カテゴリ:Day
「昨日は変なメールを送ってスイマセン」
2日後、僕のメールに対して彼女が出した返信はこの言葉で始まっていた。すぐにでも先生のところに行って、僕のPCからそのメールを削除したいとも書いてあった。 ただ、彼女はあのメールを出したことで、だいぶ落ち着きを取り戻したようで、昔のようなユーモアと明るさに溢れた文章がその後に続いていた。 そして、その時から僕と彼女のメールのやりとりが始まったのだ。 彼女が地歴科研究室傍の薄暗い廊下に佇んでいるのに気付いた時、僕は何をしていたんだろう。確か、用事で他の先生のところに行こうとしていた時のように思う。 「よっ」 僕が声をかけると、彼女は顔を上げ、ちょっと強ばった笑みを浮かべた。無理矢理搾り出したような、痛々しい笑みだったが、2学期に入って初めて見る笑みだった。 「なんだ? こんなところで涼んでいるのか?」 その廊下は日当たりが悪いせいで、南校舎に比べてちょっと気温が低い。まだ残暑の厳しい日が続いていて、南校舎にはうんざりした声に満ちていた。 彼女は、ええ……と消え入るような声で答えると、先生はどこに行くんですか、聞いてきた。 「ちょっと○○先生の所にな」 そうですか、という声が返ってきたと思う。僕は彼女がここになぜいるのか聞きたいという気持ちはあったが、これ以上時間がなかった。彼女に「地歴の部屋なら扇風機があるから、涼んでいってもいいぞ」と言って、その場を離れた。 用事を済ませ、午後の授業が鳴り響いている中、5時間目の授業があったので急いで地歴科研究室に戻ると、彼女はまだ廊下に立っていた。 「ほら、授業が始まるぞ」 そう言いながら、僕は研究室に飛び込み、授業に使う教材をまとめ始めた。 次の日の昼休み、4時間目がなかったのでちょっと早めの昼食を取ってのんびりしていると、授業を終えて戻ってきた同室の先生が怪訝そうな顔で 「そこに立ってるの、×組のLだよな? 何してるんだ?」 僕が慌てて廊下に顔を出すと、彼女が昨日と同じように立っていた。 そして、その時になってやっと、僕は彼女がそこに立っている訳を悟ったのだ。 僕は彼女の横に、同じように壁にもたれかかると、彼女に声をかけた。 その日から毎日、昼休みになると、僕と彼女は薄暗い廊下で話すようになった。最初の頃は僕が一人でしゃべっているだけだったが、そのうち彼女もいろいろ話してくれるようになり、彼女の口数が増えるにつれて、彼女の表情も少しずつ穏やかなものに変わっていった。 いろんな話をしたと思うが、彼女の抱える悩みについては、敢えて触れないようにしていた。安易に僕が首を突っ込んでみても、彼女の心を乱すだけだと思ったからだ。 そして、彼女はそのことに一人で耐えようとしていた。その姿は痛々しくはあったが、そこに何人たりとも立ち入らせない、自分一人で耐え抜くという決意が見え、僕はそれを尊重したかったからだ。 僕にできることは、いつも通りに接し、彼女がみんなと同じ高校生活を送っていることをちゃんと教えてあげること、心を休める場所を作ってあげることだけだった。 時々、彼女が弱音を吐いたりすることもあったが、その時だけはさりげなく彼女に慰める言葉や勇気づける言葉をかけた。 そんな昼休みが2学期一杯続いた。 薄暗くて滅多に人の通らない廊下とはいえ、まったく人通りがなかったわけではない。僕らを見かけた生徒の中には、冷やかしの言葉をかけていく者もいて、授業の終わりなんかに、「センセー、Lと付き合ってるって本当ですか? どっちからコクったんですか?」と行ってくる者までもいた。 実は、彼女の事情を全く知らない生徒指導部長と教頭から探りを入れられたり釘を刺されたこともあった。 そんな誤解にあきれることもあったが、それでも僕は彼女と廊下で話すことを止めなかった。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.01.31 01:40:10
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