ちょっと大きくなってきたワン蔵が、
ソファーの端っこで気持ちよさそうに眠っていたので、
あたしはそれを眺めながら、
つられてウトウトしはじめていた。
「クレハ、ガキに浮気されたんだって?」
シンのはずんだような声があたしの目をさます。
「ひどいなー、俺はクレハ一筋だけどな・・・。」
彼は上機嫌でそう続けた。
「・・・シンだって井元さんがいるじゃない・・・。」
ぼんやりする頭で、なんとなくそう言ってしまっていた。
「誰それ?」
近くで面白くなさそうな顔をしていたカズくんが、
身を乗り出してきてたずねる。
「井元さんはねぇ、シンのファンクラブの会長さんなの。」
ソファーの背ごしにあたしの後ろから、
シンがあわてて、
「ファンクラブなんだから、彼女はただのファンだろ?」
といった。
「でも、昔の彼女じゃないのかな・・。」
眠気に勝てずにあくびがでてしまう。
「え、そうなの?」
カズくんはびっくりしてシンに直接そういっていた。
井元さんは、今はファンクラブの人だけど、
以前はシンと同じ学校にいっていて、知り合いのはずだし、
それに、かなりシンのことに詳しい。
付き合っていなければわからないようなことまで。
「いや、そうじゃないよ、だいたいなんでクレハが・・。」
少し動揺しているシンがあたしの目を覗いていた。
「ファンクラブが出来る前に誘ってもらってたんだよ。
今でも秘密集会の時には声かけてくれるし・・。」
お友達なの、と言ったらまたあくびが出た。
「クレハ。」
なぜだかシンはすがるような声をだして、
「たしかに井元さんは、他のファンの人と違って、
もとから俺の知り合いだったけど、
だからってそれは、昔つきあっていたとかじゃなくて・・。」
「うん・・?」
どうして突然シンがいいわけをはじめたのかが、
いまいちよくわからなかった。
「俺だって別に茜ちゃんとは、なんでもないんだからね。」
シンと並んで、反対側の後ろから、カズくんもいいわけしてる。
「どうしたの?二人とも。」
あたしのけだるさをよそに、
突然の緊迫した空気がなんだかおかしくて、
場違いにケラケラと笑い声をたててしまった。
「・・・また諌山さんに有利な展開な気がする。」
カズくんがぽつりとつぶやいたので、
「諌山さんはねぇ、美咲ちゃんと四六時中一緒なんだよ?」
とつげぐちをした。
諌山さんは美咲ちゃんのとってもタイプなので、
きっとすごく危ないのかもしれないなぁ、
なんて、彼女の昔をよく知るあたしは考えている。
「なんだなんだなんだ。」
帰ってきた諌山さんが、
そのままキッチンで噴いていたおナベの音に気が付いて、
コンロのスイッチをきりにいったのが見えた。
「おかえりなさい。」
あたしが言うと、シンが、
「あんた秘書といちゃいちゃしてんの?」
とむこうにいる諌山さんに聞こえる声で言った。
「いちゃいちゃか・・。」
ネクタイをゆるめながら彼はこちらまできて、
あたしの隣に座ると、
「なんでだろうな?する気にもならないんだよ、お前としか。」
質問したのはシンなのに、諌山さんはあたしに答えた。
「なんだよそれ、またいいとこどりか?」
ふてくされたシンの声。
カズくんも
「いつも最後には持って行くんだから。」
なんて言って、ため息をついている。
諌山さんはあたしの顔を見て、
「あんまり若者をからかうな。」
大きな手のひらで髪をくしゃくしゃとなでてくれた。
「うん。」
元気よく答えたあたしに、
「あ~なんだよクレハ、からかってただけ?」
カズくんが急にとびかかってきたので、
「きゃ~、ワン蔵助けてぇ。」
といいながら寝ているワン蔵を起こさないように気をつけながら、
軽く逃げるふりをした。
素直でいよう、あたしにはそれしかないような気がするから。
いい男な彼らにぴったりとよりそう、
かわいい彼女達に負けないように。