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【伊那谷の十字墓】
前述の十字墓と同じ所に並べられていました。はっきりとした十字が彫られているのですが、〇の中にギリシア十字が彫られていると考えるべきなのか、それとも司教十字が彫られていると考えるべきなのか、タイムマシンでもない限り断定することは難しいだろうと思います。
今、24日に撮った写真を分類し終わりました。特に、午後から訪ねたところは、また出掛けてこようと思っています。まだ他にも何か残っているだろうと思います。時間をかけて、一つ一つの市町村を歩き回る以外に、こうした研究の方法はあり得ません。そして不杉菜ことなのですが、この墓地に並べられている墓石やこうした十字墓はすべて、キリシタン方位角を向いています。そして、このお寺の本堂も、隣にある神社も同じ方向を向いていました。
こうしたことに関する史料が見つからなければ、歴史学では「詳ならず」で終わってしまうのでしょうが、歴史研究はそれでは納得しません。神社やお寺の向きを決めるのに、一体どの様な原則があったのか。近年になって建てられた靖国神社でさえ、あの向きに建てられたのには理由があります。
会津の場合、あまりにもその数が多いので、偶然その向きに建てられたとか、地形の関係でその向きに建てられたとは言えません。田圃の中に建てられている神社が、キリシタン方位角を向いていることもありますし、方位12度方向を向いている稲荷社もあります。少し休んだら、昨日撮った写真を分類します。2日間で1000枚以上の写真を撮ってきました。