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テーマ:街の史跡・像(33)
カテゴリ:出せない手紙・架空の手紙
鹿児島市の中央を流れる川を甲突川(こうつきがわ)といいます。 甲突川には五つの石橋がかかっていました。 江戸時代薩摩藩の事業です。石工岩永三五郎の仕事です。 150年間現役の橋だったのです。 私たちはいつも歩いて渡っていました。 なじみの深い石の橋です。 93年の水害でふたつの橋が完全に崩壊して流れされてしまいました。 三つの橋が残されました。 西田橋と高麗橋そして玉江橋です。 残った三橋な移設して復元され永遠にその形を残すことになりました。 石橋記念公園ができたのです。 西田橋は懐かしい橋です。 これらの橋はどれもこれも生活区域の橋でした。 たくさんの思い出たちが渡った橋です。 これが現在の西田橋です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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