カテゴリ:Night
子供の頃、サラダに入っているセロリが嫌いだった。
レタスをいっぱいに敷き詰めたサラダの時は、さりげなくセロリをよけて自分の皿に盛っては母親に叱られていたし、ポテトサラダの時は、舌でポテトだけを味わうようにしたり、噛む時もはをゆっくり動かして、できるだけレタスが舌や歯に触れないようにしていた。 歯で噛んだ時のしゃりっとした繊維質の食感や、口に広がる僅かだけど独特の苦みが、とにかく嫌いだった。 そんなセロリだったけど、気がついたら平気で食べるようになっていた。 苦いのは相変わらずだし、食感も好きにはなれない。 だけど、わざわざよけたりしないし、普通にバリバリ食べている。 体育館での卒業式が終わると、片づけを担当する在校生と教職員を残して校舎のほうに移動する。 定時制の生徒たちは食堂へ。 いつもの教室は全日制の生徒が使っているので、ここを使うことになった。校内で唯一定時制のみが使える場所だから、これでいいのかもしれない。 卒業証書授与、記念品贈呈、教頭の言葉、担任の言葉。 まるで定時制だけの卒業式のように、一つ一つがゆっくりと進んでいく。 そして最後に記念写真を撮ろうとなったところで…… 「ゆきさん、ゆきさんも何か一言」 と、突然声をかけられ、卒業生の前に引っ張り出された。 もともと人前で話すのはあまり得意ではないし(授業は無理矢理テンションを上げてこなしている)、話すこともなにも考えていないから、頭が真っ白になる。 ふと、この前見た『第三の男』の1シーンが脳裏をよぎる。主人公の作家が突然車で連れ去られ無理矢理文学について講演させられるのだが、あまりのつまらなさに聴衆がどんどん帰ってしまう。たぶん、僕は聴衆の前に引っ張り出された時にジョゼフ・コットンが見せたのとと同じ顔をしているんだろうな、なんて思った。 しばらく考えた後、僕の口から出たのが冒頭に書いたセロリの話だった。 「……たぶん、定時制でのことはいいことばかりじゃなかったと思う。僕ら教師に注意されてウザいとか、なんだコイツって思ったこともあると思う。 でも、僕がセロリを食べられるようになったみたいに、ここで面白くなかったことも、そのうち言われた意味が分かるようになると思う。これから出会うものには苦いものもいっぱいあると思うけど、自然に消化して自分の力にしていってください。 そんな風になれた時、一緒に酒でも飲みながら、定時制での思い出話でもしましょう。その時、キミたちがどんな顔になっているか、楽しみにしています」 こう言った後、僕の中に自己嫌悪がドロリと広がっていった。 ずるいな、と思ったのだ。普段言わずにこんな場で説教めいたことを口にすることが、まるで相手のことを気遣いもせずに本音を漏らしているように思えた。 卒業生の一人のつまらなそうな顔と目が合う。僕は適当に締めの言葉を言うと、そそくさと引き下がった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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