俺にしっかりとしがみついているクレハは、
赤い顔をして黙ったままだった。
「そういえばこの間コンビニで偶然会ったな。」
諌山さんがこちらに注目していた視線をはずしてそう言った。
「ああ、あの一緒に帰ってきた日？」
シンも諌山さんの顔を見ている。
俺が発見できなかった日にも、クレハはあの場所にいたのか。
「なに買おうと思ったの？クレハ。
結局なんにも買わずに出てきてたよね。」
言いながら、せっかくなので俺は、彼女の頭を両手で抱いていた。
「・・・チョコレート。」
と彼女の小さな声がする。
「ほんとのこといいなよ？」
シンが彼女の背中に触れながら言った。
「ゆってもわかんないもん。」
俺の胸に顔をうずめられるのはとっても光栄だけれど、
それではなんの解決にもならない。
とまどう俺とシンを横目に、
諌山さんはさすがに大人の表情をして
「でもな、クレハ。
みんながこんなに心配してるのに、
なんにも言わないままじゃ終われないだろ。
わからなくてもいいから、言うだけ言ってみないと。
・・・それはある意味、お前の義務だと思うぞ。」
とクレハに噛んで含めるように言った。
一度、瞳でだけ俺の顔を見上げてから、
しぶしぶ彼女が語りだす。二人には背をむけたままで。
「マカダミアナッツが入ったチョコレートが欲しかったの。」
覚悟を決めた彼女にがんばれの意味を込め、俺は
「・・・うん。」
といって髪をなでた。
「そしたら、同じようなのが三種類あって・・・
パッケージが違うだけで中身がほとんど同じなの。
ほんとはもっと小さいのがよかったんだけど、
12粒入りの大きいやつしかなくて、
それで、三つとも12粒入りだったの・・・。」
そこで黙ってしまったクレハにシンが、
「それで？クレハ。」
と優しく続きをうながす。
「それで・・パッケージの色で決めようかなぁと思ったり、
一個だけフィルムで包んであるやつがあったから、
それにしようかなぁと思ったりしたんだけど・・
カロリー表示もあんまりかわらないし・・。
チョコの粒の形までね、同じなの・・。」
どうやら冗談ではなさそうだった。
淡々と語る彼女の声は少しづつ途絶えていき、
やがて瞳には涙がたまったのだから。
「はじめの日で買えなかったから、
なんかよけいにプレッシャーになっちゃって。
・・一日中考えてるわけじゃないんだけど、
駅おりてコンビニの前通ったら、
つい・・今日こそは
決められるんじゃないかって思っちゃって・・。」
「クレハ・・・。」
諌山さんの低い声が彼女をなぐさめると、
「あたしはなんで、
チョコレートのひとつも満足に買えないのかなぁ。」
大きな目を震わせながら涙をこぼした。
「・・・気付いてやれなくてゴメンな・・」
シンがこちらに回り込んできて、
クレハの顔を覗きながら言った。
「つらかったろ？」
と。
「・・・そうだけど、そうだけど、ヘンでしょう？」
泣きながら彼女はますます俺にしがみついてくる。
「ヘンじゃないよ、
クレハがつらいと思ったら、
それは俺達にとっても重要なことなんだよ？」
俺もそう言って彼女をなでてあげている。
もしかして他のこともそうなんだろうか。
いちいちメーカーや型番までメモっていかないと
買い物が出来ないクレハは、
一日つぶしても何も買わなかったということがよくあった。
食べたいと思ったチョコレートは、
結局どれも選ばずに、やがて
その存在すら忘れらてしまうんじゃないのか。
「頼むからこれからは相談してよ？
笑わないから・・。」
俺は彼女にまわした手に力を込めてそう言った。
三人も三種類も、勝手にあきらめられてはかなわない。
あくる日。
諌山さんのアドバイスにしたがって、
三種類のチョコすべてを買ってきたクレハは、
とても上機嫌でテンションも高かった。
もっとも、それぞれ一粒づつ
しかもそれの半分づつかじっただけで満足したらしいので、
あとは俺が食べることになったんだけど。
