり、強大なローマ帝国が崩壊すると、欧州には東方からのゴート人、ヴァンダル人に依る侵攻があり、次いで南から回教徒に依る征服、そして最も悪辣非道な北方民族、ヴァイキングに依る襲撃時代を迎えることになる。ヴァイキングは、欧州の全海岸地方と河で遡上れる広範な地域を襲い、略奪し，焼き尽くした。征服して統治することを知らないこれらの略奪者は、住民を容赦なく殺戮した。長い間ローマ人の僕となり、温和な農民にしつけられていた欧州人は、実に四百年もの間、これら蛮族に抵抗できない羊と成り果てていたのである。自らを護るべき戦士が漸く誕生したのは、八世紀の末であり、鍬を槍に持ち替え戦った農民が創成期の騎士であったと云うわけです。農民が兼業型騎士に育っていったのは、封建制社会の仕組みであったと云えるで有りましょう。領主は騎士に封土を与え、騎士は農民の中の若者を下卒とした。主従の基本は、生死を共にする戦士の連帯であり、【今日より君の臣、例え万人を敵とするも吾奉公に二心無し】と誓う主従の結束こそが、勝利をもたらす原動力であることを、戦いの中で自得していった。封建制は軍事的に有効な社会組織であるばかりでなく、経済的にも優れた組織でもあった。自己の封土からより多くの産物を得ようと人々は働き、農業の生産性は格段にあがった。資本主義に競争の原理がつきもののように、弱い国は強者に攻め滅ぼされ，併合される。勝利者は封土を広げ、人々に活力と富裕を与えた。こうして欧州全土は諸侯国の乱立と抗争、併合と分裂を繰返し、次第に軍事的にも経済的にも強大な君主制国家群を作り出して行くのである。此処で騎士の装備と劍について、要点を記してみたいと思う。ドンキホーテでおなじみのように、上記画像の騎士の装備は馬、甲冑そして長劍である。此の画像には無いが、槍も常時携帯していた。槍は笹補槍を少し長くした形を原型としており、後には1尺以上の穂先の根元に鍵状の十字を取り付けた長身の槍にまで進歩した。戦いの中で自己を鮮明にするため、兜の前立には紋章を配し、盾は戦いの時を除いて従者である【盾小姓】に持たせていた。しかし、これらの装備の中で最も重要な武器は長剣であった。長剣は騎士で有ることの身分的証しであり、半ば神格化された誇り高い武器で有った。騎士には【刀礼】と云う儀式がある。騎士が一人前になるのほぼ15歳で、此の折には伯父が介添えとなり、若者の腰に剣を佩かせてやる儀式で有り、是によって一人前の騎士として親族間に認められる。介添人と立ち会った血族は【剣の親族】と呼ばれ、特別な同盟親族として、姻族など他の親族と厳格に区別される。刀礼を終えた騎士は、次に領主の前で再び帯刀式を行ない、騎士としての資格が公認されるが、その際司祭は騎士の刀剣のために次のような祝福の祈祷を捧げる。【主よ、汝の僕たる○○の帯し剣を祝福し給え。そして此の剣が、教会と寡婦と孤児を、そして神に仕える凡ての者を粗暴なる異教徒から守るため用いられんことを。また此の剣が敵をおののかせ、驚かせ、ひるませんことを】是は司教用聖書に詩編第四十四として規定された刀剣祈禱文であります。此の祈禱文から、曽って欧州が外敵から蒙った無残な歴史を想起させ、同時に騎士の長剣に込められた人々の願いが如実に理解できるのである。鉄剣の起源は、紀元前1100年に造られたツタンカーメン王墓から発見されたことから、エジプトを始祖とする説もあるようだが、中世初期には中東のダマスカスが著名な鍛冶国となり、その後欧州の各地で製作されるようになる。12世紀には、軟鉄を芯金としてU字状の皮鋼で包んだ鍛刀法が定着し、性能が更に一段と優れたものになった。中世初期に名を馳せた【ダマスカスの剣】は、天国か安綱あたりの時代位置にあるが、其の地鉄写真を見ると杢目肌が美しく、我が国の肌物の刀を思わせ実に見事である。こうして、東洋と西洋の騎士と刀剣に関わる歴史を調べてみて、騎士の成り立ちを簡易的に記しましたが、我が国の武士の成り立ちに重なり、洋の東西を問わず、戦いの歴史は規模の大小に関わらず、誠によく似ていることに気がつくのである。表題の【東は東、西は西】の言葉は伝えられているものの、戦いの歴史は皆似通った経緯を辿るのかとの思いも新たにする所であります。

  2023.06.01

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  引き籠もり鑑賞【其の九】愛刀を観る

  備後福山住横山祐成の脇差過日此のブログに記載したように、今年に入ってから愛犬の具合が悪く、年初に手入れを行なって以来、愛刀を鑑賞する余裕も無く少し遠ざかっていました。冬が過ぎ春が来て、やっと愛犬の体調が快方に向かい始めて、私の日常にも少し余裕が出てきました。目が離せない状況に変わりはありませんが、少しの時間なら自分のケージで待機出来るようになり少し安心しています。長く愛刀の手入れも怠ってきましたから、刀身に曇りが出ている物もありました。このままにしておくと此の曇りが錆を呼ぶ事もありますから、曇りは完全に拭い去って油を再塗布しておく必要があります。今回は横山祐成の脇差を鑑賞、手入れを行なっています。祐成には２代有ると伝えられていますが、嘉永三年期の銘振りから見て、此の脇差は二代祐成で有ろうと推測しています。安政二年期の五十七代孫と銘を切っている刀も所蔵しており僅か五年の違いですが、同銘２代祐成と観ています。祐成には五十六代孫と切る初代と、五十七代孫と切る二代があり、是が切銘してあれば容易に代別が判明します。脇差には五十七代孫とは切銘してありませんが、嘉永三年の切銘から二代であろうと推測しています。名鑑を見ると、主な鍛刀時期は初代は天保年間、二代は嘉永年間と記載してあることから判断の基にしています。初代に嘉永元年の作も残されており、嘉永年間初め頃に代替わりがあったのではと推測していますが、良く出来た脇差の出来口から、最初は初代の晩年作ではないかとも思ったりしていました。過日、京丹波の脇差の記事を記述しましたが、其れと同じように此の二代祐成の初期作に、この様な巧みな焼き入れが出来るのか疑念には思っています。又、匂い口締まった丁子刃の出来映えや、姓に横山を冠していることから、容易に備前横山祐永一門と鑑識出来る物です。刃長　1尺4寸9分5厘　反り　4分　程の、大小差しの小として鍛刀されたので有ろうかと思われます。此の脇差は、匂い締まった丁子刃を焼いてムラ無く上手です。地肌は一寸目には無地風ですが、子細に見ると其の底には小肌に鍛えられた肌目が見て取れます。同時代の祐永、祐包と比肩しても、何ら劣る事のない良工であろうと思っています。二代祐成脇差の銘です。下の初代銘とは小異はありますがよく似ています。参考の為、嘉永元年の初代祐成の押し型をアップしておきます。年を重ねてからの観刀は、どうしても短刀や小脇差し等の短い刀が多くなるようです。私も長寸の刀は抜き差しが億劫で、出して観ることも少なくなっています。私の所蔵刀は新刀、新々刀が殆どで、新々刀に良くある幅広長寸の極端な豪刀ではありませんが、其れでも短い物に較べれば、刀の手入れは頻度的には半分ぐらいでしょうか。特に苦でも無いのですが、何時でも何処でも簡単に、と言う訳にいかないですから遠ざかるのかも知れません。手入れ、鑑賞と云っても、一度に所蔵刀全てを手入れ、鑑賞するわけではありませんから、手入れを怠る刀は年単位になってしまいます。油が刀に馴染めば、頻繁に塗り替えも必要ありませんが、少なくとも6ヶ月に一度くらいは、確認のための観刀は必要かとも思っています。

  2023.05.15

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  難解な刀剣用語

  刀剣書等で、刀身の説明の為色んな言い方をするわけですが、是が中々に難解で初心の頃には何を言っているのか良く解らないことがしばしばでした。刀剣の寸法を計測するときに、長さの計測については、鋒先端から棟区の長さで定着しているようで、是については後述しますが、刀身の厚みについては刀剣書によっては種々の捉え方がある。刀身の【重ね】の意味は、私の理解では重ねとは刀身の厚みを指しており、私も其の様な意味合いで是まで使用していました。小泉久雄氏著の【日本刀の近代的研究】では、【重ね＝刀身の厚み】と記載しており極めて明解である。本阿弥光遜氏著の【日本刀の掟と特徴】でも、【重ねは棟から見た刀身の厚み】と記載している。但し、刀剣書によっては、下記図の様に棟先の厚みを【重ね】と説明しております。下記図は、永山光幹著の【刀剣鑑定読本】に記載説明されています。福永酔劍著の【日本刀鑑定必携】にも同様に棟の厚みを重ねとしています。刀剣鑑定読本　P290　の鎬と鎬幅の解説に、1）重ねが特に薄い場合も結果的に鎬が高く感じる。末備前の祐定、清光、春光、末関の兼定などに見る故意に重ねを薄くした物が是である。2)鎬が低い物は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけては、重ねが厚く鎬の低い造り込みが一文字や小反物に見られる。末備前には重ねが特に厚く、鎬が重ねよりも低く見える物も多い。上記　1)、2)　項を読み解けば【重ね】の意味は、上図の様に棟の厚みの事であろうと理解できる。が、此処で刀身の厚みは何と表現するのだろうか？と云う疑問が生じる。但し、上図の様に棟先が重ねであるなら、同書で説明されている下記説明文は如何読み解けば良いのか疑念が生じるのである。次は【刀剣鑑定読本】P168　記載の長谷部派の解説であるが、身幅広く、重ね薄めで、反り浅い。短刀小脇差しの現存作が多く、身幅に比べて重ねが薄い。此の説明文を読み解くと、【重ね】は棟の厚みでは無く、刀身の厚みのように受け取れる。棟の重ねと解せば鎬が高いと云う意味にも取れるのだが・・・この様に【重ね】に関しては、同じ刀剣書であっても、時には棟先の厚みと読み解けたり、刀身の厚みと受け取れたりと、一貫していないように感じられるのである。阿吽の呼吸を以て、時には刀身の厚みと感じ取り、時には棟先の厚みと、二様の使われ方をすると理解すした方が良いのかも知れない。此処で、古い刀剣書にはどの様に書かれてあるのか少し調べてみた。幕末期の、窪田清音著【撰刀期】の中に下記記載がある。【しのぎむねのかたへ寄りたるは刃業に徳有り、刃紋へよりて有りは劣りぬべし。又しのぎの高きと低きとにては、其の業低き方優れどもおほかたの世の論ひは、地刃のさまをば良くも知らで、重ね　薄きは弱くしのぎ低きはあしく】【重ねの厚きと薄きは、薄き方刃業まされども、地悪しきは折れ損ずべきうれひ有り、地鉄よきに於いて重ね薄しとも折るること有るべからず、折れ曲がりするは其もと太刀の太き細きにはよらざることにて】などと記述がある。又、水心子正秀著【剣工秘伝志】にも、【重ね】は鎺元にて、二分より三分迄を程合いとす】とあって、余り重ねが厚いと刀身の重量がつきすぎて、通常人には使用できぬものになる、と記載されている。此の、撰刀記、剣工秘伝志に書かれている【重ね】は、棟先の厚みでは無く、刀身自体の厚みとして使用されていると理解できます。この様に、古い刀剣書を読み解いても、【重ね】は刀身の厚みと考えて良いと思われます。刀剣書或いは解説者によって意味が異なる説明では、そうで無くても難解なのにより混乱するのではないかと思っています。統一した見解が示されればと思うのは私一人でしょうか？この他にも、気になっている事を列記しますと、刀剣書に刃の長さ＝刃長あるいは刃渡りと記載されている物が多いが、是の計測位置は棟区から鋒の先端迄直線の長さであると図示されています。銃刀法にも其の様に記載され現在では是が定着しています。福永酔劍氏著の、日本刀大百科事典を紐解いても同様に書かれています。しかし、私は此の棟区から鋒先端迄を刃渡りと称するのは少し疑問に思っています。此処で、古来から云われている刃渡りの意味ですが、【刃の付けてある部分の実長】の事であって、私もこの様に理解していました。其れが、刃の反対側の棟先から刃先迄とは、どう考えても理解に苦しむのである。但し、反りの無い直刀や包丁、ナイフの類いならそれで良いかも知れませんが、反りのある湾刀なら、反りのある刃方と棟方では長さは違うのでは無いかと思っているからです。つまり、刃長と刃渡りとは違うのでは無いかと思っているわけです。【あまり目くじら立てることでも無いかも知れませんが】下図の様に定義すれば納得なのですが・・・戦前、中央刀剣会と深いつながりのあった【日本刀の科学的研究】の著者である俵国一氏も、其の著書の中で【刀身長さ二尺八分、刃渡り長さ二尺一寸二分五厘】と異なった表現をししておられます。では、実際の刃渡りを測るのはどうすれば良いかですが、是は卓上に二、三枚の紙を敷き、刃を軽く当てさえすれば簡単に測ることが出来ます。此の【刃渡り】と云う言葉ですが、刀にとって【刃】は最も必要な用に立つ部分であります。刀に反りを付けることは、切断時の切れ味を増大するための工夫の一つでもあり、棟側より刃側の部分をより長くするための工夫でもあります。【過日、馬上戦で突くために反りが派生したとの説もあると記述しましたが、色々な説があり、限定された事柄では無いこともご理解下さい】昔の軍記などにも、【刃渡り三尺の太刀を打ち振り・・云々】等、よく描写されているが、是は棟から鋒迄の直線距離を云っているのでは無く、刃方の【曲線】を示唆していると思料しています。刃渡りと言う言葉も、そんな日本刀の構造、機能から生まれた言葉なのだろうと考えています。決して、定義されている棟部から鋒迄の直線距離では無いと思っています。昔読んだ古本にも、ある有識者の方が同じ様なことを書かれていたことも思い出しました。この様に刀剣には独特な言い回しが有り、初心の頃には刀剣書を読んでも、何を言っているのか理解できないことも多い。例えば【【鎬高く棟を卸す】などの言い方は難解である。大和伝の説明に良く使われる言葉だが、造り込みを理解していなければピンとこない言い方である。刀剣の解説文には、この様な言い方が随所に見られ、人によっても見解が異なっており、初心者が刀剣趣味に入りにくい一端では無いかと思うのであります。

  2023.05.01

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  復縁の拵え

  過日【​愛刀を観る　其の七​】で記載した伯州住秀春ですが、此の刀と拵えが一時離別したことがありました。此の経緯は過去記事で記載したかもしれませんが、余り書いた記憶が無いので、こんな事もあると云う事を知って頂きたく記載することにしました。刀剣店では、一々拵えに納めてみることなどはしないでしょうから、この様な取り違えもたまには起きうるのかも知れません。当初は銀座のT堂で売品として出ていたのですが、その時には拵えも付属していました。気づくのが遅くて既に売却された後でしたが、其れから2～3ヶ月して、他のA刀剣店に売品として出ているのに気づきました。この時には、拵えは付属して無く白鞘で売品として出ていました。拵えはどうしたのかと思いながらも、白鞘のままで購入しました。其れから暫くして、同じ刀剣店から此の伯州住秀春の拵えが、他の刀の拵えとして売品として出ているのに気付いたのです。其処で初めて、此の刀剣店で刀と拵えが取り違えられたのだと解りました。直ぐに其の刀剣店に電話して、此の拵えは伯州住秀春に付属していた拵えであり、150年も一緒に伝来した物が離ればなれになるのは、如何とも忍びがたい旨を伝え何とか割愛願え無いかと頼みました。其の結果、拵えのみの代金を支払うことで入手する事が出来ました。もし取り違えられたまま売却されると、もう2度と一緒になることはありませんから、かろうじて離別を防ぐことが出来、秀春刀も喜んでいると思っています。私としては痛い出費でしたが、銭金の問題では無く、離ればなれになるのを防げたことが、秀春刀の愛好者としての、僅かでも責任の一旦が果たせたのかと思っています。高価な拵えではありませんが、幕末の突兵風の時代の息吹を感じられる拵えですので、是からも大事に伝えられたらと思っています。

  2023.04.15

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  愛犬と過ごす春

  此のブログは日本刀に特化した記事を発信していますが、時折覚え書きの様な感覚で愛犬との日々も綴って居ます。昨年暮れから愛犬のラッキーが体調を崩して、嘔吐したりご飯を食べなくなり、１月は皮下点滴と注射による投薬に毎日通院していました。昨年の五月頃にも同じ様な病状に襲われ、その時には1週間程度の投薬治療で回復したのですが、今回は2週間経っても改善しませんでした。本来は入院して治療するレベルだったのですが、入院させることが心配で【病院であっても、夜間などは常に見てくれるわけではありませんから】、家で見守って毎日通院する事で治療をお願いしました。家であれば、夜も一緒に休んでいますから、異変があったとしても直ぐに気付いてやれます。検査結果は、膵臓と腎臓の数値が高いことと体内に炎症が起こっていることで、皮下点滴と膵臓と抗生剤の注射を毎日続ける必要があるとの話でした。ラッキー自体は、毎日注射で嫌だったのでしょうが、何とか快方に向かえないかと思い治療に専念させました。１月の中頃から、少しでもフードを口から食べさせたいと思い、低脂肪の缶詰とドライフードをすり鉢ですり水で薄め、少しずつシリンジで食べさせました。２月初旬には、シリンジからではありますが、フードの量も大分食べられるようになり、通院も毎日は必要なくなり、家で投薬出来るようになって、何かあれば通院するまでに回復しました。２月中旬頃からは、何とか自分で口から食べるようにさせたいと思い、シリンジからと併せて口から食べさせる様に徐々に変えて行きました。3月の初旬頃からはシリンジをやめて、缶詰とフードを水で溶いた食事を、口から食べられるようになりました。一時は、このまま死亡するのではないかとの思いもありましたが、懸命の治療のおかげで、此処まで回復出来たことを家内共々喜んでいます。当時【1月初旬】最悪の事態が起きたとしても、病院では無く、私の膝の上から旅立たせたいと何時も思っていました。この頃は、ラッキーの体調を心配する余り、私まで体調が芳しくなく其れが悩みの種でありました。只、気になることは、病気治療中に2度けいれん発作を起しており、今まで無かったことですが、今後は此のけいれん発作の薬も併用する必要も出てきました。けいれん発作を起したことで、常時目が離せない状況ですが、家内と協力しながら、大過無いように毎日が過ごせるようにと気を配っています。17歳を過ぎましたから、今後は何が起きるか解りませんが、出来るだけ長生きをさせたいと思っています。このまま順調に回復して、来年も一緒に桜の花が見られたら良いなぁと家内とも話しています。そろそろ、お城の桜も満開の季節になりました。ラッキーは目は見えませんが、桜の花の匂いは感じることは出来ます。今年も一緒に桜見物が出来れば幸せです。明日から四月です。今日も私の膝の上でくつろいで眠っています。痩せて軽くなった身体をなでながら、来年も桜を見れたら良いねと語りかける度、何時も目頭に熱い物が込み上げてきます。

  2023.04.01

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  伯州住秀春刀の拵え金具

  過去、此のブログでは伯州住秀春の拵えについては、全て写真を掲載して紹介しております。今回は、刀では無く其の拵え金具に焦点を当てて写真を撮ってみました。最初に入手した秀春刀が納められていた拵えですが、幕末期の製作と思われ、当時の実用刀の拵えと推測して居たのですが、記内の龍の鍔が縁頭にマッチしていないように思われ，同系統の鍔が入手出来れば変更したいとかねがね思っていました。当時としては、下級武士の武骨な普段差しと思われますが、如何にも実用主体の装いが好ましく大切に保管しておりましたが、最近、長崎系と思われる鍔を入手しまして、思い切って変更してみました。厚みの違う鍔を変更すれば、目釘孔の位置が変るので自ずと切羽の変更も必要となります。拵え作成のため、厚みの違う予備の切羽を幾枚か所蔵しておりましたので、これらを使用して、鍔を変更してもがたつきも無く、ピタリと合わせることが出来ました。縁頭は、無銘ですが鉄地に龍彫りの若芝か長崎系の金工の作柄の様で、同系統の鍔に変更したいと常々思っていました。そんな時、ネットで南蛮風の龍透かし鍔を見つけ、秀春刀の拵えの縁頭にマッチするのではと思い購入しました。記内の鍔とは若干厚みが違いましたが、切羽を変更することで目釘孔も合せることが出来ました。下記は柄前の写真ですが、縁頭は若芝風の鉄地に龍、鍔は記内龍透かし鍔を附けています。柄巻きは入手後巻き直しています。鉄地龍の記内鍔　拡大此の鉄地、南蛮風の龍透かし鍔に変更しました。鉄地龍縁頭の拡大写真です。接写はボケて上手く撮れなかったですね。縁の拡大写真です。鍔変更後の柄前です。此方の方がしっくりくるような気がしています。鉄地龍の打ち出し鐺も作柄としては悪くないので、拡大写真をアップしておきます。上記縁頭や鐺金具が、幕末当時如何ほどの金額で入手出来たのかは知る由がありませんが、鐺金具はよく見る図柄ですから、工房で量産品として制作された物と推測できます。鉄打ち出しに鏨や象眼を施し、少し高級感を醸し出しておりますが、同じ職人が同じ物を専門に製作したのであろうと考えています。現代、是と同じ物を造れるか定かではありませんが、造れたとしても相当な手間と技術が必要と思われ、費用もどれ位かかるか想像もつきません。幕末当時は、そんなに高価な物では無かったのではと思っていますが・・・【薄給の下級武士が賄える拵えでありますから】但し、心ある武士なら【【自らの差し料は鉄拵えにしかるべし】等、何かの本で読んだ記憶がありますが、今、俄には思い出せません。今回の主題は刀装金具でしたが、秀春刀を鑑賞する度に華やかさはありませんが、実用刀工を自認するだけ有って、地沸の付いた地鉄の強さを実感しています。伯州住秀春には、この様な武骨な鉄拵えが似合うような気がしています。しかしながら、私が誂えた新作拵えは鉄金具は使用しておらず、鍔を除いて赤銅や四分一金具を多用しています。現在残っている鉄金具【特に縁頭、鐺等】には、状態の良い出来の良い物が少なく、幕末の金工も赤銅などの色物金具に良作を残しており、選択肢はどうしてもこちら側になってしまいます。鉄専門の工人は、有名どころでは鉄元堂など居るには居ますが、如何せん残された金具は少なく探すのは容易ではありません。江戸期にも安価な拵えには安い無地の鉄金具が多用されたと思いますが、大量生産品の安価な拵えは、廃刀令以降伝えられること無く廃棄されたのでは無いかと思っています。只、此の秀春刀の拵えの様な、象眼や彫りが施された手の込んだ縁頭、鐺などは、大事に伝えられたのかとも思っています。鉄金具は頑丈で武家好みではありますが、錆付けしてあるとは云え，汗が付いたり雨に濡れれば悪錆が発生しますから、常日頃からの手入れは欠かせないと思われます。此の手間を嫌って、錆の心配の無い赤銅などの色物金具が多用されたのではとも思っています。

  2023.03.15

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• 信頼

  刀剣を工作に出すとき、【例えば研ぎや拵え制作時ですが】研師に刀の研ぎを依頼して刀を預けるわけですが、この時刀の預かり証などは受け取らず、口約束だけで依頼するのが慣例と言うか普通でありました。私も長年に渡り、所蔵の刀の研ぎを一人の研師に依頼してきました。口約束だけの契約でしたが、今まで一度として不都合は発生しませんでした。刀剣業界は昔から信頼関係で成り立っていて、之が普通のことだと思っていました。拵え制作に付いても同様で、鞘師に刀を預けて預かり証などは要求せず信頼関係で成り立っていました。然るに、最近よく聞く話ですが、研ぎに出したら刀が返ってこないとか、拵えに出したら刀が行方不明になったとか、信じられないようなことが発生しているようです。昔でも希に、上記のようなことは聞いていましたが、私には全く無縁のことだと思ってきました。当地は、刀剣主要産地であった備前岡山に近接しており、刀に関わる職人も近在に多く居住されていましたから、信頼するに足る職人達とも長年の交誼がありました。其れが、懇意にしていた研師が、身体の不調で研ぎを辞めたと連絡があったことから、所蔵の刀の研ぎを誰に依頼するかハタと困りました。柄巻きを依頼していた柄巻き師も、高齢で引退しようか等も聞えてきています。大切な愛刀を預ける訳ですから、一面識も無い人に依頼出来るのか不安に襲われるのです。今まで刀剣に関わる事故が無かっただけに、安易に誰でも良いと言う訳には参りません。是までは、直接研師や鞘師等職人に頼んでいましたが、是からは刀剣店経由の方が良いのかも知れません。何処の店が信頼できるのかが問題にはなりますが・・・今の処、研ぎ直す刀は予定していないのですが、拵えを作成したいと思っている物は何振りか有ります。出来れば職人に直接話をしたいとは思っていますが、刀剣博物館にでも聞いてみますかね。

  2023.03.01

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• 江戸時代の贈答刀　【甲子夜話】

  甲子夜話の中に献上刀と下賜刀に付いて記載があり、読んでいると、将軍の若君に献上する刀としては、位が低いのではと感じたため記載してみました。井伊掃部頭邸へ、大納言に任官された11代将軍家斉の若君が、九月十八日に紅葉山と山王に参拝の帰路、井伊掃部頭の宅に寄られることになった。其の後に、当日の供揃えや井伊家のもてなしが詳しく書き留められている。井伊家より数々の献上物、又若君より種々の拝領物が記載されているが、その中から刀剣のみを書き出してみた。若君とは、11代将軍家斉の子　斉順（後の紀州家11代）、掃部頭は井伊直中、玄蕃頭は直中の子直亮かと推量され、井伊左兵衛督は十一男井伊直元であろうか。特に夜話には記載が無く時代的な推量でしか無い。直中は十四人もの実子に恵まれ、末子の十四男が桜田門外で暗殺された井伊直弼であります。大納言様へ真御太刀　肥前国忠広　　代金5枚御刀　　　相模国広次　　代金500貫　　　井伊掃部頭御脇差　　美濃国兼道　　代金15枚御刀　　　肥前国忠国　　代金5枚　　　　井伊玄蕃頭御刀　　　豊後国輝行　　代金5枚　　　　井伊左兵衛督　大納言様より御刀　　　備前国義兼　　代金50枚　　　井伊掃部頭御刀　　　肥前国忠広　　代金5枚　　　　井伊玄蕃頭御刀　　　加賀国勝家　　代金15枚　　　井伊左兵衛督　何故、此の贈答刀を書いたかと云いますと、通常将軍家の若君に献上、下賜される刀にしては、現代の我々が見ても、大名家伝来の道具としては、かなり格付けの低い刀剣であることに驚いたからでもあり､又、江戸新刀や大阪新刀、或いは抱え工の康継等は用いられなかったのだろうかと、思ったからであります。翻って思うに、この頃は肥前刀は格高い刀として評価が高かったのでしょうか？　此の宮参りでの奉納刀も、肥前国忠広との記載もありますから、其の様な事だったのかも知れません。参考として過年ブログに記載した、​【刀剣番付​】　江戸末期の物ですがクリックして御覧ください。之によると、初代忠吉でさえも前頭筆頭でしかなく、2代忠広等は前頭にも見当たりません。備前義兼を除いては、拡大鏡で探さないと見つけることも出来ない位置づけです。現代で我々が思っている刀剣の格付けとは、当時は全く異なっているのかも知れません。そんなことを思いながら、ブログを書いています。

  2023.02.15

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  諸刃短刀の用途

  過年、横山祐義の諸刃短刀をブログに記載しましたが、此の諸刃短刀の用途について、もう少し突っ込んで記載することにしました。【​横山祐義の両刃短刀​】詳細は左記をクリックして御覧ください。​下図写真押し型は、与三左衛門祐定ですが、祐義の諸刃短刀に比べると洗練した姿をしています。此の諸刃短刀ですが、室町時代中末期に登場し、戦いの中で如何なる場面に於いて使用されたのでしょうか。書籍に於いても色々と説明がありますが、その中で右手差し（めてさし）に使用したのでは無いかとの記載があり、私も其の様に考えています。此の右手差しですが、右腰に柄を下向きに指して帯に結びつけ、組み討ち中でも右手で簡単に抜けるように工夫された指し方であります。従って、此の諸刃短刀は歩兵の得物では無く、騎馬武者や士分の武士が多用したのでは無いかと思っています。残された諸刃短刀も入念作が多く、其れを物語っております。刀槍での戦いの最後は、組み討ちでの互いの首取りになるわけですが、組み討ち中でも簡単に抜くことが出来、首を掻き斬る場合、押さえつけた敵の首の左右どちら側でも、横の土に諸刃短刀を突き刺し、首筋に押し下げるだけで掻き斬る事が出来るわけです。片刃の短刀と違い、此処に諸刃短刀の利点があるわけであります。まさに組み討ち戦に特化した戦道具と言えます。戦国時代に登場し、平和な時代が訪れると共に姿を消したのは、当然の帰結で有ろうかと思っています。

  2023.02.01

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• 為銘入りの現代刀

  個人の為銘が切られた現代刀は売れにくいと良く言われます。私もインターネットで、販売品として出品されている個人の為銘が切られた現代刀をよく見ます。自ら現代刀工に注文して、自分の名前を茎に刻んだ刀は唯一無二のはずですが、其れを手放さざるを得なかった事情は推測するだに有りませんが、おそらく察するに所持者が亡くなられて、ご遺族が継承されなかったからではと思っています。この事一つを取って見ても、現代での親子関係の希薄さを思い知るのであります。そして、此の所持銘が切られた現代刀が何故忌避されるのか、私には良く解りません。新刀や新々刀の所持銘入りの刀は、注文打ちだとして返って喜ばれていると云うのにです。只、現今の現代刀は、殆どの刀が注文打ちだと云っても過言はありませんので、殊更注文打ちを有り難がると言う意識は無いのかも知れません。現代に造られた刀に、他人の名前が刻まれていると云う事が嫌なのかも知れません。新刀、新々刀の時代にも、他人の名前が刻まれた刀を所持する事には抵抗が有ったかも知れません。但し、当時とすれば、先祖や自身の名前が刻まれた刀を市井に売却する事は、武士の心得としてはあり得ない事だと私は考えています。やむを得ず、どうしても手放さざるを得ないときには、武士の矜持として、世に出す前に茎の所持銘を削って市井に出したのであろうと私は考えています。現に、所持銘を削られたと思われる刀も伝承されており、其れを物語っています。つい最近、ご自身の所持銘では無かったのですが、孫の誕生を祝って、祖父が某有名刀工に鍛刀を依頼したと思われる短刀が売品として出ていました。茎の切銘を見るに、孫の名前と共に自身の名前も記して、悦びに溢れた様子も察せられ健やかに育つ事を願って、記念として孫に贈った物のようでした。昭和後年の切銘でしたから、其のお孫さんも既に三〇歳後半になられていると思いますが、此の茎を見る度に、売品として市井に出ることは、残念な思いや心悲しく気が滅入ってしまいます。其の売却に至った経緯は知る由もないのですが・・・この様な、人の思いのこもった刀は中々売りにくいし、又買いにくいのだと思います。過年【​​嫁入り鍛刀​】の記事を書く素になった短刀も、未だに売品として売れずに残っていることを思えば、其の様なことだなと感じています。此の二件の類例は、自身の為銘、所持銘とは、全く思いの異なる刀で有ります。自身の所持のための為銘､所持銘ならば、現代刀工も常よりは注意を払って鍛刀しているでしょうから、其の為に価格も安いと云う事であれば、忌避すべきではなく進んで入手すべき刀と思っています。只、現代刀であっても、自らの所持銘や御尊父の為銘が茎に刻されている場合、古の武士が行なった様に、其の所持銘、為銘は削って、世に晒さない程度の心使いはあってしかるべきと、私は考えているのですが極々少数意見なのでしょうか？しかし、二〇〇年後には特別な注文打ちとして喜ばれているかも知れませんが・・・・只、現代での刀剣の位置づけは美術品の範疇ですから、書画や装飾品の様に手放すことには余り頓着は無いのかも知れません。刀剣を特別な物としては捉えていないのでしょう。残念ですが。現代では、既に武士の時代は遠い世界の出来事の様に成り果て、武士の心得を人間の心得として認識されていないことも残念でなりません。年を重ねるとどうも愚痴が多くなり申し訳ありません。読み流して下さい。

  2023.01.15

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• 令和五年　刀道　刀剣事始め

  新年に当り、所蔵刀剣の鑑賞を兼ねて手入れを行ないました。余り頻繁には見ていない刀も有り、油染みの様な物が発生しているかもと思いながら、一振りずつ丁寧に鑑賞も兼ねて油も引き直しました。刀身だけで無く茎の状態も確認しつつ、銘の鏨痕を辿りながら刀工の息吹を感じています。その後、茎の錆の状態を精査して手油を付け、長年伝承されてきた黒錆が悪化しないよう留意しています。我が家は古い日本家屋ですので壁は土壁です。今時の断熱材などは皆無で、冬は屋内と云えども寒いのです。刀剣の手入れ鑑賞する際は暖房はつけず、寒いまま行なっています。何故かと言いますと、寒いところから急に暖かいところに出すと、刀身が結露する恐れがあるからです。錆を呼ぶ元になりますから、寒さは我慢して手入れを行なっています。寒いこの時期は乾燥していますから、頻繁に手入れは必要ないかも知れませんが、乾燥していれば其れはそれで、刀身の油が乾いて染みになり、其れが錆を呼ぶ恐れも有りますから油断なりません。昨年初頭、自らの人生の指針として、【​刀道​】と云う道標が有っても良いのでは無いかと言う愚見を申し述べました。要旨としては、正しい観刀作法に始まり、諸処の刀剣知識を覚え込み、自らを映す鏡として捉え、正しい人間修養の器として、刀人一如の道標になるのでは無いかと云う自説を述べたわけですが、その後一年が経ち年も新たに顧みると、実態が伴わないこともあり悔いることも多かったのであります。人間修養の未熟さを痛感する日々で有りました。本日は、今年最初の所蔵刀手入れ鑑賞の日で有ります。愛刀に自らの相貌を映して、曇り無く悔い無き日々が過ごせるようにと、思い巡らすのであります。是までの日々、刀剣愛好と云う特殊な趣向を続けて来られたのも、家事差配を担ってくれた我が家の奥方有ればこそと感謝しています。年老いた愛犬もなんとか新年を迎えられました。家内一統今年も安穏に過ごせるよう願いを込めながら、愛刀の茎に刻んだ日本刀歌の一節【佩服可以穣妖凶　はいふくし、もってようきょうをはらうべし】の如く、妖凶を払い除け平穏な世の中であらんことを願っています。皆々様におかれましても、本年も大過なく毎日を過ごされる事祈念しております。

  2023.01.04

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  令和五年　新年のご挨拶

  新年おめでとうございます。昨年は､こんな拙いブログに多くの方においで頂き有り難うございました。私も、日々年老いた愛犬と共に、穏やかな毎日を過ごしております。年を重ねて、時の流れは兎の様に早く感じますが、愛犬と共に、亀の様なゆったりとした時を過ごして行きたいと思っています。しかし、今年は私にとっては試練の年になるかも知れません。愛犬も17歳を迎えて2～3日前から体調を崩しています。元気に回復することを願ってはいますが、少し難しいかも知れません。皆様のご多幸をお祈りしています。今年もよろしくお願い致します。令和五年　元旦　　　　　国分寺助国

  2023.01.01

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  刀架への刀の架け方について

  刀架への刀の架け方についてですが、通常映画やテレビドラマなどでは、刀架二本架けの場合、上に大刀、下に脇差が架けられているのをよく見ます。柄を左側に刃を上に、つまり差し表側を見せて架ける方法が一般的です。下写真の架け方です。此の柄を左に差し表を見せての架け方は、平和な時代の架け方で有ります。幕末動乱期に於いては、柄を右に指し裏を見せて、直ぐに抜刀出来るような置き方もしています。下写真の近藤勇写真も、柄を右側に直ぐ手に取り抜刀出来る架け方であります。特に刃を下側に架けて、手に持つやいなや、即座に抜刀斬り上げ動作が一瞬で出来る戦時の架け方で有ります。当時、近藤や土方等新撰組隊士は常在戦場の覚悟であったのでしょう。下記肖像画は大老井伊直弼ですが、幕末動乱期と云う事で柄を右側に架けています。しかし、刃を上にして近藤勇の写真の様な緊急性は感じられません。上記どちらの架け方も間違いと言う訳ではありませんが、平和な時代に於いては、柄前が左に差し表を見せての置き方が一般的です。現代に於いても其れが踏襲されています。只、此の大刀は上に、脇差は下に、と云う架け方で良いのかと云うと、決してそうではありません。刀架けに架けた大小を、自分で差して見ると解りやすいのですが、まず帯に脇差を差して後から刀を取って帯びに差します。刀架けに架けるときは反対に、刀を先に架けて脇差は後からになります。刀架けから先に脇差を取るには、上に架けていたほうが取りやすく、脱刀して刀を先に架け後から脇差を架けるには、下写真のように、上に脇差下に刀を架ける方が合理的で無駄がありません。大小を刀架けに架ける場合、此の架け方が正式であろうと考えています。刀が上に来るより、脇差が上の方が安定感も増していると思うのは私だけでしょうか。大小を架ける場合には、私は何時もこの様に架けて鑑賞しています。江戸時代戦乱も収まり、平和な時代が訪れようとしていた時代、黒田長政の晩年の肖像画です。刀の掛け方を御覧ください。

  2022.12.15

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• 最後の鬼平犯科帳

  何年か前ＢＳで録画していた、是で最後と言うテレビドラマ【鬼平犯科帳】を見た。主演の中村吉右衛門も昨年亡くなり、随分昔のドラマのような感じがしています。数年前に制作されたドラマで、製作側の終了の言を見たが、勧善懲悪のストーリーが現在ではマッチしなくなったとの事だが、事実は少し違うのではないかと思う。出演している役者は皆歳を取り、平均寿命50歳位の当時、江戸時代の世相には違和感を感じるようになって来ました。中村吉右衛門は、鬼平役者としては当たり役と思っていますが、70歳を超えて何時までも出来るものではなく、この辺が潮時と思ったのかもしれませんね。現在では、テレビ時代劇は制作費用や視聴率の関係からか、殆ど制作されなくなっています。演技する役者もいなくなっているのかも知れません。現代劇と時代劇では演技の所作も全く違いますから、髷やかつらを被れば出来ると言うものでは無く、歩き方一つから現代とは全く違っていて、刀を指した武士と町人では、之また違っているのです。現代のジャニーズ系の俳優では、基礎が出来ていませんから見る方もどうも違和感を感じてしまいます。次回の鬼平は、歌舞伎の松本幸四郎が演じるとの事ですが、時代劇を撮ると云う事になれば、歌舞伎役者にならざるを得ないのかも知れませんね。ドラマの筋立てと共に興味深いのは、作者の池波正太郎が鬼平に持たせている刀があります。私は刀剣愛好者でありますから、特に腰の差し料に興味を惹かれます。刀剣の作者、大小の縁頭、鍔、柄巻き、鞘塗りなどです。ドラマの小道具でありますから、目くじらを立てるほどではありませんが、時代考証がしっかりしていれば、禄高によって縁頭、鍔等にも差が有るのは当然の事です。玩具のような刀剣小道具を使っていれば、興を削がれること著しいものが有ります。鬼平の差し料については、粟田口国綱は身分不相応ですが、河内守国助などは身の丈にあった差し料と言えます。その他には、井上真改、和泉守国貞等の大阪新刀、短刀では藤四郎吉光、新藤五国光等を持たせています。池波正太郎がもう少し刀剣に造詣が深かったら、粟田口国綱、吉光、国光など古名刀は、当時禄高四百石程度の旗本が持てる刀ではなく、もう少し下位刀工の刀を持たせた方が現実味があったのではと思っています。例えば、中里介山の大菩薩峠の机竜之介に持たせた【武蔵太郎安国】のような刀です。一介の浪人の机竜之介に、正宗や貞宗の様な名刀を持たせず、位列下位の下原刀の安国を持たせるなどは、中里介山の刀剣に対する造詣の深さを物語るものだと思います。あり得ない情景では無く、有りそうな情景を描くことで、より真実味が増すのではと思っています。長谷川平蔵の、出自に繋がる刀工の刀【駿河国の島田義助等】や、江戸新刀の法成寺一派や兼重などを持たせる等の工夫があれば、より現実味が増したのではと考えるのであります。更に、昔テレビドラマで、役所広司主演で【盤嶽の一生】と云う時代劇が放映されましたが、此の主人公阿地川盤嶽に江戸新刀の日置光平を持たせていました。浪人には勿体ないかなとは思いながら見ていましたが、是なども上記の中里介山と同様に、原作者の白井喬二氏の刀剣に対する認識の深さを物語るもので有ろうかと思います。普通、江戸石堂の日置光平などは直ぐには思い浮かびませんよ。著名な虎徹や国広ならいざ知らず、刀に対する認識は相当高かったのではと思わせる差し料でしたね。ひょっとして白井氏ご自身が所持されていたとか？小説家に刀の話をするのはタブーだと､何かの本で著名な鑑定家が語っていた事も思い出します。何故なのかは忘れてしまい俄には思い出せませんが、創作者には其れなりの理由があるのかも知れません。

  2022.12.01

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  引き籠もり鑑賞【其の八】愛刀を観る

  現代刀、越後国義光作　二尺五寸弱　反り　六分過年、何回も此のブログで紹介しました大野義光刀匠の裁断刀ですが、写真を撮るのが難しく詳細な画像は掲載していませんでした。今回画像を取り直して、地鉄、刃紋を目で見る状態に近づけたらと思い掲載しました。鍛刀依頼の経緯については、過去何回か記述していますので今回は敢えて記述は致しません。【​愛用の現代刀​】​【​過ぎ去りし日、刀匠、金工の手紙​】詳細は上記をクリックして御覧ください。写真を何枚か掲載致します。地鉄は細かく密に鍛えられ、小肌な肌目も見て取れます。下写真は焼が高いので、写真では肌目の確認がしずらいです。所蔵の刀を観るときはどうしても身贔屓になりがちですので、その点については何卒ご容赦お願い致します。刃紋は大野義光刀匠得意の重なり合う丁子で、あたかも夏の青空にムクムクと湧き出る入道雲を想起するのであります。逆がかった重華丁子は丁子足が長く、私自身では入道丁子と呼んで鑑賞しています。当時、鍛刀依頼したとき刃紋は丁子乱れを依頼したわけでは無かったのですが、依頼の寸法や体配は南北朝期の姿ですから、必然刃紋は南北朝期の青江刀工の逆丁子となったようです。無鑑査クラスでは、過去類例の無い【姿に刃紋】は焼けなかったのだろうと思っています。【例えば南北朝期の姿に助広の濤乱刃等です。反面丁子刃を焼くとなれば、猪首鋒の鎌倉中期の姿となります。】大野刀匠から打ち卸しを頂いたときには、刃紋の確認は良く出来ず、裁断刀の研ぎは名倉迄でしたから、刃紋は全く見えませんでした。据え物斬りに使用して一年後位でしたか、強靱性はもう充分と自分で納得して研ぎ直しに出しました。何時もの研師に依頼して、研ぎ上がりが現在の状態です。もう三十数年前ですが、その時に初めて此の入道丁子を目にしました。裁断刀としては余りに華やかで、違和感を感じるほどの出来映えでした。研師も感嘆頻りで話に花が咲き、何時もより長居したことなど思い出します。此の逆丁子と呼ばれる刃紋ですが、幅一寸程の刀身に斜めに丁子を焼くことで、より大きく見せる所作を現出した、南北朝期の青江刀工の美的感覚は、当時とすれば突出していたのではとも思っています。今まで色んな丁子乱れを見てきましたが、大野刀匠の様な入り組んだ丁子乱れは類例が無く、他の追従を許さない技術レベルで有ろうと思っています。此の刀は、実用裁断刀として生まれ出ていますが、鑑賞刀としても圧倒的な存在感を醸し出しており、手入れ鑑賞する度に上手いなぁと何時も思っています。本来なら、研ぎは刃取りをせずに、差し込み研ぎの方がより本領発揮するものと思われますので、再研磨する機会があれば、次回は差し込み研ぎを依頼する旨予定しています。

  2022.11.15

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  御国拵

  私は刀と共に拵えも好きですが、拵えの様式については、恥ずかしながらあまり知識の持ち合わせがありません。江戸時代、各藩それぞれの拵えが有ったのだろうと思いますが、現代でも特に著名な拵えとして【肥後拵】【尾張拵】【薩摩拵】などが有ります。之らを総じて御国拵と呼んでいますが、その成り立ちは剣術の流儀に依る物や、殿様の好みに依る物などにより様々でありますが、多くの藩があり其の御国拵も様々で有ったと思われます。柄前の形、鞘の形、下げ緒の取り方等で、一目で何藩の家臣であると判別できたと記載された古文書もあるやに聞き及んでいます。肥後拵えは、昔から【照り降り知らず墓場刀】と良く言われました。肥後拵えは細川三斎の拵えを模倣して発展した経緯がありますが、本来は鞘に鮫を巻き漆塗りを施し研ぎ上げた物です。【又、短めの拵えも多いことから、伯耆流居合いが盛んであったからとも云われております。】これは、太陽の強烈な日差しによる灼けや、雨粒に濡れても耐性があり、墓場 に行くまで生涯にわたって使用できるほどに頑丈であると言うことだそうであります。しかし、此の鮫鞘は細川三斎の佩刀で有ったことから、以後は藩主か其の近くの高禄の武士にしか許されなかったとも伝えられており、とても一般の藩士に佩用できる鞘ではなかったと思われます。殿様が佩用されていた鞘など恐れ多いと言うこと以外にも、当時の鮫皮は高価で一般の藩士などとても購入は出来なかったと言う面もあったのかも知れません。通常よく見る肥後拵えは石目地塗りの鞘が多く、古い物で鮫鞘は見たことが有りません。明治以降、此の細川三斎の拵である【歌仙拵や信長拵、希首座拵】などの写しが造られ、現在でも残されており時たま目にすることもあります。此の【照り降り知らず墓場刀】何時頃から言われ出したのか、私は寡聞にして存じませんが、おそらく明治以降ではなかったかと思われます。尾張拵えは、特に柳生拵えが著名です。【​柳生拵え​】に付いては左記をクリックして御覧ください。薩摩拵えは、薩摩藩独自の示現流抜きでは考えられない拵えです。今回は、​詳細は記載致しませんが、機会があれば又ブログで紹介したいと思っています。有る有識者が、拵えについて小雑誌に下記の如く書き残しておられます。上段の記事とダブル記載もありますが、参考になればと思い転載しました。【江戸期のものでは各藩の御国拵がある。写真で拝見するだけでは、細かい違いであり、私は明確に違いを把握できていない。尾張拵、柳生拵、庄内拵などが知られているが、際だって個性的で、魅力があるのが薩摩拵である。拵に詳しいＩ氏が、柄が鮫でなく牛革で、目貫は無かったと思うが、そこに柄巻きしている脇差拵をお持ちであり、時に「譲って欲しい」と述べているのだが、願いは叶えられていない。ちなみに『薩摩拵』（調所一郎著）は、薩摩示現流の流派別に特徴を洗い出し、また武士の身分の違いによる拵の違いもわかり、参考になった。実用＝剣術との関係も研究課題である。（肥後拵も伯耆流抜刀術にかなった拵という説もある）なお肥後藩では鮫鞘は藩主のクラスか、藩主から許可を得た者以外は差せなかったと伊藤満氏から教わる。幕府も寛永１７年という早い段階でかいらぎ鞘の禁止を打ち出しており、事実なのだと思う。（柄に巻く鮫も、親粒が大きく、整ったものは驚くほど高価なものだったようだ。鞘の鮫も、それなりに贅沢なものだったはずである）鮫鞘を漆で研ぎ出したものは実用を配慮しつつも、華やかであり、楽しいものである。肥後拵は何と言っても鮫鞘がいいと思う。鮫鞘の色と、柄巻きの薄茶の色、柄巻きの下の黒い鮫と、全体の色のバランスは、下げ緒を除いて本歌の信長拵と同様であり、落ち着いた、品の良い、華やさがあり、センスの良いものである。肥後拵は「照り降り知らず墓場刀」と言われたようで、陽がかんかん照りのところでも、雨が降るおりも大丈夫で、墓場のような墓石があるところで、少々ぶつかっても問題がないと称えたようだ。『日本刀大百科事典』（福永酔剣著）では「墓場刀」を「墓原刀」としているが、誤植だと思うが碩学の福永酔剣氏のことだから、このような表現もあったのかも知れない。ここでは墓場に行くまで使えるほど、堅牢を旨としたものと注釈されている。いずれにしても、堅牢さをうたっていることには間違いがない。】下記は刀剣ワールドより抜粋しています。参照下さい。徳川譜代の武将達が全国に配置されると同時に、組織的な作刀活動を行なっていた美濃鍛冶も全国に移住します。徳川政権下では物資の流通が安定。そして、刀の寸法・様式などが定められ、日本刀は均一化の傾向にありますが、拵には、土地の個性や剣術の理念が色濃く表れ始めます。以下が、「お国拵」とその特徴です。肥後拵（ひごこしらえ）肥後拵細川忠興が考案したと言われ、茶道の感覚と居合いの実用性を持つ、雅で堅牢な拵。「頭」（かしら）と「鐺」（こじり）は丸みを帯びています。柄が短いという特徴も持ちますが、柄が短いと、両手で切り込むよりも刀の届く距離が延び、片手打ちに向いていると言います。また、全体の寸法も短く、抜き打ちに適しているのです。薩摩拵（さつまごしらえ）薩摩拵無駄な装飾を一切省いた無骨な拵。鮫皮の替わりに厚手の牛革を用いる物、目貫を使用しない物が多く、また、柄が柄頭に向かって太くなっていくという特徴があります。鍔に小さな穴が2つ開いているのは、これに針金を通して栗形と結び、日本刀を抜かないようにしていますが、平常は決して刀を抜かず、やむを得ず抜いたときには必ず相手を仕留めよという薩摩示現流の戒めによる物です。柳生拵（やぎゅうこしらえ）柳生拵大きく透かしの入った軽量な鍔や、目貫が通常と逆の位置に付いている「逆目貫」が特徴。尾張藩主2代徳川光友の兵法指南役であった柳生連也斎厳包の愛刀が起源になっています。

  2022.11.01

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  【隠れたる名工】水心子正秀全集より

  水心子正秀全集に収められている書簡の中に、彼の門弟中最も出藍の誉れ高い刀工として、【古山陸奥之介弘元】関連の記載が多くある。古山弘元自身執筆の【刀を作る記】も集録されている。又､彼は文政三年【刀剣目利書】を著わし、翌四年五月、師より秘伝書【剣工秘伝志】を受けたのは余りにも有名です。正秀門人としては、大慶直胤や細川正義がよく知られていますが、現代では古山陸奥之介弘元の格付けは、新々刀中上作にすぎませんが、当時は彼等よりも世間の評価は高かったのかも知れません。此の正秀全集に集録されている【古山陸奥之介藤原弘元】の伝を、そのままに此のブログに転載して紹介致します。弘元は奥州安達郡二本松の人、鍛冶工古山久四郎の次男也。【兄は定四郎美則、鉄砲の良工也】幼名東蔵、長じて幸之進と云う、二十八歳にして江戸へ出府し水心子正秀の門に入る。其の門弟七十三名中最も出藍の聞え高く、芝愛宕山麓に住す【京都五条坂に住せし事在りと云う】。専ら刀剣鍛錬中、安積良齊、司馬江漢に交わり深く、第一に天地陰陽の理を極め、修行注意周到なるは尋常一様ならず、作刀は不折、不曲、地肌麗水の如くにして頗る業物也。時々、鈴ヶ森、小塚原等に囚人仕置きの際、必ず一、二刀を携え行て役人に託し、或いは自身其の切れ味を試しむ。当時諸藩より召し抱えの内意あるを領主の聞く所となり、遂に帰国を命じられ君命黙し難く帰郷す。年四十四【文政四年十月十三日】、宣旨に【陸奥之介藤原弘元】と賜う。爾来藩用の劍類を製作せしも、名声自然遠近に振う。他国人の工を求めるに応ぜず、之れ藩中の嫌焉（けんえん、不満足に思うの意か）たらしむるを憚る所あり。故に惜しい哉、海内に此の良工ある事知る者少なし。弘元は安永七年に生まれ、天保十四年五月二十七日没す。年六十六。二本松亀ヶ谷恵日山光源寺に葬られた。以上が水心子正秀全集に集録された内容ですが、水心子正秀とその一門の執筆者である黒江二郎氏も、其の書籍の中で多くのページを割いて弘元に関する記載がある。此処では、官位受領の経緯を、弘元自筆の覚え書きに詳しく書き残されており、其の経緯を転載されています。参考の為、新々刀大鑑に所載されている古山弘元の押し型をアップしておきます。此の押し型は直刃を焼いていますが、鋒まで全くムラなく焼き入れされています。之だけでも並々成らぬ腕前と推認できます。又、茎仕立ても丁寧で好感が持てます。庵棟、地鉄小杢目肌細かく詰み美麗、刃紋は匂い出来丁子や互の目乱れ又は直刃。茎は、化粧鑢逆筋違い、角棟劍形鐺で左利き刀工である。下の押し型の鍛冶長者の切銘ですが、之は文政の末、藩士三浦重右衛門義類に十人扶持をもって召し抱えられ、鍛冶長者の称号を与えられた。天保年間、鍛冶長者古山陸奥之介弘元等、長銘を見るのは其の為であると言う。残念ながら、私は此の古山弘元の作刀を実見しておりません。機会があれば、実刀を拝見して其の良工たる所以を確認したい思いは有りますが、今になっては中々に難しい事かも知れません。上段に記載した、陸奥之介受領に際しての経費についても、詳細な記載がありますが、しかしながら、其の詳細を今回記すのは長文になる為、次回に委ねようと思っています。手前味噌で申し訳ありませんが、私の愛刀伯州住秀春は水心子正秀の孫弟子にあたります。水心子が提唱した日本刀の本質【折れにくく､曲がり難く､よく斬れる】を具現化した刀工であります。此の古山弘元の逸話を読むに付け、伯州住秀春の生涯に重なる。何れの刀工も、水心子の遺言をかたくなに護り通した、曲がりなき信念が感じ取れるのであります。両工共に中央に在りせば、と思うのは私だけでありましょうか。

  2022.10.15

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  水心子正秀の書簡【刀剣弁疑・刀剣実用論等】

  過年、二回に渡って、新々刀の祖と言われる水心子正秀について記載しましたが、再度、､川口陟氏著【水心子正秀全集】、黒江二郎氏著の【水心子正秀とその一門】を読み直しています。川口陟氏は、序文で何故此の書籍を刊行したのか、其の意味を子細に述べていますが、其の意とする所は、共感出来るところ大なる物がありますので、少々長いですが全文を記して、川口氏の労苦に謝意を現わすもので有ります。序文水心子正秀は本名を川部儀八郎と言い、現今の奥羽線赤湯温泉在に生まれ、長じて江戸に出て刀剣鍛冶となり、館林藩主秋元候に抱えられ多数の門人を養い、当時やや衰徴の傾向にありたる鍛冶術を復古したる巨人なり。彼は栄に剣工としての名匠たりしのみならず、今日吾人が最も敬意を表せんとするは、彼に数刊の著書ある事なりとす。然も其の著書たるや、由来秘宝として深く隠されたる刀剣製作術を公開せる事にて、此の著書あるが為に、後世の研究家を裨益（ひえきの意、助けになり、役立つこと）する事すこぶる深大なるものあり、故に吾人は其の著書の世に埋滅せんことを憂い飜刻（ほんこく、原本通り活字に組んで出版すること）して研究家の参考に資せんと欲す。正秀が門戸を張りて一世に盛名を馳せたる時は、門人百人に餘り門前市を為すの観ありしにも拘わらず、本書載する所の書簡のある物は、彼が老年猶（なお）窮迫を脱する能わざるして、悶々その日を送れることを物語るものあり、又吾人が（刀剣雑話）なる著書に於いて、彼正秀を評伝（人物像を交えた伝記）したる文中には、正秀が過去の名匠の偽作を為して口を糊したる事を記し置けり。誠に彼は古今に冠絶せる手腕を有しながら、然も充分に製作に没頭して自らの名を鐫（え、益するの意か）るあたわざりし物なり。名匠の報いられざるや誠に同情に値すべし。然も彼は76歳の天寿を終えるまで、敢然として世路の艱難と闘い、権勢名門に媚びず、常に晏如（あんじょ、やすらかで落ち着いているさま）たるものあり。当時の彼にしては容易に為し得べかりし何の守をも受領せず、水心子の名を冠して一路技に励みたるの風懐眞（かいしん、心中誠に、の意か）に愛すべく敬すべし。大正十五年猛夏　　不忍池畔の浪居にて　　川口陟上記が水心子正秀全集の序文であります。【余談ですが、川口陟氏の水心子正秀全集は、大正15年刊行ですから、漢文を読みやすく現代訳に直してあるとは云っても、大正15年の訳文は、読めない漢字も多く読み解くには中々難儀です。一部漢字の意味を記しました。（水心子正秀とその一門）の著者、黒江二郎氏は、山形県南陽市で歯科医を開業されており、水心子正秀の生誕地赤湯のご当地であります。昭和54年発刊で、川口陟氏の水心子正秀全集より54年後の刊行でありますから、若干読みやすく改訂されています。】此の書籍には水心子正秀の（刀剣弁疑）【刀剣実用論】等と、門人が業成った時に伝授した【剣工秘伝志・・造刀に関して他に類例が無い秘伝書である】等が集約、網羅されており、此の書簡が残されていなければ、明治以降途絶えた造刀法も、復興しなかったのではないかと考えられています。これらの刊行本は、水心子正秀と知人、門人との問答や、書簡のやり取りを纏めて刊行された書籍であります。特に、【刀剣実用論】は水心子正秀在世中に発刊された物であり、其の内容は前編と後編があり、前編は正秀と越後高田藩の藩士【上田常徳】との或問と返答の書簡を編んだ書であり、編者は同門の一関藩士【武広安英】であります。後編は正秀と上毛安中の【石井定国】との間で答えた返書であり、門人の【松井貞英】が編んだ書籍であります。此の刀剣実用論は、私にとっては実に興味深い内容であり、私の刀剣に対する基本的な考えを醸成させることになった書籍でもあります。何回読んでも新しい発見があり、興味が尽きることがありません。一例を挙げれば、相州伝肌物等についてに、（之は問いに対しての答えですが）下記記述有り。肌物、銀筋多くあり候て、出来の見事なる作は、刃の柔らかなる故、一二三の胴の骨少なき所にかけ、乳割以上の骨多き所は容易にかけ申さず候。もっとも折々乳割なども試し候こと御座候ても、骨に当り候ては、兎角刃のまくれ候物多く御座候。然るに素人は是をも存ぜず候故、左様の出来をも称美いたし、差し料に致し候人少なからず候。左様なる刃味の物は、諸職人の遣い候道具などにては、一向用立申さざる物にて御座候。中略・・・・・もっとも、沸、匂いの深き物、影移り、銀筋等は下手鍛冶の仕得ざる事には御座候ども、刃味の為には害多く、益少なき物に御座候。他にも御紹介したい記述も多々あるのですが、後日機会があれば転記したいと思っています。過年の水心子についての記事は【​水心子正秀の遺言​】【​名工の心意気​】左記をクリックして御覧ください。書籍に掲載されている水心子正秀の肖像画を二枚アップしておきます。剣工秘伝志は、正秀が其の門人の修行が終わるとき伝授せる秘伝書であります。其の剣工秘伝志の中巻に、左右の片切刃造りに付いて、其の効用用途について記載があり、今では知る人も居ないのではないかと思い転載致しています。1、左切刃は、往古首切り刀に用いたりと云えり、首は罪人の左方より切る故に、顎に掛からずしてよしと云う。近世【文化、文政頃】この説を知りたる者少なき故、是を記し置く也。右切刃は、古来阿州海部より造り始めたりと云う。是を陣鉈と唱え、竹木を切るによし、軽率の指料として大に調法なりと云えり。江戸期、文化、文政時代でも、知っている者が少ないと云っているのですから、現代に至っては、もとより知る人ぞ皆無ではと思い記載しました。（注、左切刃とは刀を構えたときに左側になる位置、現代風に言えば差し表側です。）更に、興味深い記載があります。【造刀修行心得】の中に下記記載があります鍛刀するに於いて、上作，下作の区別を書いているわけですが、この中で焼き入れ時に於ける所作を、下記のように書き残しております。上作に於いては、冷水にて焼刃を渡し、少しも火気を当てず、砂打ちもせず、打ちおろしの時より刃味能く後世迄も能く切れ申し候。依って、砂打ち、或いは火気に当て加減致し候は下作にて、刃のこぼるる物の事にて候。この中で、砂打ちとは、打ち下ろし刀の刃を砂盛りに何百回と打ち付ける事により、刃先の脆い部分を取り去る事で､刃毀れせず斬れ味も良くなると云う理屈であります。私の理解の中では、刃物綱は焼き入れをした後には、必ず焼き戻しをするものだと思っておりましたが、此の秘伝書を読む限りでは、焼き戻しはしていないように読み解けます。幾度も繰返し同様な事を述べていますから、確固たる信念の元に記述されたのでしょう。焼き入れ時、水船の中で完全に冷却するのではなく、水に入れある程度の時間で出して、刀の自熱で焼き戻し効果を狙っているとも考えられますが、実際に其の様なことが可能なのかどうか、実作者ではない私では断定するのは難しい。出来ない事ではないとも思うが、詳細な記載は無く、口伝によって伝承されたのかも知れません。完全に冷却してそのままでは、硬すぎてかえって刃毀れの原因になりそうですが、まあ、其処に秘伝があるのかも知れませんが・・・機会があれば、現代刀工に此の点を聞いてみたいと思っています。他にも興味深い記載が多々ありますので、他日改めて記載際したいと思っています。

  2022.10.01

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• 古諺

  古い諺に、【学ぶに暇あらずと謂う者は、暇ありといえども亦学ぶ能わず】とある。忙しいから勉強している暇は無い、と云う人、この様な人は暇があったとしても研究せずに、刀漁りに専念するから、結果はゲテモノ集めになる。まず、学ぶにしかずであると良く言われます。故人となられた有識者がよく話されていたことですが、この様なことも仰っていました。書物から得た知識には脆さがあります。云うならば借り物、自ら体験して得た知識は血であり肉でです。之が一番有力で尊い知識なのです。正真物から得た知識は、偽物、贋物に対する有力な武装知識と云って過言ではありません。過日、刀剣の鑑定は知識を蓄えることで直感がはたらくと云った様な記事を書きましたが、此の直感が働くことを【ピン】と来ると言い換えることがあります。現在でも良く使われていますが、勿論、ピンとくる為には、長年の経験と知識の蓄積の裏打ちが必要とされます。此のピンとは、頭に反応が来ることを言っているのですが、他の言い方で【ピンからキリ】迄と使われることもあります。この場合のピンとは最上級を意味した使い方であります。興味を惹かれて、此のピンとキリの語源を調べてみますと、ピンはポルトガル語のpinta(ピンタ、点）の意からで、キリもポルトガル語のcruz(クルス　十字架、十字形の意）からだと云われているようです。日本では、賭博用語でサイコロの1の目をピンと呼ぶようになったため、此処から転じたとも云われています。キリは上段で記したように十字形から10を意味するので、ピンからキリまでとは、元々は1から10までの意味でしたが、今では最上から最低までと云うような意味で使われています。何気なく使っている言葉でも、本来の意味を知らないことの方が多いのかも知れませんね。

  2022.09.15

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  刀は白鞘、小道具は箱へ

  過日、表題の【刀は白鞘、小道具は箱へ】と云う言葉が刀剣業界にはある。と云う事を古い小雑誌から知った。【端的に言えば、拵え付きの刀で売却するよりも、刀は白鞘で小道具はバラバラにして箱にいれて売った方が高く売れる、と言う事らしいのですが・・・・古い拵えをばらしてしまうのは、勿体ない様な気がしてなりません。現在、箱に入って売買されている刀装具は、殆どが刀の拵えとして組んであった物と思いますが、どの様な組み合わせであったのか、今では知る事も出来ません。刀の拵えには所有者の意趣が如実に反映されており、之を観るだけで、其の武士の人格や教養の程が推測され、真に興味深いものです。現在でも寡少では有りますが、当時の拵えが伝来してはおります。しかし、大体が市場価格の低い鉄拵え、当時とすれば下級武士の実用刀と思われる拵えではありますが、本来武士の拵えとは、きらびやかな象眼を施した物では無く、質実剛健な頑丈一点張りの拵えでは無かったかと思うのであります。ひょっとして、現代有り難がっている、金、銀、赤銅金具を使った豪華な拵え等は、名字帯刀を許された豪商などの、裕福な町人指しに用いられていたのかも知れませんね？】刀剣商だけでは無く、刀剣愛好者に於いても、取り合わせにしてある拵えよりも、鍔なら鍔、縁頭なら縁頭と、刀装具単一で鑑賞する傾向がある。と云うのである。美しさとは、取り合わせの妙味でもあると私は思っていますが、小道具単体での鑑賞風潮は増しているのかも知れません。勿論、私も細密な縁頭や目貫の出来口には驚嘆する一人ではありますが、其れ自体を鑑賞するために購入する事はありません。あくまで、拵えを制作するための、一つ一つの金具として捉えています。現代では、刀は白鞘に入れて売買されるのが普通ですが、此の白鞘が何時頃から使われ出したのかはっきりとはしていないのですが、色んな文献を参考にすれば、江戸時代初期頃からではないかと思料出来ます。今でも、大名家の棒鞘とか柳沢鞘とかの言葉も残っておりますから、概ね間違いは無いのかと考えています。何の為の白鞘かですが、本来古い時代には【休め鞘】とよばれており、刀を帯刀せず保管しておくときには、もし塗り鞘に入れたままで発錆した様な場合などは、割り鞘も出来ず造り替える必要が生じることから、簡単に割り鞘が出来る休め鞘に刀身を納めて保管した訳であります。本来は、柄前は付けたままで鞘のみに入れ替えたようですが、古い時代の目釘孔の無い白鞘も残されていますから、希には、刀全体を現代のような白鞘に入れ替えていたとも思われます。又、帯刀する場合や、塗り鞘のまま保管する場合に於いても、刀身には油は塗っていなかったと思われ、古い塗り鞘に油が付いた痕が確認されないことも之を裏付けております。因みに、所蔵の現代刀【竹下祐光刀】には、此処20年以上油は塗っておりません。油を塗って何日か経ってティッシュで拭うと、何故か薄錆様の物がティッシュに付着した為【何回か）、以降、刀身はネル布で拭うだけにしています。頻繁に刀身を拭っているわけではありませんが、現在まで錆の発生はありません。旧幕時代に於いても、同じように刀身は拭うだけで有ったのでしょう。少し表題から離れた記述になりましたが、現代の日本では、日本刀其の物の愛好よりも、精密に造られた小道具単体で楽しむ傾向が増えたと前段で記述しましたが、私もその様な風潮は感じております。現在では、日本刀を持ち歩くことも危険視され、何かと憚られる情勢ですので、気軽に美術工芸品としての刀剣小道具を愛好する方々も、増えているのではと考えてもいます。多くの刀剣を所有しようと思えば、金額的にも容易ならざる額になるでしょうが、小道具の小品ならば、例えば目貫ですが、十二支を集めたとしても金無垢以外なら、日本刀一振り位の価格であつめられるのでは無いでしょうか。最近は、特に外国人の方々に小道具愛好家が増えたとも聞き及びます。精緻を極めた名作は、鑑賞する度に新しい発見がありその度に驚嘆することもしばしばです。金工としての位列は高くはないのですが、所蔵の海老の縁頭、目貫を参考のためアップ致します。もう30年以上前ですが、此の二所物は、懇意にしていた研師が所蔵していたのですが、研磨依頼に伺ったときに、面白い二所物が有りますよと見せられた逸品です。一目で気に入り割愛をお願いして譲り受けた物です。過去にも写真は掲載しておりますが、此処まで精緻に彫り上げた海老の図は、今まで見たことがありません。【特に縁頭です】拵えに使いたいと思ったのですが、実用刀には使い切れなくて保管したままになっています。金工名鑑には記載がありますが、殆ど知られていない工人です。銘は【不料軒敷猶　ふりょうけん　のぶなお】と読むのですが、皆さん殆どの方が御存知無いでしょう。江戸後期、奈良正敷【なら　まさのぶ】の門人だと名鑑にはあり、詳細は記載してありません。名も知らぬ工人でさえ、之ほどの精緻な作品を残しているわけですから、名人上手と呼ばれた人達の作品はどれ程の物か、想像するだに恐ろしささえ感じています。縁は昼夜仕立てになっていて、裏側は漆黒の赤銅で海老を据紋、象眼で仕立ててあります。今回も話があちこち飛んで、纏まりの無い文章になって申し訳ありません。思っていることはまだまだあるのですが、次々書くと収拾が付かなくなる恐れもありますので之ぐらいでご容赦下さい。朝晩は大分涼しくなりました。季節の変わり目は体調を崩すことが多いですから、皆様もご自愛下さいますよう願っています。

  2022.09.01

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• 日本刀は美しいか

  又、何時もの暑い季節が巡ってきました。この時期には、広島、長崎の惨禍を思い浮かばずにはいられません。我が家でも、叔父が学徒動員中、若くして広島の原爆により戦死しました。もうあれから77年も経つんですね。私は戦後生まれですから、実際の戦争の記憶はありませんが、祖母が良く戦争の話をしてくれました。叔父が広島で亡くなったことや家の近くに焼夷弾が落ちたことなど・・【巡り来る　何時もの夏に　祖母の声】そんな事を思い出しながら愛刀の手入れをしています。最近日本刀は美しいと言う言葉を良く聞く。私も反りのある優美な姿や刃紋等には美しさを感じています。しかし、あまりに美しさばかりを強調されると、あまのじゃくな考えかも知れませんが、私としては違和感を感じざるを得ません。確かに、日本刀には美的要素は存在します。反りの美しさや、刃紋の沸、匂いの状態等が該当しますが、日本人は、元々反りのある物には美しさを感じるようであります。例えば、建物の屋根の反りは、美しさを増幅させるのではないかとさえ思っています。只、日本刀其の物が美しいかと聞かれれば、其れは少し違うのではないかと思っています。日本刀は工芸品であって、用を目的として生まれ、改良されながら現在に至っています。其れも、日用雑器ではなく、武器と云う人を殺傷する特殊な目的を持って誕生した特殊工芸品であり、現代の観るを主体にした美術品とは、本来は対極にある【【肉を裂き骨を断つ】為の道具であります。決して、鑑賞を主目的とした物では無いのは既にご承知だと思います。では、何故刀は美しい物と云いたがるのか、其れには根本的な理由があります。終戦直後、米軍からの刀狩りを逃れるため、方便として刀は美術品だと抗弁し、之が現在まで及んでおり、美術刀剣の名称が定着した事は、やむを得ない事だと考えています。又、武器であるにもかかわらず、鉄という素材を鍛錬、焼き入れ、研磨する事により、多分に美的要素も備えており、更に著しい光輝性を発揮したことも理由の一つと考えられます。私は日本刀が美術品であるとは思っておりませんが、反りのある姿や端正に焼かれた刃紋等には、美しさや見事さを感じることは当然としてあります。過去その様な記事を掲載してもおります。上段の記事とは相反しますが、何故この様な表題で語っているかと申しますと、日本刀は美術品だと殊更に云われていることに非常な違和感を感じており、観るだけ工芸品に成り果ててしまうのでは無いか、との思いを巡らしているからであります。現代刀工も殆どが、刀は美術品であると語っており、その様な認識であるのでしょう。従って、表面的な美しさに拘るばかりに、【日本刀の本質】を備えていない、ガラスの様な脆さを露呈する結果となるのでは無いかと危惧しています。使うことを考えない刀造りで良いのか、と問いたい気持ちもあるのですが、平和慣れした現代では耳を貸す人も僅かなのでしょう。残念ですが・・・・現在2団体で実施されている現代刀の作刀技術審査ですが、観るだけ審査では無く、試し斬りも一緒に実施すれば良いのにと常々思ってきました。巻き藁の中に青竹を巻き之を何回か斬ってみて、其の結果を踏まえて総合的に順位を付ければ良いのではと思うのですが、現実では難しいのかも知れません。【藁の中に竹を入れることで、刃肉や平肉の付け方も工夫がいりましょうし、刃先の硬さにも目を向ける必要が生じるでしょう】反面、日本刀は危険な刃物として認識されているのか、銃砲刀剣類として登録を余儀なくされてはいるのですが・・・・刀が鑑賞の対象とされたのは、天下泰平が続いた江戸中期以降からと考えていますが、【古い時代の絵巻物にも刀剣鑑賞の図等があるにはありますが・・】特に鎌田魚妙の新刀弁疑が発刊されて以降では無いかと考えています。天下泰平が続いた江戸時代であるからこそ、地肌の細やかさや刃紋の華やかさを賞美鑑賞したのであります。闘いに明け暮れる時代に於いては、折れ曲がりせず良く斬れ戦闘に耐え得る刀で有れば、例え地肌や刃紋が無くとも良しとしたのであろうと思っています。確か、水心子正秀も刀剣実用論に同じ様なことを書いていたと記憶しています。近年に於いても刀剣と歴史を主催されていた【高瀬羽皐】氏も同雑誌に同様な記載があります。私としては、もうそろそろ、戦後の米軍からの呪縛を解いても良いのでは無いかと思っていますが、其の為には、美術刀剣と言う呼び方から脱却する必要があると考えています。日本刀には、美術的な見所も多いことは前段で記述した通りです。日本刀の本質【折れ難く､曲がり難く、刃毀れし難く､よく斬れる】を備えながら、美しさも又兼ね備えた日本刀であって欲しいと願うばかりです。この時期には、刀についても色々と思い巡らすことも多いのですが、平和な現代に於いては、専ら観るだけ刀剣としての鑑賞が主たる目的ですから、実用云々を語るのは正鵠を得ていないのかも知れません。私も、現在では据え物斬りもしておりませんし、専ら観るだけ刀剣になってはいますが、地肌や沸、匂いを観察しながら、此の刀はいざという時役に立つのか等と考えてしまいます。思いつくまま色々書きすぎましたかね。纏まりの無い文章になり真意がぼやけたようになって申し訳ありません。拙い記述の中の真意をくみ取って頂き、読解頂きますようお願い申し上げます。

  2022.08.15

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• 伝来

  刀剣の愛好者に限らず美術工品愛好者なら、其の物の今日までに至った歴史的経過には、強い関心を抱くのは当然と思われます。つまり其の物の、氏、素性、由緒が知りたいのであります。在る有識者も語られている事ではありますが、著名な大名家に伝えられた物や、誰もが知る武人が佩用した刀等であれば、なおさら関心が強まるのであります。物の真贋に関わらず、物の本質に関わりなく、其れによって価格まで吊り上げられるのであるから、欲に絡まれば何と人間は弱い精神性を持ち合わせているのかと思うのである。勿論私も含めてのことだが・・・伝来を尊ぶ心情は理解できるのであるが、只、問題は其の伝来が真実であるのか、創られた伝来であるのかであります。明治以降、大名家から放出された刀剣は殆どが在銘品であったが、中には磨上無銘刀も少なからず存在しており、其れに便乗したと思われる、○○家伝来とか××家伝来等と鞘書きされた白鞘をよく見るのである。然も、此の鞘書きは戦後昭和30年代以降に書かれた物が大部分であることに気付く。明治から戦前にかけて鞘書されたと思われる物は、極めて寡少と云っても過言ではないと思われるのであります。鞘書された伝来が真実かどうかは、最初に登録した人物を調査すればある程度は判明すると思うが、現在では個人情報の開示は難しくなっているので容易ではない。【旧大名家の当主とか希に家令の名前で登録してあれば伝来は肯定できる。更に登録番号の早い物が、大名登録と呼ばれ喜ばれるようですが、之は戦後刀剣の登録審査が行なわれたとき、所蔵刀剣の多い旧大名家等から実施されたことに由来する。】但し、大名家や武家に伝来した刀と雖も、全てが名刀、良刀であるわけではなく、偽銘刀や作為的な無銘刀も多く、当に玉石混合と云っても憚りでは無く、伝来のみや捏造された鞘書等を信じて求めることは、危険極まりなくお勧めしかねます。単に鞘を汚すだけの鞘書は、厳に慎むべきであろうかと思料しています。伝来刀の記事を書いている時ふと思い出したが、在る愛刀家の所蔵刀に指定物件の長船兼光が在ったが、其の兼光刀の白鞘には必ず荷札が付着していて、其の達筆文字が表に【厳禁鞘書】裏に【鞘書その他、濫りに之に手を加振ること禁ず】との護符？がついていたとか。鞘書とは鑑定書と同等の責任のある行為、之は江戸時代初期の常識。鞘書とは目糞鼻糞が付いたこと、之は現代の常識・・・・だそうである。余談ですが、私の所蔵刀に伝来のある物はありません。殆どが新刀、新々刀の郷土刀で、位列としては下位の刀工の刀ですから、伝来が付くほどの高位の武家の佩刀にはならなかったかも知れませんが、高位の武士の腰の飾りでは無く、下級武士の佩刀ではあっても、実戦に耐えうる実用刀で有ることが好ましく大切に保管しています。只、新刀、新々刀と雖も100年～200年は経過しており、其の期間何人かの人々によって護り伝えられて来たわけですから、その事だけでも伝来と言えるのでは無いかと密かに思っています。又､少し脱線しましたかね。伝来刀の話が鞘書の話になってしまいました。関係が無いこともありませんのでご容赦下さい。昨今は、気候のの変動も著しく､加えてコロナ感染者も急増しているようです。私も未だに引き籠もっておりますが、皆様も体調には充分留意されお過ごし下さい。

  2022.08.01

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  引き籠もり鑑賞【其の七】愛刀を観る

  伯州住秀春　慶応二寅八月日　2尺5寸四分此の伯州住秀春は、刀剣柴田発行の通販誌【麗】に、昭和44年5月掲載された刀です。当時の価格は、拵え付きで三十万円でした。同じ５月号に掲載されていた、固山宗次の弟子である（一関士宗明）の刀が白鞘で六十万でした。比べてみても、地方の無名の刀工の刀は安値であることが解ります。多くの刀剣を扱っていた刀剣柴田の柴田光男氏であっても、当時伯州住秀春刀工の事は殆ど解ってはいなかったことが、此の解説文でよく解ります。作品の少ない一人鍛冶であろうかとも推測しています。秀の字の名乗りや匂い出来の作風から、水心子系の刀工と推測されているのは流石と思えます。現在でも、中央での知名度は此の時代と大差はないと思われますが、只、強靱な利刀としての知名度は其れなりにあり、知る人ぞ知る刀工といえます。同時期に【因伯の刀工と鍔】と云う書籍が、日本刀剣保存会鳥取支部より発刊され、この中で伯州住秀春刀の押し型や経歴が紹介されましたが、伝承として伝わった事柄は誤った部分が多く,正確な検証がされないまま長く信じられてきました。つい最近、秀春の御子孫のご努力により、真実と思われる事績が判明し、此のブログでも一連の事象を記載致しました。興味がございましたら、五回に渡って【伯州住秀春の研究】と題して記載していますから御覧ください。私の所蔵している伯州住秀春刀の中で最も長寸の刀です。私が此の刀を入手したのは、昭和44年ではなく今から7～8年位前だったと記憶しています。在る刀剣店から売品として出ているのをみて購入を決めました。半世紀近く、何処に嫁入っていたのか知る由もありませんが、造られた当時のまま伝えられたことは、何よりの事だと思っています。（位列下位の刀工の作は。銘が改竄されることが良くあります）拵は麗に記載されているそのままで、幕末当時の物でしょう。刀身は入手後研ぎ直しをしています。反り高く太刀の面影を残し、とっぺい風の鞘に収まっています。姿は尋常ですが、鋒の鋩子は深く焼き松葉先は張らせています。鋒の損傷を考慮した所作であろうかと推測しています。

  2022.07.15

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  おそらく造り

  おそらく、こんな姿の短刀は無いであろう。と云う意味で【おそらく】と刻されたのであろうと推測されています。幕末の清麿のおそらく造りが著名ですが、本歌は末古刀期の島田助宗のおそらく短刀であります。短刀の長さ半分以上にもなる大鋒が特徴です。此の大仰な姿で人気があるようなのですが、本歌の助宗は武田信玄の右手指しと伝えていますが、どの様な場面で是を使用するのか私にはよく解りません。一軍の大将が組み討ちをするわけでは無いでしょうから、万が一の事態を想定しての準備でしょうか？組み討ちで首を掻くのであれば、末備前の諸刃短刀が機能的にも優れておりましょうし、類例が多く残されている事からもこの事は肯定されます。此の姿が機能的に優れていれば、他にも多く残されているのでしょうが、此の助宗のおそらく以外は類例を殆ど見ません。戦の仕様が変化し、個人戦から団体戦に変化していったからかも知れません。短刀の場合は、圧倒的に平身の造り込みが多く、武士の常指しには短刀は使用されません。小さ刀拵えの中身として短刀が使用されることは有りますが、多くは婦女子の護身用としての懐剣に使われることが多いようです。平和な江戸時代に於いては、此の短刀の制作は激減し、再度短刀が制作されるようになるのは幕末の動乱期迄待つことになります。幕末に至って、著名工達が此のおそらく造りの短刀を制作していますが、清麿に代表される大鋒の豪壮な体配が、時代の趨勢（すうせい）に伴い好まれたのかも知れません。現代に於いてもすすどし姿が好まれているのか、現代刀工も良く此のおそらく造りの短刀を制作しているようです。大鋒の体配は多くの人に好まれる姿ですが、最大の欠点は鋒の重ねが薄くなり折損し易いことです。敵に致命傷を与えるのは、斬るよりも突く方がより効果的であることはよく知られています。突く事を主眼とした刀の姿は、寛文新刀に代表される、反りの少ない先幅を落とした鋒の大きくない（小鋒に近い）体配であります。平身の短刀の場合、鋒にふくらを付ける事で、折損防止を図っているのでは無いかと私は考えています。ふくらの枯れた鋒は鋭利さを強調していますが、折損し易いことは確かです。余談ですが、オークション等では、鋒が折損した為刃が抜けて、横手を下げたと思われる刀が良く出品されています。刀が最も損傷し易いのは、鋒から物打ちにかけてですから、鋒の刃が抜けていれば商品価値は大幅に下がり、店頭では売りにくいことは間違いありません。其の為なのか最近特に目立つように感じています。重美の清麿が描き帽子だとの噂も昔から有りますし・・・おそらく造りの話が又脱線してしまいましたが、珍しいおそらく造風の小刀が手元に有りますので、写真をアップ致します。一応小刀では有りますが、両面研磨して沸が暴れています。相州伝清麿を狙っての作刀でしょうかね？小刀にしてはよく出来ていると思っています。鞘には納まりませんが・・・

  2022.07.01

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• 鑑定刀

  過去、此のブログで、刀剣美術誌の誌上鑑定刀を、自らの所感ではありますが何年か記載しました。誌上鑑定は、其の刀の特徴が記載されており、知識と経験に基づくならば、大体に於いて当りが取れるものであります。そして、刀剣会に入会して刀剣研究会に参加すると、鑑賞会を兼ねて入札鑑定が良く行なわれています。此の入札鑑定に出される刀も、大体が知名度の高い刀工の作が選ばれているようです。言い換えれば、当たる物を選んで提供してあるわけですから、当たるのが普通というわけであります。但し、誌上鑑定と異なり、鑑定刀の特徴は自分の目で見て判断して、知識と経験の積み重ねを駆使して、該当刀工を探って行くわけであります。とは言っても、実刀を見ての鑑定は、似た様な刀は無数にありますから、私などの未熟者にはなかなかの難儀となります。ある有識者が、此の鑑定刀を医者に例えて解説されており、解りやすく興味深いので転記してご紹介致します。随分昔の記事で、現在の日進月歩の医療技術には該当しないかも知れませんが、あくまで鑑定刀に関しての解説であるとご理解頂ければと思います。どんなヘボ医者でも治るべき病人は治る、其れは、人間の身体には自然治癒力と云うものがあって、早く云えば、放って置いても治ってしまうのが治るべき病気なのであって、医者の効果は、其の治癒の時間を少し早めるところにある。当たるべき材料を提供してあるのは、治らぬ性質の病人を治せと医者に迫るのとは違って、観察を充分にしなさい、過去の経験を知識として生かしなさい、そうするなら必ず当たるものですよ、と言う材料をお見せしているのである。絶対に当たらぬ研究材料は山ほどある、是を教材として提供することは、治らぬ病人を治せ、と迫るのと同様なのである。治るべき病気を治したからと云って、得意満面、有頂天になる医者がいたとするならば、その医者は素人に近いヘボも最高の資格医者であろう。事実その証拠に、有名刀工の変作【常に見ぬ異例の刃紋を焼いた刀剣】を出すと必ず悲鳴があがる。（こりゃ、分りっこない）（是は当たらないのが当たり前）等と、自らの研究不足を棚に上げ、方言する人々が多いのが実相である。私感ですが、昔から、初心忘るべからず、初感用いるべし、と云う言葉がある。知識があっても直感が乏しくては、物事の正しい判断が下せない、と言う意味で使われるのだが、経験と知識の積み重ねで、此の直感力も養われるのだろうと思っています。要するに、鑑定刀に出されるような刀は、著名刀工のしかも典型作が多いのであって、過去の経験【観刀）や知識をフルに活用すれば、当たるのが当然であると語っているのである。但し、巷にあふれている刀剣は、上記したような物は限りなく少ないのであって、鑑定会で成績が良かったからと言って、直ぐに刀剣の鑑識が出来る物ではない。似た様な刀剣は幾らでもあるし、有名刀工作であっても典型作でない刀などは、プロの鑑定家をしても容易に判別出来る物ではないとも、私は感じています。刀の趣味は別な言い方をすれば、失敗の連続であるとも言えます。其れは贋物という恐ろしい鬼が待ち構えているからであります。此の鬼を回避するため、多くの刀を見て知識と経験を積み重ね、刀の鑑識を学ぶわけですが、其の鑑道とも云うべき道は、果てしなく困難を伴う道程なのである。似通った刀は無数に有り、刀身の研究に加えて、茎仕立て、銘の研究が不可欠であり、又求められているからであります。更に、昔から窃盗、強盗、骨董等の三とうに気をつけろとも云われてきました。刀剣を扱う骨董商には何かと問題のある人も多く、正に前門の虎、後門の狼にも例えられましょう。鑑定刀の話をしていたのに、少し脱線しましたかね。ご容赦下さい。此のブログを書いていたら、丁度刀剣美術六月号が送られてきました｡この所、誌上鑑定には応募しておりませんが、直感ですが南北朝期の長谷部一派か、との感触でしたがどうでしょうかね？

  2022.06.15

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