女性だけのボタン 女の不思議男の謎・・・19 朝吹 龍一朗
この世には、女性だけが持つボタンがある。 もうはるか昔の高校生のころ、リバーサルフィルムを使って、今で言うスライドショーに相当するフォトストーリーを作っていたときの話である。 男子校ゆえ、当然女優がいない。 まさか歌舞伎の真似で、女装をするわけにも行かず、知り合いの伝手をたどりにたどって、とある高校の洋子さんという女性に出演を依頼した。 ある土曜日の午後、撮影は順調に進んでいた。 監督が「ここで泣いている絵が欲しいなあ。でも無理だよねえ」というと、ヒロイン役の洋子さんは、「ちょっと待ってね、いま『悲しみボタン』押すから」 そして、後ろを向いてしばし沈黙。 振り返った眼には、涙が一杯。 もうびっくり仰天である。 カメラマンの私はシャッターを押すのも忘れて、いや、そもそもカメラを構えることも忘れて、ただ呆然と洋子さんを見ていると、涙声で一言。「早く撮らないと、悲しくなくなっちゃうからね」 大人になってからも、何度か同じような注文を出したが、ほとんどの女性は「悲しくなろう」と思うと悲しくなれるという。 本当に心拍数が上がり、胸のあたりが痛くなり、最後には涙まであふれてくるのだそうである。『悲しみボタン』 なるほど、あの田中真紀子さえ揶揄されたように、涙は女の武器それも核兵器並みの破壊力をもつ最終兵器。であれば外交手段によって、そんな危険なスイッチに手が伸びないように心がけるのが、男にとって上策ということか。