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カテゴリ:子どものミカタ
話題のスポットで、別の話題のスポットの話をする。
お子さまたちに職業疑似体験をしていただこうという 例のスポット。 おとなたちの話を聞いて、 在米3年のお嬢さんから質問が。 「ねえ、お医者さんになったら、 誰かを診察するの?」 患者という職業はないからねえ。 「……」 しどろもどろのおとなを尻目に、 「遊びなんだ」 と件のお嬢さん。 そうだよ、所詮遊びなんだから、 おそらくお人形のおなかに聴診器を当てるんだよ。 手術なんて、絶対に出来ないよ。 職業体験と言うと、なんとなくよさそうな雰囲気が漂うけれど、 疑似体験に過ぎず、 おっしゃる通りの真似っこ=遊びの延長。 ねえ、Childrens Museumってあるよね? 「お店やさんごっごのあれですよね」 そうそう。アメリカじゃ、珍しくないよね。 「日本って細かすぎるかも」 うん。やり過ぎかもしれない。 在米3年の母と私とで、あうんの境地。 (そこんところは生っ粋の日本人さ) 何が言いたいって……。 つまりはこういうことさ。 子どものための居場所の一つとして 北米などにはChildrens Museumがある。 museumとは言っても、 お子さまが楽しく過ごせることに重点が置かれていて、 そりゃあもう、楽しく遊べる。 特にスペースが割かれているのが、 本格的なお店やさんごっこのスペース。 例えば靴屋さんには、 ご近所から寄贈された履き古された靴が 棚に並ぶ。 クリニックでは、診察台はもとより 白衣や聴診器などのコスプレ=形きりグッズのほかに、 白紙のカルテなども用意されている。 エンターテナーになりたければ、 緞帳つきの舞台もあって、 楽屋には色とりどりの衣装が並んでいる。 いやあ、子どもの頃にこういう場所があったら、 楽しいというより、ものすごく嬉しかっただろうなあ。 だって、本物そっくりの舞台やお店を作るのに苦労したんだもの。 で、実際にかの地で娘と共に体験してきたよ。 おとなに付き合わされて、くたびれ感が漂っていた娘の瞳が ちょっとだけ輝いた。 でも、一緒に遊んでくれる友だちがいなくて、 最終的にはおみやげ=物欲に走ってしまった。 そのときの同行者が一言。 「何だか嫌だわ。 こんなに何でもそろっていたら、 想像力もかき立てられないし、 創意工夫も生まれないじゃない」 まあね。 わが家でも、お店やさんごっこが流行っていた時期があった。 『無いものは作ろう』というルールの元で育てたから、 何でも作ることに意欲を燃やす娘は、 引き戸を利用して、うまくお店の台を作った。 開店中は、引き戸の向こうへは入れなくて おとなは、とても困ったのだけれど、 お子さまたちは大喜び。 もし、近所にChildrens Museumがあったら、 あの工夫は生まれなかったかもしれない。 というようなことを瞬時に振り返り、 件のお嬢さんの一言で 私の頭に喝が入れられたような気がした。 日本のおとなを代表して。 何でも物が揃っていること。 転ばぬ先の杖で、先に手を出してしまうこと。 絶対に不幸な子どもを育てる。 車のハンドルと同じだよ。 そこに“遊び”がないとね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.12.28 00:54:15
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