テーマ:小説(31)
カテゴリ:黄昏微睡
![]() ―― 3 ―― なぜ、夏蓮たちが急に走り出したのか悠里には判らなかったが、通り過ぎていく景色の中――目的の場所へと着くまでの間、様々なものを目にした。 屋根と屋根の間に覗いた空の上で竜が泳ぐように飛んでいたり、時折見える庭園では放し飼いになっている虎と銀色の狐が井戸端会議をするかのように人語を喋っていた。 その他にも、この建物の要所要所の警備をしているらしい、レッサーパンダをそのまま大きくしたような人や、頭に角を持った青や赤の肌をした『鬼』のような人がいたり、有弧楼と同じような格好をした侍女姿の人狐や、官人風の姿をした鱗のある竜人などともすれ違い、彼らは走り過ぎていく夏蓮たちに向けて会釈や拱手をしていたが、空想上の生物のオンパレードと言った感じだったので、悠里はカルチャーショックを受けていた。 (やっぱりここ、普通じゃない) 悠里が思っていたよりも広い敷地を横断するように疾走していた一行はやがて、目的の場所へと着いた。あれだけ走ったというのに、夏蓮・秋嵐・有弧楼の三人は息一つ乱していなかった。 「ユウリさん、着きましたよ」 秋嵐に声をかけられるまで、力いっぱいしがみついていたせいか、悠里の手の指はそのまま固まってしまったかのようになっていて、秋嵐の首に回していた手がなかなか外せなかった。 「気付かなくてすみません」 そんな悠里の状態に気付いて、夏蓮はいたわるように優しく声をかけ、固まっていた指を一本ずつゆっくりと解いてくれた。 「怖かったですよね」 やや放心状態だった悠里は、疲れた顔をして無言でうなずく。 夏蓮の言う『怖かった』の意味は秋嵐に運ばれて怖かっただろう、という意味だったのだが、悠里がうなずいたのはジェットコ-スターとかは全く平気でも幽霊屋敷とかは苦手だったからだ。 (レッサーパンダさんはかわいいからいいけど、暗がりとかで鬼の人とかに会ったらやばいかも……) そんなことを考えていた悠里は、気付くと秋嵐の腕から解放され、ベルベットの長椅子の上に座らされていた。 色々と混乱していた悠里には、どんなルートでここまでたどり着いたか全く見当もつかなかったが、そこは最初に寝かされていた部屋よりも広く、派手さはなかったが、メープル色を基調とした調度品で統一されており、落ち着いたムードの部屋だった。 「スイートルームみたいな部屋……」 ぽつりと、つぶやく悠里。 足元に広がる床には鮮やかな花と葉を描いた落ち着いた色味の千花模様の絨毯が敷かれ、繊細な細工を施された木の温もりを感じる楕円形のテーブルと椅子が何脚か置かれていた。 「すいーとるーむ?」 悠里のつぶやきを拾った夏蓮がオウム返しにつぶやく。 「えっと、私の国の言葉で、広くて高級な客室のことを言います」 「そういう言葉があるんですね。――ちなみにここは僕たちの母の部屋です。不在がちなので、気兼ねなく使える安全な部屋というとここしか思い浮かびませんでした」 「勝手にお借りして、いいんですか?」 夏蓮と秋嵐の母の部屋と聞き、悠里は恐縮していたが、二人はそんなことは気にしないような顔をしていた。 「全く問題ないです。私たちの母は、そういうことには全く頓着しない人なので」 頓着しない、ということは、二人の母はある意味豪快な人なのだろうと悠里は想像した。 ≪ 続く ≫ ランキングに参加しています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.09.11 21:43:08
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