写真日記 Huちゃん 写真日記 を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット:大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。
3月7日掲載(1)~
ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――(53)
(この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある)
海峡の呪文(3)
それは突然だった。車椅子傍の白装束の男が声を張り上げた。
「艦内放送を流せ!」
艦内放送が響いた。
『我々はっ! ロシアの理不尽な行為であるっ! 我が国固有の領土であるっ! 北方四島の不法占有からっ! 北方四島を我々は奪還するっ! これは我が日本民族の! 積年の願いであった! 我々はっ! 悠久の大義に! 死を持って! 姑息なロシアとっ! 売国奴であるっ! 日本政府の権力者どもにっ! 鉄槌を下すっ! 我が教祖先生はっ! 美しい日本の夜明けをっ! お導きされるのだっ! 売国奴の奴隷たちよっ! よく聞くがいいっ! 黙ってその場に立てっ!」
絶叫する声は、テロ犯たちの声明でもあった。
『客室内の者どもっ! 直ちに立てっ! 全員だっ! 立てっ!』
白装束の男が、客室内を見渡す。人質となった客室内の調査団員が前列から立ち始めた。
〝エゾッソ号〟後部、客室外にいる海人と十鳥のドローン担当要員にも、この絶叫が洩れ聴こえていた。海人たちは細いアルミ戸の客室非常口を見つけていたが、こじ開ける機会を狙っていたところだった。これは僥倖か! それとも死地への入り口か! そう思いつつ非常口の前にいる。
<十鳥さん。最後部の非常口から客室内に入るが、奴らの目を逸らしてほしい>海人がインカムで言った。
<分かった。俺がやる>十鳥が応えた。海人がドアノブに布を被せる。ドローン要員がナタの裏面をドアノブに当てる。そして頭上にナタを掲げた。
<待て!>十鳥が命じた。
前列の調査団が立ったが、北方四島経済協力に執着していた与党国会議員の一人の男が白装束の男に食い下がったのだ。
「話せば分かる……」
白装束の男がその国会議員を罵倒した。
「バカ者! 売国奴の僕(しもべ)野郎! こいつをへらず口が利けないほど殴れ!」
2人の白装束が自動小銃の尾底を振り上げた。
十鳥は、それを逃さなかった。
<いまだ! やれ!>
ドローン要員がナタを力いっぱいドアノブに振り下ろした。
白装束の2人が、国会議員の男を上段から叩いた。客室内が騒然となった。十鳥チームの全員が、客室内の床を靴底で叩く。国会議員の男がギャー! と悲鳴を上げる。客室内からも悲鳴が飛び交う。
非常口のドアが開く。海人たちがその刹那、客室内に入った。海人たちは十鳥の後ろの長椅子にそっと立つ。
<十鳥さん。後ろにいます>
<黙って立っていろ>十鳥が命じた。
白装束の男が怒鳴った。
「まだ文句ある売国奴はいるか!」
客室内は一転、押し黙った。
「そんなもんだよ! 売国奴の僕(しもべ)たちは! じゃあ、こちらから指名するから手を上げろ! 政府の売国奴役人ども!」白装束の男が前列を睨む。誰も手を上げない。白装束の男が、また怒鳴った。
「官邸の警察出身審議官! まず、お前だ!」前列の男を指した。やれ! 隣の白装束が自動小銃を突きつける。
「お前は悪知恵の働くスパイ工作機関の奴だ! おっと、やはり官邸の犬だったな。小便漏らしているじゃないか! この犬め!」
自動小銃を持った白装束が、その銃を振り上げた。官邸の犬が泣き喚(わめ)く。
「助けてくれ。命だけは助けてくれ。私は上の命令で乗っているだけなんだ」
「ほほ、命乞いときたか。助けよう。その代わり、皆に聞こえるように言え! 『私は官邸の犬です。売国奴の僕です』さあ言え!」
官邸の男が四つん這いになり、
「私は官邸の犬です。売国奴です。助けてください」と涙声で言った。
それを確認した白装束の男が隣の男に命じた。
「こいつを殴り倒せ! 殺すなよ。助けてあげるのだからな」
白装束の男が銃床でしこたまぶん殴った。官邸の犬が悶絶した。
「いいか、よく聞け! これから教祖先生の聖音を放送する。頭を垂れて聞くのだ!」そして白装束の男がインカムに言う。
再び陰々とした曲が流れ始めた。あの葬送曲にような……。
葬送曲が終わった。
白装束の男が「聖音・聖詩」と厳かに発した。その数秒後、艦内放送が流れた。
『無常の世界に我等はいる 我らは姿を変え 永遠に生き続ける それは天壌無窮 だが全ての人間に その光栄を与えない 我等は天に選ばれし者たち 天の意思を持つ者たち』
この訳の分からぬ「聖音・聖詩」が繰り返し流れている。十鳥は突撃の間合いを見計らった。今か? 今でしょう! いやそうではない! まだだ!
館内放送が止んだ。白装束の男が怒鳴った。
「これから全員の身元を確認する。外部との連絡機器を没収する」
<皆、奴らに従え>十鳥がインカムに囁く。
<了解>全員が応える。
<こちらS班。〝エゾッソ号〟の後ろ100メートルにいます。狙撃用ライフルあり。いつでも命令を>S班チームの班長からだった。
<了解。指示を待て>十鳥が小さく応えた。俺のチーム員は優秀だ。よく頑張ってくれている。俺が選んだだけある。深い溜息を漏らす十鳥。だがこれからだ。
白装束の2人が長椅子列の両端に別れ、調査団のメンバーを点検し始めた。調査団全員がおとなしく来るのを待っている。十鳥の視線が白装束と調査団のメンバー、彼らを追う。ん? 彼は――もしかしたら――。
白装束の一人が3列目にやって来た。
「身分証を見せなさい!」
言われた調査団の男が胸ポケットから名札カードを取り出す。
「通信機器をこの袋に入れなさい」
言われた男が従う。
白装束がその男の顔に近づく。触れ合うほどに。白装束の手が男の手に触れる。オートマチック拳銃が、誰の目にも触れず渡された。調査団の男が後ろに手を回し拳銃を隠した。それを確認した白装束が隣の調査団の男に行く。身分証の確認。通信機器の没収。次々と確実に終えて行く。この光景を後ろから十鳥は凝視していた。彼だ! ミハイルだ! あの白装束は〝彼の妹〟だ! ミハイルの隣のロシア人は、彼の部下に違いない。ミハイルから何らかのサインがあるはずだ。
<ミハイルがいる。部下もいる。点検中の白装束ひとりは味方だ>十鳥はインカムに囁いた。<了解>
ミハイルの列を点検した白装束が、端で点検中の白装束に言った。
「残りは、私がやりますから準備をしなさい」
言われた白装束は回収袋を持って戻って行った。
白装束(〝ミハイルの妹〟)が十鳥の列に来た。次々と作業をこなし、十鳥の番となった。白装束が十鳥を凝視した。そして目出し帽から大きな目を見せ、瞬いた。合図だ! 十鳥も瞬いた。
「身分証を出しなさい。通信機器はこの袋に入れ、ないで」白装束が回収袋を出し、
「これで全部ですね」と言って、隣に移った。隣もアウトドアスタイル黒づくめの十鳥班の要員である。瞬きし、回収袋を出し、次々と移動して行く。十鳥の部下たちも、通信機器を回収袋に入れたフリをしていた。
白装束が最後部の海人たちのところに来た。白装束の目が瞬いた。
「身分証を。私はアキロマ教授の妹ですよ。通信機器を出しなさい。NO」
海人は黙って瞬き、回収袋に手を入れた――通信機器を入れたフリ。
「隣の人も――」
そして点検を終えた白装束が前方に戻って行った。
(続く)
参考まで。
1.ミハイル。彼の実像はロシア対外情報局の局長イワノビッチであり、アキロマ教授でもある。既述している。
2.〝私の妹〟は、イワン・スワノバ・エカニーナである。彼女は、イワノビッチ局長の妹だが、ロシア連邦内のイスラム原理主義過激派に潜入しているロシア情報機関のスパイである。これまでの物語にそのようなことが水面下で描いている。ユルリ島から脱出して根室で教祖三神らテロ犯たちに合流。他にも数人合流した人物がいる。