カテゴリ:Day
「お元気です?」
こんな言葉で始まるメールを受け取ったのは、3学期も始まってしばらく経ったある日のことだった。 そのメールには、3学期に入ってからずっと学校を休んでいること、友だちに会えなくて少しさびしく思っていること、焦るなと自分に言い聞かせても、時々叫び出したくなったり両手を思い切り何かに打ち付けたいと思ったりしたこと、最近よく眠れないこと、でも絶対に自分に負けないと決めてること、晴れた日の帰り道には星を見ていて、その時間だけがホッとできること、などが書かれていた。 差出人は、前の学校の教え子。 彼女は僕が担当していた地理Aの子で、普段は真面目に聞いてノートもしっかり取っているんだけど、回りの子から話しかけられるとつい話に乗ってしまい、気が付いたらおしゃべりに夢中になってしまう、どこにでもいるごく普通の女子高生だった。 彼女はなぜか僕に懐いていて、試験の直前の授業を自習にした時は教卓の傍にやってきて1時間ずっと質問を繰り返したり、僕のいる地歴科研究室にやってきては質問や他愛のないおしゃべりをしてしていっていた。 そんな彼女の様子が変わったのに気付いたのは、2学期の始業式だった。 ずっと俯いていて、1学期までは真っ直ぐ顔を上げて、相対する人に見せていたきれいなおでこが髪に隠れるようになり、輝いていた目も、濁ってこそいなかったが深い森の奥にひっそり眠る湖のようで、授業中も顔を上げて黒板を見ることも少なく、作業をやらせても時々手が止まったままのこともあった。 最初、僕は彼女が夏休みには東京で有名な先生のレッスンを受けるという話を聞いていたので、多分そのレッスンでひどいショックを受けたんだろうな、と簡単に思っていた。そのうち、いつもの彼女に戻るのだろう、と。 だが、1週間が経ち、2週間が経っても、彼女は笑顔を取り戻すことはなかった。 疲れ切った顔で、クラスメイトの笑顔やおふざけをまるで見たくもないテレビのように眺める彼女に、何人かの先生が不審に思い、担任に聞きにいったりもした。 僕もその一人なのだが、僕と同い年の担任は、ちょっと言いにくそうな顔をしながら夏休みの間に彼女の家で起こった問題を教えてくれた。 それは、まだ高校生の彼女が背負うにはあまりに重すぎて、運命や偶然という言葉で片づけるにはあまりに過酷なものだった。そして、その問題に対して、僕ら教師が全くの無力であることも。 ちょっと話がずれるが、生徒の家庭の事情などプライヴェートな問題は、よっぽどのことがない限り一部の教師以外に知らされることはない。だから、このことも学校の中では彼女の様子がおかしいことに気付き、彼女のことを心から心配している教師と、彼女の親しい友人の数人以外は知らなかったはずだ。 文化祭への高揚感に学校が包まれる中、彼女は俯いたまま、じっと歯を食いしばって人知れず何かに耐えていた。僕たちは、それをただ黙ってみていることしかできなかった。 生徒昇降口に文化祭へのカウントダウンの立て看板が現れた頃、彼女の行動にちょっとした変化が訪れた。 お昼休みや放課後、僕の居場所である地歴科研究室の傍で、壁により掛かったまま、何をするでもなく、ただ立っている彼女を見かけるようになった。 地歴科研究室は北側の校舎にあって日当たりが悪く、省エネ対策とかで電気が消された廊下はいつも薄暗い。 その廊下の翳りに溶けるように、彼女は立っていた。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.01.27 02:56:55
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