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四方山話に夜が更ける

四方山話に夜が更ける

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July 9, 2008
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カテゴリ:恋愛小説

 

  街にはまだ正月の雰囲気が残る金曜日の午後だった。ホテルのロビーに着くと、

 バッグの中から携帯を取り出して、蓮の携帯に電話を入れる。思いがけず着信音が

 鳴ったのは、私が立つ入り口からそう離れてはいないソファに腰掛けるひとりの男性の

 携帯だった。背の高い細身の男性は立ち上がって私のほうへ歩み寄ってきた。

 

 「立花琉夏さんですね。蓮の兄で、長谷川浩一と申します。今日はわざわざお呼びたて

 して申し訳ありませんでした」

 「いえ、とんでもないです。私のほうこそ電話をいただいて感謝します」

 

 頷いた蓮の兄は八歳ほど年が上だと聞いていたが、疲労でやつれたこの顔は、彼の

 年齢よりもずい分上に見える。

 「コーヒーでも飲みましょうか」

 私は、コーヒーラウンジに向かって歩き出した浩一の後に続いた。

 

 「顔色、あまりよくないね。大丈夫ですか」

 それはあなたも同じです・・・と言いかけて、私は苦笑した。

 「大丈夫です。できればお話をすぐにでも聞かせていただきたいです」

 浩一は私の目をまっすぐに見て頷いた。

 

 「まずはね、琉夏さんにお見せしたいものがあるんです」

 浩一が荷物の中から取り出したのは、蓮のカメラだった。それは私が見覚えのある

 カメラで、蓮が日常、街中で写真を撮るために持ち歩くカメラだった。

 

 「ホテルの三階に残されていた蓮の荷物はスーツケースとこのカメラがひとつ。大きい

 カメラバッグの中にはカメラは残されていなかった」

 お兄さんに買ってもらったと言っていた大きいほうのカメラは、たぶん、蓮が持って

 でかけたのだ。

 

 「あの・・・このカメラの中、見てもいいですか」

 

  小さなカードチップの中には、クリスマスの時に撮った思い出の写真が現れた。それは

 タバコをくわえたドルチェのマスターの写真だったり、ビールを運ぶ私の後姿だったり、

 顔の赤い身体の大きな外国人に抱きしめられている子供のような私の姿だったり。

 一枚、また一枚とカメラのモニターに映し出される写真を送っていくと、突然私の知らない

 南の町の姿が映し出された。

 

  小さな家が並ぶ車道にまっすぐにどこまでも伸びる電線。肩を並べて笑顔を振りまく

 地元の子供たち、切り出しの木材とやしの葉で作られた小屋には無造作に並べられた

 野菜や魚が見える。どの写真にも活気が溢れ、蓮がその場所を歩いていた状況が目に

 浮かぶようだ。

 

  夕暮れをバックに沈みゆく太陽をみつめる小さな少年のシルエット。すっかり陽の暮れた

 テラスで、髪に花を飾ったウエイトレスの女性の笑顔にきらきらとかがやく松明のあかり

 が映っている。女性のウエストの曲線がとても美しい。その画面を心に刻み込むことが

 できる素晴らしい写真で、そのどれもがとても蓮らしい写真に思えた。

 

  市場は蓮とふたりで歩くはずだった。

  この濃い紅の夕日は蓮と一緒に見るはずだった。

 

 「あちらの様子、聞かせていただけますか」

 

                                                  つづく

 

 






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Last updated  July 9, 2008 01:56:31 PM
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