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中国茶・台湾茶と旅行 あるきちのお茶・旅行日記(旧館)

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2012.02.14
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カテゴリ:個人的なつれづれ

さて、今日は個人的なお話。


私も台湾に住んでいた頃、トオサン世代の方に、時々道端で捕まることがありました。

バス停でバスを待っていたりすると、

「日本人ですか?」

「はい、そうです。天母の日本人学校に通っています」


と。大体、いつもこんな感じで会話が始まります。


その際に「必ず言われた」といっても過言ではないのが、


「日本教育は素晴らしかった」


という一言。

「おじいさんに日本語で話しかけられたら、必ず言われるの法則」でもあるのか?というぐらい「鉄板」でした(時には、おばあさんの場合もありました)。

声を掛けてくる人は、みな「これだけは絶対伝えたい」と思っていたようです。
この言葉には、特に力がこもってました。


* * * * *

当時の台湾がどういう状況だったかを説明しておかねばなりません。

私が住んでいたのは1986年~1989年にかけてです。
約「四半世紀前」というやつですね。
こんな単位を使う年齢になるとは思わなかったですが(^^;)

前半は蒋介石の息子の蒋経国が総統をしていた時代。
その後、1988年に蒋経国が亡くなり、本省人初の総統である李登輝が就任したわけですが、実権を完全に掌握する前の段階でした。

なので、本格的な民主化の到来はもう少し後のことです。
正直、あまり明るい時代ではありませんでしたし、今の台湾の印象とはだいぶ違います。


当時は、悪名高き「戒厳令」というのが敷かれていました。
簡単に言えば、大陸と”戦争状態”にありました。

街の至る所に銃剣を持った憲兵さんが立っていて、そばを通るだけでもドキドキものでした。
バスに乗ると「毒ガス爆弾が飛んで来た時の避難法」なんていう紙が貼られてました。
・・・平和な日本からすると、全く違う世界でした。

また、手紙の検閲もありました。
特に宛先に「台湾国」「中国台湾」なんて書かれた手紙が送られてきたら、間違いなく中身を開けられ、手紙の表に警告文が貼られて届きました。
いわく、「中華民国あるいは中華民国台湾省と書け」と。

日本のお友達から来た手紙に、こういうことをされるとトラウマになりますね。
#そもそも、帰国子女は「望んだわけでもないのに、その国に連れて来られる」のです。選んで渡航する留学とは全然違います。

言論統制も厳しく、政治の話はタブーとされていました。
緑色の帽子は独立派の色だから、かぶるな、と言われていました。
今でこそ有名になった二二八事件に始まる白色テロの恐怖がくすぶっていたのです。
もっとも、現地にいた頃、この話は最大のタブーでしたので、日本に帰国し、台湾の民主化が実現してから初めて知ったのですが。
#なので「二二八和平公園」よりは「新公園」と言われた方がピンと来ます。

テレビでは、双十節、光復節など愛国心を煽りたいイベントの前後になると反日・反共番組が延々流されます。
日常的にも蒋介石・蒋経国親子の功績を讃える番組が流されていました。
どこかの将軍様の国と変わりません。

おかげで「プロパガンダというのはこういうものなのか」というのを身をもって体験しました。
たとえば、「大陸なんて人間の行く場所じゃない」と本気で思ってました。
数年しか住んでいなかったにも関わらず、この呪縛から逃れるのに20年近くかかりました。
プロパガンダ、偏向報道というのは、刷り込みですから本当に恐ろしいんです。
#台湾の保守的な方が大陸を毛嫌いする理由というのも身に染みて分かる気がします。

さすがに今は、アレルギーはなくなりました。
大陸の近現代の歴史やら経緯やらを知ることで、「なるほど、それは仕方がなかったね」と納得しています。
知ることで、苦手意識を克服したといいますか。

それに果たしたお茶の役割・功績は、かなり大きいと思っています。
お茶がなかったら、こんなに積極的に知ろうとしてなかっただろうな、と。

* * * * *

さて、話を元に戻します。

当時は、そんな政治的に非常にデリケートな時期だったんです。
にも関わらず、毅然とした口調で当時のトオサンたちは「日本教育は素晴らしかった」と話をしてくれました。

今になって思えば、その発言をするだけでも、相当の勇気が要ったはずです。
でも、言わずには、おられなかったんでしょうね。

なにしろ1978年以降、日本政府は台湾にとっては全く頼りにならない存在でしたから、「次の世代の日本の子供たちにしっかり伝えたい」という気持ちがあったのかもしれません。


しかし、当時の私は、なにしろ本当の子供でしたので、

「やはり日本は先進国だから、科学技術やそういう教育も進んでいたのだろう」

と単純に思っていました。

しまいには、あんまり繰り返し聞かされたものだから、「ああ、またその話か」と聞き流してしまうようになっていました。

・・・が、トオサンたちが伝えたかったことは、全然違っていたんでしょう。
教育と言っても、人としてどう生きるかという道徳教育(当時の科目名は「修身」でしたが)だったり、「時間を守る」というような「躾」の部分であったり、熱心で親身な教師の指導といった部分を指していたのですよね。

この致命的な勘違いに気づいたのは、ずっとずっと後になってからのこと。

もう、反省しきりです。

どうにも申し訳なくて、今でも台湾に行くとトオサン世代の方のお話には、真剣に耳を傾けないわけにはいきません。



そして、「日本は良かった」ではなく「日本”教育”は良かった」と言っていたことにも、後になって気づかされました。
ああ、プラスとマイナスが色々あって、それを整理していくと「教育」の部分だけは評価されるのね、と。


そのトオサンたちが絶賛していたはずの日本の「教育」ですが、戦後どう変わりましたっけ・・・と考えると、親日感情というのも全く安泰ではないな、と思うのです。

そもそも、「正直」「勤勉」「時間厳守」といった、彼らが評価するいわゆる”日本精神”なるもの。
これを”日本人”であるはずの自分が、どれだけ持ち合わせているのだろうかと考えると、「うーむ」と考え込まざるを得ません。

ある意味、「日本人以上に理想的な”日本人”になろうとしていた(させられていた)方たち」なので、彼らの前では「国籍が日本で、母語も日本語だから日本人です」というわけには行かないんです。

そんなわけでお話をお聞きする時には、いつも、こちらの背筋が伸びる思いです。
精進せねばと思います。


・・・と、長々と書きましたが、こんな屈折(笑)した少年時代を過ごしているもので、こと台湾と中国に関しては「好き」とか「嫌い」とかで単純に片付けられないんです。
プラスとマイナスが相当積み重なっていますから、そうシンプルに整理できません。

共通しているのは、いずれも非常に興味深い国、というところでしょうか。
これだけは間違いないです。


当時、声を掛けて下さったトオサン方には、

「ようやく少しだけ意味が分かってきました。無駄ではありませんでしたよ」

 

と、ご報告したい今日この頃です。

 




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Last updated  2012.02.14 19:59:42
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