カテゴリ:連載小説
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今日も小池くんから誘われて、私たちはちょっとオシャレな創作料理のお店でお酒を飲みながら夜ご飯を食べていた。 小池くんは最近、以前よりも頻繁に私を誘うようになった。小池くんとの食事は楽しいし、断る理由も無い。 けれど、あまり頻繁に誘われると心配にもなった。小池くんは私のことをどう思っているのだろう、と。 「小池くん、誰か良い人いないの?」 私はお店のカウンターで隣に座る小池くんに、そう聞いてみた。 「良い人って?」 「なんか、こう、暇な時に一緒にご飯食べに行ったりしてくれる人」 「いないっすよ、そんな人」 「えー。モテるでしょーに、小池くん」 小池くんは照れたようにあははと笑った。 私はグラスの飲み物を口に運んだ。甘いミルクのお酒。飲みながらふと小池くんに視線を戻すと、小池くんは真顔で私の方を見ていた。 「俺のことはいいですよ。……それより、サヤカさんはどうなんですか」 「私?」 手に持っていたグラスをテーブルに置いた。突然自分に話をふられて、少し動揺した。 「……まだ、カズヒロさんのことが忘れられないんですか?」 テーブルに置いたグラスの中で、氷がカランと音をたてる。笑って誤魔化そうかと思った。けれど、小池くんがあまりに真剣にそう聞いてきたので、できなかった。 たしかに私は、今でも彼のことを思っている。 私は軽くうつむいて、顔を横に振った。肯定とも否定とも取れる仕草。 ……わたしが今でも彼のことを思っているのは、忘れられないからではない。私は、カズヒロのことを忘れたくないのだ。だから私は、曖昧に首を振ることしかできなかった。 小池くんはそんな私を見て、それ以上は何も言わなかった。 きっと小池くんは、私のことを、死んだ恋人のことを未だに忘れられない哀れな女だと思っているのだろうな……。 店を出ると、夜の街に春の匂いが感じられた。 春の柔らかい匂いが、私は好きだ。 「少し、歩きませんか」 息をいっぱいに吸い込んで春を感じている私に、小池くんがそう言った。 私たちは、そのお店の目の前にある公園の方に歩き出した。 公園の中を歩いていると、数本の桜の木があるのを見つけた。 まだ桜は咲いていない、裸の木だ。 この辺りでは毎年ゴールデンウィークの前後に桜が咲く。今年の開花予想日まで、まだ数日ある。 私はふと、あの湖ではもう桜が咲き始めているだろうかと考えていた。 つづく ――――――― ちょっと更新の間があいてしまいました。 今後はこの話の最後(残り2、3回ですが)まで週2ペースで更新します。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月27日 23時07分58秒
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