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こんな私でも、ブログで知り合い、心配してくれる人もいるので、現状を時々、更新していこうと思います。
今は、まだ平常心になれなくて、泣いてしまうので、コメとかできないけれど、応援してくれている気持ちをいつも受け取っています。 本当に、ありがとうございます。 こんな私でも、ここがあるから、助けられている気持ちがあります。 見えなくても、助けてくれる心を感じています。 ありがとう モヤモヤした悲しい気持ち・・・の結末。。。は、、、 いつもと同じ様に、月に1度の実家へ訪問した 9月。。。 先週から父から、用があるから実家に来てくれ、と留守電が入っていたけれど、用事が重なっていて、行けなかった。 行った午前中に、何気ない会話から 「愛せない子もいる」と母から言われた。 今までも数回、ときどき言われていた。 その度に、世間話として、〟小さい時に他の人に預けると愛せないと言うよね、〟なんて、世間話をしていた。 でも、その時、私のことを言っているのだと気が付いた! (私にとっては、何て恐ろしいことを平然と言っているの! という感覚だった。 ) その場に居た堪れずに、父の話を聞きに言った。 相続の話だった。 父は、前々から自分の残した資産が、自分の偉業の生きた証なので、自慢でならなかった。 そして、お百姓さんの家で育ったので、土地を分散せず、長男に譲るのが当たり前だった。 父には、不動産しか遺産はない。 父は常々、弟にほとんどの財産を譲り、妹と私を1件のアパートを半分ずつにして欲しいと、言っていた。 父は今回、共同名義にしたくないから、手持ちの現金とマンションの1室をあげるから、それで相続公正証書を書きたいから、了承しろ! と迫って来た。 くれると言っていた半分にもみたない数字だった。 私は、根が正直で、口のきき方が悪いから、つい正直に〝少なすぎる〟と言ってしまった。 それが父の怒りののスイッチになって、兄弟に相談させて欲しいと、言っても、もうじき死ぬんだから、待てない、とか理不尽や怒りをまた爆発させた。 弟や妹にすぐ電話したけれど、何で急に、相続公正証書の話まで、揉めているのかも分からない状態。 弟は怒り出したら聞かないので、離れた方が良いよと言ってくれた。妹は、妹と私が相談すれば良いことで、何でそんなに怒ってるのか分からない状態だった。 母は、田舎の庄屋の娘だったけれど、戦争後、落ちぶれて、頭は良かったのに大学に行けなかった。 たくさんの土地を持ちながら、弟が一切引き継いだので、私は100万円しか貰わなかった、などと言い、 妹と半分を平等にもらえると思うなよ、といっていた。 妹は、医療関係者だから解っている事も多いし、本当に 実家の片付けや介護体制を整えてれるのを、良くやってくれた。 だから、母は妹と私を同額にしたく無いらしい。それに私がアパートの半分をもらっても、お金も無いのだから、維持・管理できないでしょ! とうのが母の理論だった。 その通りだけど。 モヤモヤした悲しい気持ち・・・の結末。。。は、両親に愛されなかった子供の気持ちでした。 後で、弟に「親の財産なのだから、親が好きに使って何が悪いの?! 」と言われた。 親も、兄弟も、実家も、、、 何もかも失った感じがした。 とても強いショックを受けた。 それから、一応、弁護士にも相談に行った。 とても一人では耐え切れなかったので、カウンセリングを行ってくれる所を探して通っている。 それでもまだ、泣いてしまうので、精神科を探して通い出した。 相続の邪魔になるのかな? いらない子なのかな? なんで一番最初に産まれてきたのかな? なんで私はいるのかな? まだ、 心が叫び続けている。 まだ、 自分さがしの途中。。。。 それから実家と距離を置いている。 母は、妹に私に会いたくないと言っているらしい。。。。 悲しいなぁ。。。 私は、子供を授からなかったから、自分の子供を愛せない親の気持ちが分からない。。。。 確かに、他の兄弟より出来は悪いけれど、、、 余りに暗い内容と、酷い精神状態で、日記を書く事も、コメントを残す事も出来なかった。 もう時期、新しい年を迎えようとしているのに、、、 楽しい気持ちでコメントなど書けなくて、ごめんね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.12.28 17:31:24
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