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私の人生論 (思考が運命になる)

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2019年04月05日
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カテゴリ:千の朝

 第一は、近代日本の出発点には
 イギリス、ロシア、フランス、オランダ、アメリカ、ドイツなど
 列強(れっきょう)の迫りくる具体的な
 武力脅威(ぶりょくきょうい)があったことだ。

 アジアでは当時、国境(こつきょう)は名ばかりで、
 塀(へい)も柵(さく)もない荒(あ)れた原野(げんや)を
 野盗(やとう)の群(む)れが走り回っていたに等しい。

 すなわち欧米列強の植民地支配は、
 列強の相互牽制(そうごけんせい)以外は無制約で、
 支配圏(しはいけん)の確定は
 明治維新(めいじいしん)以前に完了(かんりょう)していたのではなく、
 近代国家としての日本の独立維持の
 長い努力のプロセスにおいて進行中であった。

 イギリスのインド支配の完成は明治維新の十年前だが、
 ビルマのそれは明治十九年、
 マレー半島の完全な植民地化は明治四十二年である。

 フランスが清仏戦争(しんふつせんそう)で
 清からベトナムを奪(うば)うのが明治二十年。

 インドネシアが正式にオランダ領となるのは明治三十七年である。

 そして南太平洋からはアメリカが北上してくる。

 アメリカによるハワイの併合が明治三十一年、
 フィリピン奪取(だっしゅ)も同じ年であった。

 他方、北からは不凍港(ふとうこう)を求めて
 南下してくる最大の脅威ロシアがあった。

 明治の日本人はどんなにか心細かったであろう。

 そもそもこの心細さが歴史のすべての話の基本でなくてはならない。

「国民の歴史」 西尾 幹二 産経新聞社





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最終更新日  2019年04月05日 05時56分49秒
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