（前回の続き）
■１９７９年１１月４日（日曜日）、日本シリーズ第７戦。９回裏、１点差を追う近鉄バファローズは無死満塁となり、一打逆転サヨナラのチャンスをつかんだ。一塁ランナーは平野光泰、二塁は吹石徳一、そして三塁には藤瀬史朗。打席には代打・佐々木恭介。
広島 １０１ ００２ ０００ ＝４
近鉄 ０００ ０２１ ００ ＝
【近鉄メンバー】
１（６）石渡 茂
２（３）小川 亨
３（９）チャーリー・マニエル
４（７）栗橋 茂 → （PH）（２）梨田 昌孝
５（２）有田 修三 → （７）池辺 巌
６（５）羽田 耕一 → （PR）藤瀬 史朗
７（４）クリス・アーノルド → （PR）吹石 徳一
８（８）平野 光泰
９（１）鈴木 啓示 → （PH）阿部 成宏 → （１）柳田 豊 → （PH）永尾 泰憲
→ （１）山口 哲治 → （PH）佐々木 恭介
■打席には佐々木恭介が立っていた。三塁線を抜けようかという当たりだったが、ファール。一塁の衣笠祥雄がマウンド上の江夏豊に声をかけ、ポジションに戻った。
江夏が言う。
「このサチ（衣笠）の一言で、ものすごく気持ちがラクになった。開き直ったよね。負けたなと。よし、それなら気持ちよく負けようかと。特攻隊みたいなもの。ボテボテの打球で１点とられるよりか、外野フライで１点とられるよりか、カーンとライナーで真芯に当てられてきれいに負けたかった」
江夏の球を受けていた捕手・水沼四郎も、マスク越しに江夏の変化を感じ取っていた。
「衣笠がマウンドへゆっくりと歩み寄っていた。そして江夏に一言二言ささやいている。江夏の揺れ動く心の中を衣笠がなだめようとしてるのだろうか。マウンドを離れた衣笠。マウンドにどっしり構えた江夏の顔が、先ほどとは全く違った表情に変わった。何かが吹っ切れたような、引き締まった顔つきになっていた」
■カウント２－１から江夏は佐々木に対し、第４球目を投げた。
＜１５球目＞ 内角低めに落ちるカーブ。ファール。カウント変わらず。
野村克也は言う。
「追い込むまではいかに内野ゴロを打たせようかというコンビネーション。そして追い込んでからは、これは三振をとれると考えたので、カーブで空振りを狙いに行っているんですよ」
衣笠が江夏に声をかける直前、江夏からはいつもの自信に満ちた表情は消え、明らかに苛立っていた。怒りの矛先は、自分の後に備える２投手がいるブルペン、そして古葉竹識監督だった。
江夏の感情を察した衣笠がかけた言葉は、「ブルペンはブルペンでいいじゃないか。いまボールを持っているのはお前だから、お前が投げなければ始まらないじゃないか。だから一切外を見ないで、バッターとキャッチャーだけを見て勝負せぇよ。お前はお前なんだから、お前らしさを出して打たれるならスッキリ打たれてしまえ」。
■この衣笠の言葉が、江夏の感情を鎮めた。本来の江夏を取り戻させた。広島の勝因は何かと言えば、後に出てくる石渡茂へのスクイズ外しではなく、衣笠のこの一言にあったのだとボクは思う。
一方、近鉄の敗因は、平野光泰のバットで試合を決められなかったこと。ただ、もし平野が決勝打を打っていたなら、江夏が２１球も投げることはなく、後々、この日本シリーズが語り継がれることはなかったろうけど。
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