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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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December 7, 2018
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ヴェルディの最後のオペラ「ファルスタッフ」は不思議なオペラです。ヴェルディらしくないといえばない。大げさな歌も身振りもなく、演劇のように流れていく。だから物足りないと感じ、敬遠する人も少なくない。でも一方で、絶賛するひとも少なくない。ヴェルディは苦手だけど「ファルスタッフ」は別、というひとも知っています。凝っていて精妙で、手回しオルガンの大衆オペラ作曲家(と揶揄される)彼らしからぬオペラなのです。けれど目をこらせば、美しいメロディが花園のように咲いている。いい演奏に巡り会えば、これほど幸福感に浸れるオペラもなかなかありません。

 6日に新国立劇場で初日を迎えた「ファルスタッフ」は、名匠カルロ・リッツィの指揮を中心に、作品にみなぎる幸福感を伝えてくれた素敵な公演になりました。

 「ファルスタッフ」の音楽は、指揮者によっては、おそらくつまらなく聴こえてしまう。演劇的といっても歌があり、美しいメロディがそこここにひそんでいるのですが、それをきちんと聞こえる形にするのはなかなか難しいような気がします。
 イタリアのベテラン指揮者リッツィは、作品を熟知しているというだけあり、音楽の美しさをとことん見せてくれました。花がさざめくような、美しく繊細なメロディたち。第1幕や第2幕に顕著な、伸びやかな対位法(同じ年のワーグナーが書いた、やはりほぼ唯一の喜劇オペラの「マイスタージンガー」も対位法が多用されますが、あれはかなり重厚です)。音楽で存分に描写されるコミカルな場面(笑い声があちこちから)。「ファルスタッフ」の、まさに魔法のような音楽が、「ここがこうなっている」と明瞭になってゆく、その快感。
 何より素晴らしかったのは、音楽のすみずみにまで、幸福感が満ちていたことです。ヴェルディはこの作品を書いているときに、こころから幸せだったのだ、ということが伝わってきて、こちらまで幸せに、そしてじん、となってしまいました。すべてから解放された最晩年に、おそらく本当に心から描きたくて、楽しんで書いた音楽。「ファルスタッフ」を書いたおかげで、音楽史上のヴェルディの評価は明らかに変わりましたが、それを楽しみながら成し遂げてしまったことは、奇跡のように思えます。もう格闘しなくてもよくなった、音楽を楽しめるようになったヴェルディがひょいと書いたものが、彼の評価を変えた。やっぱり天才です。リッツィはもちろんそういうことをすべて了解して、この作品を振ってくれたのだと思います。

 歌手も水準が高かったですが、いちばんの収穫はロベルト・ディ・カンディアのタイトルロール。彼はベルカント・ブッフォの歌手というイメージが強かったのですが、ベルカント的なあかるく明瞭な発声が、実はこの役に映えるのだ、ということがよくわかりました。ファルスタッフ役というと、イタリアではもっぱらマエストリですが、巨漢だからあっている、という先入観が感じられないでもない。ちょっと声が立派すぎるなあ、と感じる時があるのです。カンディアくらいの、あまり堂々としすぎない声のほうが、室内オペラ的なこの作品にはいいかもしれない、と感じました。
 一方でフォード役オリヴィエーリは美しく、ストレートで、響きのいい立派な声、それがパロディ的なこの役には悪くなかったです。クイックリー夫人のシュコーザも堂々たる押出し、幸田浩子さんのナンネッタは、鈴を鳴らすような可憐な声が役柄にぴったり、コロラトゥーラも美しかった。

 17世紀のオランダ絵画をベースにしているというジョナサン・ミラー演出(4度目)もほんとうに美しく、しかも今回改めて目を見張ったのですが、いちいち「絵になっている」。どう見えるか、を計算され尽くした演出なのだと感心しました。第2幕第2場の、恋人たちが隠れる衝立にフォードたちがにじりよる場面での演技のおかしさ、最終幕の、仮装した新郎新婦登場の場面ですばやく作られる枝のトンネル。細やかなアイデアが盛り込まれていて、まったく飽きることがありません。

 見ていて幸せな気分になるオペラといえば、私にとっては「フィガロの結婚」が最右翼ですが、「ファルスタッフ」も同列にくわえたい、と思えた、幸せな師走の夜となりました。

 「ファルスタッフ」はあと3回公演があります。お見逃しなく。詳細は以下です。

 ​ファルスタッフ





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最終更新日  December 7, 2018 03:05:36 PM


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