カテゴリ:Night
卒業式が終わると、教員は途端に暇になる。
明日から始まる学年末試験の準備はできているし、年度末おきまりの煩雑な書類書きも急ぐものはない。なにより、1学年無事卒業させたという虚脱感に包まれている学校の空気が、何か仕事をという気分を削いでいた。 名残惜しそうにぐずぐず学校に残っていた卒業生や、その卒業生を引き留めていた在校生の姿も少なくなるにつれ、職員室の窓から見下ろす中庭から全日制の先生の車も少しずつ消えていった。全日制のほうは夕方から慰労会があるというから、一度車を置きに行っているのだろう。 そんな空気に流されて、僕も適当な用事を作って外に出る。冷たい風の吹く中でも、春の彩りに飾られ始めた道を駅のほうへ。 久しぶりに来たその店は相変わらずで、居心地のいい空気の中、ゆっくりと時間が流れていた。 いつものモカを頼むつもりだったけど、ふと目にしたメニューに吸い寄せられる。 「今月のブレンド 春便り」 ベースはグアテマラのそれを頼むことにする。 ややあって、マイルズ・デイビスの影からコーヒー豆を挽く音が聞こえる。 タバコに火を点けゆっくりと紫煙を吸い込むと、さっき卒業していった連中のことが頭に浮かんできた。 あの学年には苦労させられた。 車の灰皿に溜まった吸い殻を駐車場にぶちまけていったヤツ。 校内で全日制の生徒を危うくひき殺しそうになったヤツ(次の日、その生徒の担任が職員室に怒鳴り込んできたっけ)。 授業中廊下でだべっているのをいくら注意しても聞く耳持たなかったヤツ。 男女関係のもつれを思いっきり学校に持ち込んでクラスの雰囲気を殺伐としたものにしたヤツ。 いきなり失踪したヤツ。 クラスの雰囲気が怖いからと急に休みがちになったヤツ。 委員長なるポストに就いたせいで何とかクラスをまとめようと奮闘して倒れたヤツ。 教師がいくら注意しても騒いでいる連中を、たった一喝で黙らせたヤツ。 ……まだまだいくらでも出てくる。 そんな連中だけど、全部終わった後、みんなで職員室にやってきて、全員にプレゼントを置いていった。 無事卒業できたことと、あのプレゼントで、全部チャラにしてやろうか。 そう思いながら、さっき運ばれてきたコーヒーを掲げて空に向かって乾杯の仕草をする。 僕が手にする本日2つめの春便り。 1つめは、職員室の僕の机の上に飾られた ──アイツらからのチューリップ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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