077737 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

あたふたあなくろクロニクル

あたふたあなくろクロニクル

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Archives

2024.06
2024.05
2024.04
2024.03
2024.02
2024.01
2023.12
2023.11
2023.10
2023.09

Category

Freepage List

Keyword Search

▼キーワード検索

2015.08.15
XML
カテゴリ:雑記

軍隊手帳が出てきた

父の、である。私の、父の、である。

いや、びっくりした…。しかも和田文之助氏のシベリア抑留記を読んでから間もない。期せずして、私的戦後70年企画。

生きていれば父は九十を超えている。(そう、実は私も、還暦をとうに過ぎ… 違いますっ。父は結婚が遅かった――ここにも戦争の影響が多少あるかもしれないが。母は父より10歳下だが当時とすれば早いとは言えない。晩婚家系なのだ。その遺伝子が発達し、彼らの子供の一人は未婚という末路になった、と)  

父も父の兄弟も、いまや誰もこの世になく、実家は私のいとこ(父の弟の娘)が継いでいる。

このお盆こそは久しぶりに行こうと考えていた。 

改築してすっかり面変わりした家の前で出迎えてくれたいとこ、

挨拶もそこそこに言った。 「面白いもの出て来たよ!」

それが、 

「おじさんの軍隊手帳!」  

だったのだ。 

父の実家は、多少の建て替えをしつつも三世代だか四世代だか続いていたので、全面新築でその数世代分のいろんなものが出てきたわけだ。その中に父の軍隊手帳も混じっていた。 

仏壇の奥や金庫の中(!)に、古い写真やら手紙やらと一緒に、大事にしまってあったという。

いとこは「今見せるね」と、なぜかどこか嬉しそうに、一式取り出してきた。

まず古い写真が数枚。名刺より更に小さいサイズ。「これが次男(つぎお)おじさん」「これ五男おじさん。こっちが綾(あやる)おじさん」「…これ誰だろう(笑)」。

長男の綾おじさんは結核で早く亡くなり、次男おじさん(次に産まれた二男でつぎお。そのまんま。どうして長男だけ、“ぽくない”名前なのかは謎)は戦死。どんどん欠けて3人目の父が一番上になってしまった。当時は珍しいことじゃなかっただろう。(ついでながら、綾おじさんは美男だったという。美男子は薄命だったのだ。そういえば確かに父の母は美人であった。…ここでは遺伝子が、どこかで、何か… いや、考えるまい。)

「それより、これこれ!」と、いとこが写真の横に並べる。 

父は無事に帰ってきた。そして家族もできた。だが家では戦争の話など、まず口にしなかった。酔ってたまに話題にすることがあっても、高射砲がどうのこうの、とか、子ども、しかも女の子には興味のかけらも湧かないような単語が出てくるだけだった。

その父が戦争中に持ち歩いていたであろう、「軍隊手帳」。(「兵隊手帳」かと思っていたのだが、軍隊手帳というのですね)。 

陰鬱なカーキ色。映画で見る陸軍の制服の色。何だか怖い。

当たり前だが、実物を手に取るのは初めてだ。今のパスポートのサイズくらい。ちっちゃい。

触れるとお香が匂う。仏壇に隠されてたからね(笑)。 

手牒、と、昔の字。その“表題”を真ん中に置いた布カバーが「軍隊手牒」本体をくるんでいる。

カバー裏に切り込みがあって、そこに表側のカバーの先端を差し込んで閉じられるようになっている… と思ったら違った。先端は入らない。たぶんこの切り込みのあいだに紐かなにか渡してあって、そこに差し込むようになっていたのだろう。いずれにせよ、『非常時」でもこの細かさ、さすが日本人…

縁はきちんと、たぶんミシン縫い。

そのカバー裏に「姓名」欄があり、本人の名前がある。きれいな字だけど、これ判子なんだろうか。

おそるおそる、つい指先でつまむような感じで開くと、いきなり赤字だ。赤字で「勅諭」。

軍隊手帳ってどういう内容なのか、とか、そもそも考えたことなかったけれど、

いきなり勅諭。

よく見たら、この「勅諭」が3種類載っている。明治・大正・昭和、と、つまりは改訂版? 

三校で、二十七ページまで。(きちんとページまで振ってあるのだ。)

そのあとに「勅語」。これも赤字。 ここまでで、ほぼ「手帳」の半分近くを占めている。そのあとに「軍隊手牒ニ係ル心得」、さらに「應召及出征時ノ心得」と続く。ここから黒字。

黒字でも、その項目の題だけで怖い。めくっていくと「遺言の準備」などという項目まである。よく出征兵士が家族に向けて書いた、実に立派な手紙とか出てくるけど、あれはもしかして半ば義務だったのだろうか。

続いて「戰陣訓」というのがある。前の「心得」より字が少しだけ大きい。 

「皇軍」「攻撃精神」「必勝の信念」。……

こういうのを暗記してたのだろうか。

「戰友道」なるものまである。「本訓 其の二」の「第四」がこれ。「第七」が「死生觀」。

これを二十歳前後の人が読んでいた。

こうした、あまたの訓示で、60ページ。

最後に、添え物みたいに、携帯者の「個人情報」が書き込まれている。ほんとに、おまけ… 象徴的にも感じられる。皇軍の兵は、こんなにちっぽけ。

娘として、まず探したのは、父親のその個人情報だった。実のところ、本文にざっとでも目を通したのは、この手帳を持ち帰って数ヶ月後、今が初めてだ。 

自分の父が、このちっちゃな手帳を持って、ほんとうに「戦地」に行っていたのだ。

その「個人情報」欄を見ての感慨(?)が、最初に浮かんだことだったのだけど、またスペースがなくなったので、それはまた別の話として。 

 

 

 

 






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2015.10.29 11:26:59
[雑記] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.