「こちら……奥方様?」
「おいっ誰か高杉さんに知らせろ!この人ら奇兵隊の女中さんじゃろ!?」「医者じゃ!医者も呼べ!!」 大事になりだして先鋒隊の二人は分が悪くなった。急いでその場から逃げようとしたから三津はすぐさま一人の足に縋りついた。 「クソっ!離せっ!!」 「セツさんに謝れっ!!謝るまで離さへんっ!!武人さん馬鹿にしたのも謝れっ!!あんた達のどこが武士よ!自分達の地位をひけらかす為だけに刀抜くような奴が武士なんか名乗るな!!そのひと振りに何の信念もない癖に!!罪のない人傷付けるしか脳がない癖に!!」 「ふざけんなよ!この小娘がっ!!」 男達は離せ離せと三津を蹴る。それでも三津はしがみついた。吉田もまだ取り返せていない。 「我々を愚弄した事も後悔させてやる!お前みたいな平民が気安く触れるな!!」 男はとうとう刀を抜いた。だが周りも死にたくないから流石にこれを止める勇気はない。今にも振り下ろされそうな刀を誰もが青ざめた顔で見ていたその時,先鋒隊の二人が凄まじい勢いで体当たりを受けて吹っ飛んだ。 「お前こそ私の妻に気安く触るな。」 息を荒くした桂が三津に刀を振り上げた男を取り押さえた。桂に馬乗りにされ,自分の刀を首に当てられていた。もう一人の男には伊藤がのしかかり,首を締め上げられていた。 何が起こったのか分からなかったが助かった。三津はすぐさまセツの元に駆け寄った。「セツさんセツさん……。」 泣きながらごめんなさいと謝る三津にセツは穏やかな笑みを見せた。 「大袈裟に叫んでごめんね。半纏のお陰で大した傷やないわ。もう血も止まっちょる。私は大丈夫。」 セツは驚かせてごめんねと三津の頭を撫でた。自分より三津の方が痛々しい。綺麗な黒髪は短く散切り頭になってしまった。 「こんなおばばの為に泥々……。着物も割かせてごめんねぇ……。」 三津はぶんぶん首を振った。髪なんて伸びる。着物だって替えはある。誰かと出るべきだったのに自分が問題児なのを忘れてセツを巻き込んでしまったのが申し訳なかった。命に関わる怪我でなかったのが救いだ。三津は涙を拭ってセツについてくれている見ず知らずの人達を見上げた。 「すみません,もう少しついていてもらえますか?」 三津はお願いしますと頭を下げてから桂に取り押さえられている男の前に立った。 「その脇差返して。セツさんに謝って。武人さんにも謝って。」 「わっ悪かったっ!許してくれっ!」 男は三津の前に吉田を差し出した。三津はすぐに吉田を拾い上げて胸に抱いた。謝った男の歯がガタガタなっている。無理もない,尋常じゃなく殺気立った男の下で身動きが取れず,首に当てられた刀は少し食い込んでいる。じんわり痛みを感じているんだろう。 「私は許さないよ。私の妻と知っての狼藉だろう?赤禰君から忠告を受けてたはずだ。今すぐこの首を斬り落としてもいいんだぞ。」 これは私でも止められないと三津が思う程,桂の目が怖かった。ちらっと伊藤を見ればこちらも首の骨をへし折りそうだ。男達は助けを求めるように三津を見上げた。三津はそんな二人を呆れ顔で見下ろした。 「おいっどけっ何の騒ぎじゃ。」 そこへ騒ぎを聞きつけた奉行人達がやって来た。どうせくだらん痴話喧嘩だろうと面倒臭そうな顔で人混みを掻き分けて来たが現場を見てぎょっとした。 「きっ木戸様!?これは一体……。」 騒動のど真ん中に政務を担う男が居るとは思わず目をひん剥いた。 「この二人が私の妻に狼藉を働いてね。奇兵隊の女中にも怪我を負わせた。」 桂は三津に視線を寄越した。奉行人達は視線の先を辿って散切り頭の三津にまたぎょっと目を見開いた。 「こちら……奥方様?」 三津はどうも妻ですと会釈した。ここで妻を名乗る羽目になるとは。 「この二人に髪を切り落とされまして。」 三津は投げ捨てられていた髪を拾いに行ってこれ私のなんですと奉行人達に見せた。 「これは死に値するだろう?」 激光生髮帽 桂の目はやる気だ。