ブログ冒険小説『闇を行け!』エピソード
ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ
自由のために身も心も捧げよう
今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)
(主な登場人物)
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父(アボジ)」
・ムボンの母 通称は「ママ」
(エピソード)
夜11時30分。かなり遅い夕食だったが、海人と榊原は共同で、徹夜で仕上げる研究論文があるから、軽く腹を満たす程度だった。
海人と榊原がお気に入りのコストコで買った格安の「ローストの鶏1羽」を、簡易ビニール手袋をつけた手でむしり取っていた。
海人が手羽を口にくわえた時だった。テーブルのスマホが震え鳴った。
以外にも、十鳥でなくムボンからだった。しかも海外からである。十鳥から5月中旬にムボンと仲間がウクライナに行った、とは聞いていたが。
「今ウクライナの夕陽を愛でています。先生。美しいプレーリーサンセットになりそうですよ」7時間遅れのウクライナからムボンが、わざわざ連絡をよこしたのだった。
「そりゃあ、大草原の夕陽だ。地平線に沈む光景は、特にウクライナの小麦畑のそれは絶景だろうな」海人が想像を膨らめせて言った。
「榊原先生もお元気ですね……」ムボンが榊原と会話したそうに言った。海人がスマホをスピーカーホンにした。
「榊原に代わるよ」
「お久しぶりです。榊原先生。実はお聞きしたいことがありまして……」
「何でしょう?」
「あの‶闇を行け!″で、榊原先生は、ある時から抗体検査をしませんでしたね?」ムボンが言葉に気をつけて訊いた。
「そのこと? 皆、潜っていたから止めたのよ」榊原が答えた。
「実は……先生たちが帰国した翌日の抗体検査で、俺は無症状の陽性でした」
「親父さん、ママさん、クンさんは?」榊原が訊いた。
「俺以外、皆、陰性でした。俺は隔離の2週間生活し、陰性となりました。皆元気ですが……」ムボンが言いたいことを残したのが、榊原に分かった。
「ムボンさん。海人先生も私も陰性ですよ。十鳥さん、役立さんも陰性ですよ」
「良かった……」何かが喉まで出かかったのを、抑えているかのような物言いだった。
「海人さんに代わりますわ」察した榊原が、そう言って海人に代わった。
「ムボンさん。喉から吐き出して良いぞ!」海人がズバリ言った。
「先生たちも承知されていることですが、北朝鮮で新型コロナ感染が猛威を振るっていますね。あの時……兵舎内の者たちに猿ぐつわをかませたのですが……俺は唾を吐き付けたのです。それと感染が関係しているのでしょうか?」
「陽性者の唾だからな。しかも飛沫でない。キスして移っているようなイメージだな。だが、北朝鮮のコロナ感染は5月前後からだよ。‶闇を行け!″は8月中旬だから、今のところ無関係だね」
「やはりそうですよね……」ムボンが余韻を残して言った。
「いやいや、ムボンさんの新型ウイルスはオミクロンの変異したものだ。北朝鮮のウイルスは、前のタイプだろう」
「海人先生。それでは……これから俺の変異株が……」やはり気にした物言いのムボンだった。
「こう言うのも不謹慎だが、我々の‶呪いかけ″があるかも知れないぞ! ムボンさんの変異したウイルスが拡散するかも知れないよ」海人が予言じみた言い方をした。そして畳みかけた。
「ムボンさんよ。ミサイルと核兵器に国家予算の大方を使い続け、人民を蔑ろにしている独裁王朝将軍様だ。悔い改める岐路にある北朝鮮となった。我々の‶呪いかけ"は、まだ効いているようだね。ところでムボンさんは、ウクライナ支援の義勇兵として戦っているんだね?」
「ええ、ウクライナで、かつての狙撃連隊の同志たちと戦っています」
「今まで何人殺したんだ!」海人が迫った。
「先生。俺はロシア兵の足を撃っているよ。殺してはいない。タマに股間に当たる時もあるけどね」
「戦況は?」海人が短く訊いた。
「へルソン州を奪還して、クリミヤ半島へ向かっているよ。1カ月以内で駆逐できそうです」
「そうか――でも、何よりもムボンさんの安全を祈っている! まだ我々にはやるべきことがあるからね」
「俺たち狙撃連隊は、後方2kmから撃っている。前線部隊は苛烈だが、暗視ゴーグルで暗夜を進んでいるから、かなり安全性は高いです。帰国したら、札幌に行きますよ」ムボンは声を明るくして言った。
榊原が割って入った。
「ムボンさん。白い十字架がお守りくださりますわ。ムボンさんには祖先たちも守っています。きっと。私たちも祈っていますよ」
「先生たち。ありがとう!」ムボンの電話が切れた。
海人が姿勢を正して言った。
「英子さん。食う前に祈ることとしよう」
「ええ、そうしなきゃね」榊原も背筋を伸ばした。
海人が祈った――
『天にまします父なる御神。どうかウクライナの大草原に、明日はとりわけ大きく明るい陽光が昇り、ウクライナに平和が来たらしめますこと。そしてムボンさんらのご無事を、主イエスの御名を通じてお祈りいたします。アーメン』
海人と榊原は祈りつつ、ウクライナのプレーリーサンライズを観ていた。
何と大きく力強い日の出なのか――
(完)