ダンスセラピー
平井タカネ 1996 舞踏療法 ダンス・ムーブメント・セラピー imago, 7-4, 152-157.近年、精神的治療の方法としてダンスが注目されてきているという。本稿は、ダンスの特性とその精神療法的機能について考察している。平井は、ダンスを精神療法として用いる場合に、注目すべき4つの特徴を挙げている。すなわち、コミュニケーション、自己表現、身体像の回復、カタルシスの4つである。(1)コミュニケーションダンスは、多くのスポーツ競技とは異なり(競技としてのダンスもあるが)、技や得点を競うよりも、集うこと、リズムやしぐさを共有することを1つの特徴としている。フォークダンスなどはそのよい例であろう。円や輪という完結した世界を支える一員であるという感覚や、他者との近接距離を、日常とは異なるリズム・しぐさがクッションになることで、「快」として体験できることに意味がある。ダンスという仮象の世界における心地よい他者関係の実感が、歪んだ日常の関係性を溶きほぐしていく。(2)自己表現自分のリズムや動きによる自己表現のダンスが20世紀初頭にドイツで生まれ、モダンダンスと呼ばれて、芸術舞踏としてアメリカで大きく発展した。ダンスセラピーは、このモダンダンスをその理論と実践の裏付けとしている。「モダンダンスは、もっとも内奥の情動体験を運動を通して伝えようとするもので、合理的な言葉や事実を述べることでは理解できない直感などの感情経験を表現しようとするものである」と、マーチン(Martin, J. 1983 What is dance? Copeland and Cohen)は述べている。ダンスセラピーでは、モダンダンス的な、「型」に束縛されない、身体の自由な動きによる表現を、イメージ(心像)活動によって助けることで、精神症状の軽減をより可能にしている。(3)身体像の回復多くの精神疾患の患者が身体像に歪みを持っていることは、よく知られている事実である。ダンスのリズム運動による身体体験が身体像の修復に効果を上げることで、精神症状によい変化が期待できる。また平井らは、ダンスセラピーのセッションの中に、積極的にボディワークを取り入れている。他人と触れ合うという相互関係に身を置き、そのような関係を受容し、楽しむことが可能になることで、身体像にも変化が現れる。(4)カタルシスリズミカルな運動は、たとえ単純な運動であっても、音楽のリズムやメロディに助けられ、いつの間にか心にも弾みが伝えられる。また、適度な運動は、筋骨格系を始めとして、循環器系や呼吸器系などにも影響し、全身が心地よい爽快感に包まれる。平井は本稿の最後で、精神科の入院患者との個人セッションの2症例を取り上げ、ダンスセラピーの実際を紹介している。不眠と抑うつを訴える身体表現性障害の患者と、自殺未遂を起こした境界性人格障害の患者に適応した症例である。ダンスとボディワークを併用しながら、巧みに治療を進めている。触れること、そして、リズムと動きの型などの枠組みに保護されることによって、いつの間にか自然なコミュニケーションが可能になっていく様子が見て取れる。