“恋人みたい”なんかじゃ全然なかったけど、
カツミは俺の部屋に寝泊りするようになった。
だいたい帰りは遅く、たまに帰らない夜もあったが、
たいていの朝は、目を覚ますと必ず俺の隣で寝息をたてていた。
「あんたの女と寝たよ?」
「え・・?」
少し早めのご帰宅だったその日、
いつものように俺が寝ているベットにすべりこんできた彼は、
急にそんな突拍子もないことを言い出して、
俺の驚く様子を見て、からかって遊んでいるようでもあった。
冗談なのか本気なのかわからなかったけど、俺は
「そりゃ、彼女の自由だろ。」
と言った。そもそも、もう別れたのだから、
彼女がどうしようと俺には関係ない。
じっと俺を見ている彼の顔を眺めていると、
ちょっとした心配が頭に浮かんでしまう。
「お前まさか、無理やり・・。」
そんな俺の言葉に、
「・・・違うよ。ちゃんと惚れさせた。」
カツミはそう答えた。
少し間があってから、ぼんやりと空を眺め、
なにか思い出したようにクスリと笑う。
「別れたあとも大事なんだ・・?」
それから、俺の顔をいつまでもまっすぐに見ていた。
ある日、俺が家庭教師のバイトしている家から出てくると、
人通りの少ないはずのその場所に、めずらしく人影を見つける。
しゃがんで壁にもたれかかったカツミだった。
「あ・・。」
俺の姿を目にすると、うつむいていた顔をあげて
「・・・お疲れ・・。」
と弱々しく言った。
「あ、そうか鍵・・ないもんな・・。」
こんな時間に彼が帰ってくることはまずなかったけど、
俺よりも先に彼が帰った場合、鍵がないから部屋に入れない。
また、顔色が悪い。
黙って立ち上がった彼は、
いつもの憎まれ口も、ふざけた笑い声もなく、
ただうつむいて俺の後をついてきていた。
部屋に帰るとすぐにカツミは、
倒れこむようにそのままベットに横になった。
「なんか眠たくて、もう寝ちゃってもいー?
いーよなあんたは別に、俺のことなんて・・。」
そう言うとすぐに意識を失ったのがわかった。
無防備に眠るカツミに布団をかけてやる。
うちにあるのとは違うシャンプーの香りがする。
たった今風呂からあがったような新鮮な。
彼は今までどこにいっていたんだろう。
「カツミ!」
大学の構内で、俺はカツミをさがしまわって
ようやく見つけた彼の姿にそう叫んだ。
いそいで駆け寄って息をきらしながら、
さっきつくってきた部屋の合鍵をわたす。
「なに?」
不審な顔をしてジッとその鍵を見つめた彼は、
そう言ってから俺の顔を見た。
「持ってろよ、俺が遅い日もあるし。」
彼には他にも行くあてなんて、いくらでもありそうだけど、
俺が気になるので持っていてくれたほうがいいと思った。
「いいよ、そんなの。」
そっけなく言って、
向こうへ行ってしまいそうになる彼の手をつかんでから、
有無をいわせずに鍵のついた紐を首にかける。
そんなこともあろうかと、
わざわざ長い紐を用意したかいがあったというものだ。
俺の得意げな笑顔に彼が言った。
「じゃあ、ここでキスして。」
少しすねたような顔。
「・・・いいよ。」
なんだかいつもの彼らしくなくて、
こんなにかわいいところもあるのかと思った。
唇を重ねようとしたその時、
「待って、もっとあっちがいい。」
と腕をひっぱられ、
人があまりこない中庭までひっぱって行かれる。
「ゆっくり、たくさんして。」
そう言って目を閉じ、唇をさしだされた。
おかしいと思ったのだ。
調子にのって言われた通りに濃厚なキスをしていた俺は、
なにか物が落ちる音で我にかえり、その方向を見ると、
かつての俺の彼女が、得意の手製なのだろう、
ランチボックスを落としたところだった。
瞬時に、彼が言った(ちゃんと惚れさせた。)という言葉が蘇る。
涙ぐんでその場を後にした彼女のことを、
「追いかけろよ!」
とカツミに言ったけど
あわてた俺をおもしろそうに見て”クッ”と笑っただけだった。