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2006年02月06日
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カテゴリ:短編
久しぶりに物語を書いてみました。
毎日連載再開ってわけじゃないです。

書きあがって勢いでアップしているので、文章の誤りとかが多いかもしれません。
ちょっと長いかもしれませんが、暇なときにでも一気に読んでいただけたら幸いです。







―――――――

『夕日に染まり』



 海岸を見下ろす位置にある駐車場で車を降りて、私たちは夕日を眺めた。
 水平線へと沈んでいく夕日が世界を真っ赤に染めていて、言葉にならないほどきれいだった。
 本当にきれいで、きれいすぎて、涙が出そうなほどだった。

 私は、ここに連れてきてくれた彼に感謝した。そして今日一日のことを思い返して、彼と一緒にすごした楽しい時間に感謝した。
 ……感謝していたら、本当に涙が流れてきた。

「今日は、本当に楽しかった」

 私が涙声でそうつぶやくと、少し後ろに立っていた彼の声が聞こえてきた。

「そう。……それはよかった」

 景色は文句なしにきれいで、彼の声は優しくて、私は泣きながら奇跡のように幸せな気持ちになっていた。


 昨日の夜、私は彼に言った。

「死にたい」と。

 冗談じゃなく、本気で死にたいと思っていた。死ぬ気だった。恋愛や仕事やいろんなことが上手く行かなくて、私は限界だった。


 彼は、長い間親しく付き合ってきた、私の一番の友達だった。

 男女の友情なんて成立しない、と思う人も居るかもしれない。けれど確かに、私と彼とは友達だった。知り合ってからの8年間、いつでも私の近いところに彼はいた。一緒に出かけたり、他の誰にもできない相談をしたり、彼は私にとって一番の友達でありつづけた。

 たしかに、お互いを恋愛対象として意識したことが一度も無いとは言えないかもしれない。考えたことはある。
 ……けれど、結局そういう関係にはならなかった。そして、私たちは友達でいつづけた。
 どちらかに恋人がいるときなどはあまり会う機会も少なくなるけれど、それでもたまに連絡を取り合ってお互いの存在を確認しあっていた。

 最近も、会う機会が少なくなっている時期だった。

 そして私は、彼の知らないところで、彼とはなんの関係もないところで、徐々に追い込まれていった。

 ……そんな中、彼から電話がきたのだ。久しぶりにお互いの存在を確認するための電話。
 昨日のそれは、奇跡的なほどに良いタイミングだった。

 昨日の夜、私は自分の部屋で、本当に死ぬことばかりを考えて居た。
 その電話がなければ、本当に手首を切ったりしていたかもしれないと思う。

 私は電話で彼に言った。
「死にたい」と。
 彼には、それが冗談や軽い気持ちで言っている言葉では無いということが直感的にわかったのだろう。

 彼は、何かを考えるように少しの沈黙を置いた後で、言った。

「明日、ドライブに行こう」と。

 そして今日、私の部屋まで彼は迎えにきた。
 彼はいつも通りに私に接してきて、私もいつも通りに受け答えをした。

 早めの昼ごはんを食べるためにファミレスに入った。
 ご飯を食べながら、彼の話を聞いた。会社にいる変な同僚の話や、最近見た映画についての彼独特の解釈。
 そんな話を聞きながら、私は久しぶりにお腹が痛くなるほど笑ってしまった。

 それから私たちは、遊園地に行った。

 彼は、ヒーローショーを見ながらツッコミを入れまくっていた。そのツッコミがいちいちもっともな指摘で、私は思わず笑ってしまった。

 それから休憩所でどこかの子供が、手に持っていたアイスクリームの、コーンの上に乗ったアイスの部分だけを落としそうになった。彼は、それを地べたギリギリのところで見事に両手でキャッチしてみせた。……けど、彼の手に乗ったアイスを子供に返して食べさせることなんてできないんだから、彼の手が汚れただけでなんの意味も無かった。

 ぶらぶらと歩く私たちに、高校生くらいのグループが写真を撮ってくださいと言って来た。彼は快くカメラマン役を買って出て、細かくポージングを指導したりして笑いをとっていた。

 お化け屋敷でお化けに触って係員に注意された彼は、子供のように走って逃げた。

 ……その日の彼は、神がかり的に私を爆笑させてくれた。
 

 そして今日のドライブの帰り際、私たちは今まさに、こんなにきれいな夕日を眺めていた。

 私はこんな場所があるとは知らなかったのだが、彼がここに行こうと言ったのだった。少し遠回りになるけど、海岸を一望できる景色の良い駐車場があったのだと言って。

 ここは穴場だな、と私は思った。こんなに景色が良いのに、誰からも知られていないのか、駐車場には私たちの他に誰もいなかった。

 私は夕日を見ながら、今日のことを思い出していた。
 一日中笑いっぱなしだったような気がする。自分にかかっている不安や嫌なことの全てを忘れることができた一日だった。

 私は、もう死にたいとは思っていなかった。今日の一日で、あれほど死にたいと思っていた気持ちが霧散してしまったようだった。

 それも、全て彼のおかげだった。
 付き合いの長い、最高の……“友達”のおかげ。

「ありがとうね」

 私は本当に感謝しながら言った。
 すると彼は、少しの間を空けてから言った。

「……俺さ、今までずっとお前に言えなかったことがあるんだ」

 彼が急に真剣な声になった。普段とはまるで違う彼の口調に、自然と緊張した。私は彼の方は振り向かず、きれいな夕日をぼんやりと見つめたままで、その言葉の続きを待った。

「俺……ずっとお前のこと……」

 一拍置いてから、彼は続けた。

「ずっと、愛していた」

 突然の告白に、私は驚いた。心臓の音がトクトクと急に高鳴りだした。

 なんだって突然、そんなことを言うのだろう。今までは友達だったのに、なんで突然……。彼が、私のことを、愛している。愛しているなんて……。私は彼のことを、友達としてしか見ていなくて、そんな……。
 ……とにかく、なんて答えたらいいんだろう。私は、なんて答えるべきなんだろう……。

 私は一瞬の間にそんなことをぐるぐると考えた。

 すると、彼が私の後ろに立つ気配を感じた。……私は、抱きしめられるのかと思って緊張した。

 瞬間、すっと、自分の首に細くて冷たいものが巻きついた感触がした。
 なんだろうと考える間もなく、私は突然息が出来なくなった。

 ―― 細いロープが、私の首を絞めていた。

 私は首を絞めるロープを無我夢中で掴んで、それをはずそうともがいた。何が起こったのかわからず、ただとにかく苦しかった。
 すぐ後ろから彼の声が聞こえた。耳に息がかかりそうなほど近くから。

「俺ね、ずっとこうしたかったんだ」

 彼は、いつもと変わらない優しい声だった。

「……っ」

 息が詰まって声を出すことが出来ない私は、その時になってやっと理解した。
 彼が、私の首を絞めているのだと。

「お前が死にたいって言って、俺、嬉しかったんだ。やっとお前のこと殺せるって思って。……俺、お前のこと愛してるんだ。だからずっと、……ずっとこうしたかったんだ。俺は、俺の手で、お前の首を絞めることばっかり考えてたんだ。……出会った頃から今まで、何年も、ずっと……」

 彼は、私の首を絞めるロープに力を入れながら、本当に嬉しそうに言った。長い付き合いなので、彼が本当に喜んでいるんだということがその口調からはっきりと感じられた。

 苦しくて私は暴れた。……けれど、ロープが緩むことはなかった。確実に息が出来ないくらいの強さで、頚動脈を血液が上がらなくなるくらいの強さで、けれど首の骨が折れないくらいの優しさで、彼は私の首を絞めつづけた。

 私は、自分の手からだんだんと力が抜けていくのを感じていた。私の抵抗が弱くなったとき、彼は体をひねって私の顔を覗き込んで、言った。

「……愛してるよ」

 彼の表情も、声も、最後まで本当に優しかった。そしてまた、彼は私の後ろに回り、ロープを絞める手にじわじわと力を入れた。


 それから意識が消える瞬間まで、私の目には真っ赤な夕日が海に沈む様子だけが映っていた。

 ……その夕日は、文句なくきれいだった――。





 おわり





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最終更新日  2006年02月06日 22時02分11秒
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