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世界で一番愛する人と国際結婚

バリのガムランが聞こえる 7

ちょっとしたことですぐ口論になってしまい、それを解決しようと
する私に、小さな問題は無視していつも笑っているようなグリ。


そんな彼の態度に、私はイライラするようにまでなってしまった。


彼は、こんなによくしてくれているのに。


滞在最後のほうは、彼に対する私の態度はとても悪かったと思う。


まさか、こんなことになってしまうとは。




やがて、私がバリを発つ前の日になった。


主要な場所にはほとんど連れて行ってくれたグリが、
他にどこか行きたい所はないかと聞いてきた。


私は、タナロッタ寺院という、海の側に立つお寺にサンセットを
見に行きたいと言った。


グリが車を飛ばして、サンセットぎりぎりに間に合った。


オレンジの海に、黒い寺院のシルエットが浮かびあがり、
それはそれは美しい光景だった。




「ほら。ここは天国だよ。」




また口癖のように言うグリ。



それでも、私の心は溶けなかった。




その日の夜、グリとグリの仲間何人かが、ガムランを演奏するのを
聞きに行った。


グリは青銅の鍵盤でできた楽器を叩いていた。


金の刺繍をほどこした、ウダンと呼ばれる布を頭に巻いて
その楽器を鳴らす彼はとても素敵だった。

イライラした気持ちなど消え、惚れ直すほどだった。


でも、その音色を聞きながら、私は今後のことをずっと考えていた。


同じ海外でも、欧米と東南アジアでは世界がまったく違う。
ただの旅行ならば、世界中どこにでも行けるが、ここに住むのは、
私には無理だ。




ボロキレに身を包み、裸同然の赤ちゃんを抱き、お金をねだる若い
母親達をうまくかわしながら、私はクタで一人最後の買い物をした。


すぐにまた、この島に戻ってくる気はしなかったからだ。


彼も、そんな私の気持ちを気付いていたのだろうか。



翌日、彼の母親にバティックのお土産を手渡され、

空港に見送りに来てくれたグリに別れを告げた。



グリはどんなときも、笑顔を絶やさない。


「また来てくれる?」


バリ人特有の社交辞令なのだろうか。




私が何と答えようかと迷っていると、


「あははー。今度は僕が行くから。」


彼は飛び切りの笑顔を見せた。




次の約束はなかった。


「これ、持っていって。」


彼は、きれいな紙に包まれた小さな箱を差し出した。




飛行機の中で包みを開けると、ふわっといい匂いがした。


私の名前がすかし模様になった、繊細な木彫りの扇子だった。



『ごめんね、グリ。』



私はバリ滞在中、彼への態度が悪かったことを後悔して、

その扇子を見た時、初めて涙が出た。






時折、TVのバリ島の紹介で、ガムランが聞こえる時、はっとする。


そして、グリを思い出す。


何の疑いも持たないような、彼の人なつこい笑顔を思い出して、
少し切なくなる。



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