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カテゴリ:女の不思議男の謎
哲郎が取り出したのは、器用にラミネートパウチされたネックレスだった。ただ、どう見ても上等な品物には見えない。ペンダントヘッドはダイヤのようだが、きらめきも今ひとつである。男の顔とネックレスを交互に見ながら、私は次の言葉が出てこない。 「いや安物だよ、ぜんぜん大したもんじゃない」 哲郎はさばさばと言った。 ガールフレンド(恋人ではない、友人でもない)を初めて誘った映画館の出口に、夜店にすればあらも見えないだろうが昼間ではどうしようもなく貧相な、屋台然とした店が出ていたそうだ。 「くじ、引いてください。ただです。当たったらこのネックレス、無料!」 「で、当たりだったんだけどさ」 『プラス5千円でプチダイヤ付きにグレードアップ!』ってね。 「『バカね、そんな安物身につけてやらないからね』ってさ。一応もらってはくれたんだけど」 二人は紆余曲折はあったものの、結局哲郎のほうから別れを言い出すことになり、そのまま疎遠になってしまったのだが、くだんの映画デートから3年ほどして私と哲郎は彼女の葬式にでる羽目になった。交通事故だった。 百か日に哲郎が霊前にお参りしたとき、母上は泣きはらした眼で 「とっても大事にしてたんです。哲郎さんからいただいた宝物だって」 手許に残して涙の素(もと)になるのも辛いばかりだと言って、贈り主に戻してくれたそうだ。 「で、形見さ」哲郎は下を向いてぼそりと言った。 30年近く哲郎の札入れの奥に大事にしまわれていたわけだ。男も女も、どっちもどっちという気もする。一番幸せなのは、その安物ネックレスかもしれない。 もちろん、哲郎の奥さんにはナイショの話である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.11.27 21:42:04
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