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カテゴリ:アメリカ生活の日常
先日、「不安の正体とその克服」ということで日記を書いた。 その中で、不安というのは分からないこと「未知」への恐怖である、というようなことを書いた。 そうしたら、たまたまそれが現実になってしまった。 土曜日ごろから、右わき腹が痛い。 ちょっと筋肉痛のような感覚なのだが、筋肉痛になる原因も思い当たらない。 まあ、二、三日すれば直るかな、と思って日曜、月曜とすごしたけれど、火曜の今日になっても痛みがひかないどころか、気のせいか少しひどくなっている。 さて、こうなると、この辺にある内臓はなんだっけ?と考え始め、すい臓?肝臓?胆嚢? こういった痛みはどんな病気がもたらす可能性があるのかな?などとすぐ調べてしまう。 調べて、あ、これだ、と分かれば少しは安心するのだが、調べてもどうもわからない。 下手に妻に話すと、「あ、それXXの癌だ!」とか、何でもかんでも、すぐ「癌」にされてしまうし・・・・ 自己診断リストなどもあるが、これだとどれでも当てはまってしまいそう・・・ ということで、「なんだかわからない」から、という「不安」が芽生え、この不安を思い込みで押さえ込むよりは、やっぱり、医者に行ってはっきりさせたほうがいい、と医者に行ってきた。 問診のあと、やっぱりきちんと調べましょう、ということでレントゲンに加え、超音波診断までした。 疑わしいのは、やはり肝臓と腎臓らしいのだが、どちらも全然異常なし。肝臓の血流が集まるところが詰まることがある、ということだったが、そこもきれいで問題なし。 結局、肋骨と肋骨の間にある、何とか言う(英語で言われたのでよくわからなかった。^^;)ところが、何かの衝撃を受けると傷んで、そらが数週間続くことがある、ということで、たぶんそれでしょう、ということになった。 とりあえず、完全に確定できたわけではないけれど、少なくとも内臓系の異常ではない、ということだけが確認できただけでも、当初の「不安」はさっとなくなった。 やっぱり、不安を退治するには、分からないことを「分かる」状態にするのが一番だなあ、と、先日の日記ではないが、思った次第。 また、感情は現実を呼び寄せる、という話もある。この場合は、「不安」をずっと抱え込んでいると、その「不安」を現実化させることがある、ということになる。 その意味でも、不安は抱かないに越したことはないが、抱いたとしても、それを早急に打ち消す行動を取る、というのが現実的なんだろうな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.09.22 06:14:52
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