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テーマ:鉄道(23033)
カテゴリ:カメラ画像入り確定レポート
★本稿の初出時の記述に誤りがありました。追記修正いたします。喜多山栄さん、ご指摘ありがとうございました!。★ さくさくと続けてしまいます。今回から飯田線レポートです。 豊橋駅で撮影した飯田線の始発電車です。119系電車が使われていました。全線殆どこれだけです。 車内はこんな感じです。セミクロスシートの3扉です。一昔前には良く見られた近郊型の配席です。近郊型は新しいのが余り出ないので、消えていく形式なのかも知れないですねえ。セミクロスが今後の主流になるのでしょうか…。 飯田線は長い線区ですので、当然便所がつきます。いや、当然ではありませんね。便所無しの編成もありますから。 便所の前の座席です。微妙な配置です。 さて、出発です。飯田線というと、大昔は旧型国電が走っている路線でした。旧型国電の聖地だったのでございます。現在はその面影は殆ど残ってませんけど…。 最初のうちは豊橋市内から静岡県の浜松市内に入り、ぐんぐん標高を稼いでいきました。言い忘れておりましたが、始発電車は天竜峡行きでした。 中部天竜駅の構内での撮影分です。静岡県浜松市内ではありますが、もうすっかり山岳駅という風貌でございました。 JR東海の標準塗装です。どうも好きになれません。何と言うか…、芸が無いのです。国鉄からJRに移行した時期の混乱した雰囲気が残ってしまった感じがします。 中部天竜駅の本屋の中に展示されていたタブレット閉塞器です。もちろん、現在は使用しておりません。自動閉塞化されていました。 中部天竜駅に隣接して、佐久間レールパークと言う鉄道博物館(鉄道テーマパークかなあ)が設置されています。残念ながら冬季休業期間でした。ここにはもう一度こなければなりません。 119系電車の所属表示です。「海カキ」でした。へええ、結構遠いところに本籍があるんだなあ、と思いましたです。はい。 中部天竜の次の駅の佐久間駅です。こんなところも静岡県浜松市なのです。町村合併恐るべしですね。市町村表示が新しいです。 佐久間と言えばダムでございますね。戦後復興のための電源確保のために建設された天竜川水系ダム群がお出迎えです。この辺りから完全に山岳路線の雰囲気になってきます。 ダム湖と川が交互に出てきます。いい雰囲気でした。 飯田線の来歴は割りと有名ですが、元々は →飯田線は四社の私鉄が集合して形成されました。 →喜多山栄さん、ご指摘ありがとうございました。 「電源地帯」を走る路線ですので、戦前から電化区間だったようです。こういう所は、日本海側の電源地帯である富山県に似ているかもしれません。 私鉄 天竜峡谷を遡っている間は、民家も少ない地域を走っていきます。結構楽しい車窓なんでしょうねえ…。晴れていればですが。私が乗った日は残念ながら、高原らしくガスが出ており、車窓は冴えませんでした。 最初の列車の終点の、天竜峡駅に到着です。 天竜峡駅で、次の列車に乗換えです。次の列車はワンマン運転の119系5000番台でした。 【本日のマイレージジャンキー的な成果】再掲 クリーニング(JCB) 10×1.5倍=15マイル(NH) JR東日本(JCB) 7×1.5倍≒約10マイル(NH) ポプラ(EDY) 4×2=8マイル(NH) Ampm(EDY) 3×2=6マイル(NH) 良ければ一票お願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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