カテゴリ:Midnight
春は足下から訪れる。
それは北の大地だけのことじゃない。 大学1年の春休み、長岡京の遺跡調査の手伝いをしていたことがあった。 遺跡調査といっても発掘は既に終わっていて、僕がやっていたのは発掘の終わった遺跡の測量だった。 住居や柱、溝などの位置を測量器械で測って、それを図面に落としていくという単調な作業。掘っているわけじゃないから遺物が出てくる楽しみもない。 2月の寒風吹きすさぶ中、そんな単調な作業を続けていくと、体が芯から冷えていった。 体が凍えさせるのは、風だけではない。 朝現場に行って、まずしなければならないのは、夜の内に遺跡内に染み出した地下水を汲み出すことだった。 大きな所はポンプで汲み出すけれど、柱穴などの小さいものは、洗面器を使って手で捨てる。 凍えた大地から染み出る地下水は刺すように冷たく、すぐに手が真っ赤に腫れ上がった。 あらかた地下水を取り除いたところで測量となるのだが、地下水を全部取り除くことは不可能だから、時として冷たい水に触ったり、冷たい水すれすれの場所や冷たい水で冷やされた土の上で仕事をしなければならなかった。 光が春の色を帯び始めても、土の下から湧き出た水は冬のままで、僕の体を凍えさせた。 3月も半ばになった頃だったろうか。 朝、遺跡にかけられたシートをよけると、至る所に水たまりができていた。 また水の汲み出しからかとうんざりしながら、両腕で円を作ったくらいの水たまりに洗面器を入れた。 が、昨日までの刺すような冷たさが感じられない。 指先を思い切って浸してみると水は柔らかく指をなで、春の日だまりの手触りがあった。 「どうした?」 なかなか汲み出そうとしない僕に先輩が尋ねる。 僕は顔を上げると、嬉しそうな声でこう言った。 「春ですね」 先輩は不思議そうな顔で僕を見ていた。 僕の上げた顔の先には、大地を揺り起こすような優しくも力強い春の太陽があった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.03.17 23:51:38
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