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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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June 9, 2019
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METライブビューイング、今シーズン最後の演目は、プーランクの「カルメル会修道女の対話」です。
 あまりなじみのない演目で、ライブビューイングではもちろん初めて。初日の夜に行きましたが、思ったより客席は埋まっていました。ふだんより男性率が高かったような気がします。一部のオペラファンにはそれなりに知られている気もするので、それもあるのかもしれません。

 いやはや、すごいオペラだ、と改めて思いました。

 私は生では1度しか見ていないのですが(藤原歌劇団の公演)、むしろこのオペラが凄いと思ったのは、その後いくつかの映像を見比べているうちに、でしょうか。このオペラが初演されたスカラ座でムーティが指揮した映像なども(カーセン演出)、音楽の鮮やかさを伝えて印象的です。

 「カルメル会」というオペラは、史実をベースにしています。フランス革命の終盤、恐怖政治のもとで宗教も迫害され、修道院に解散令が出されるなか、信仰を守って殉教したカルメル会の修道女たちの物語。そのなかでギロチンを逃れたひとりの修道女の手記がベースです。彼女たちは20世紀に「福者」に認定されました。
 手記はその後、ル・フォール、ベルナノス、そしてプーランクにより、小説や映画のシナリオ、そしてオペラになったのです。詳しくは拙著「オペラでわかるヨーロッパ史」をご覧いただければ幸いです。
 
 オペラでわかるヨーロッパ史オペラでわかるヨーロッパ史

 どの物語もほぼ史実通りですが、さきがけとなったル・フォールの小説における大きな変更は、架空の女性ブランシュの創造です。それはほとんどル・フォールの分身のような存在。おびえやすくてはかなくて、殉教の誓いをきいて逃げ出してしまう。ル・フォールの小説ではブランシュは殴り殺されますが、ベルナノスのシナリオ、そしてプーランクのオペラでは、恐怖を克服して断頭台に上がります。彼女が恐怖を克服できたのは、死の際して断末魔の苦しみをさらした修道院長が、ブランシュの「恐怖」を肩代わりしてくれたから、という経緯があり、ここはこのオペラのスピリチュアルなハイライトであるように思います。そう、このオペラで重要なのなは、「人間の目に見えない」部分が大きなテーマになっていることではないかと思う(歌手たちもインタビューで「スピリテュアルな作品」と言っていました)。そういう点で、やはり宗教的な色あいの濃い作品だと思います。神秘的な部分があるといってもいいかもしれない。

 フランスオペラには、宗教色の濃い作品がときどきあります。19世紀ならグノーの「ファウスト」もそうですし、20世紀にはいると先般日本初演されたばかりのメシアン「アッシジの聖フランチェスコ」という大作がある。またオペラではなくオラトリオではありますが、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」も、やはり「聖女」ジャンヌ」を考えずには聴けない音楽です。「カルメル会」がフランス人でカトリックであるプーランクの手で生まれたのも、必然ではあったのでしょう。最初、題材を提示された時には、地味な物語だと迷ったそうですが、作曲を始めてからはのめりこんだようです。
 
 今回の指揮をとったMET音楽監督ネセ=セガンは、幕間のインタビューで、このオペラの音楽を「壮麗」、そして「修道院の柱のよう」だと表現していました。後者はなるほど納得でした。彼はまた「退屈しがち」な音楽だというようなことも言っていましたが、とんでもない!彼の手にかかると、どの音も明瞭で、意味を持って立ち上がってきます。人物のその場の感情をに沿って、めまぐるしく移り変わる。だからドラマが、心の葛藤がシリアスに迫ってきます。しかもすみずみまで美しい!たとえていえば、細かいレリーフが織り込まれた厚みのあるタペストリーのよう。それが織り上げられていく「壮麗」さ。「ブランシュの動機」「殉教の動機」などが織り込まれ、ところどころに織り込まれた聖歌の旋律や、宗教音楽につきものの対位法がキラリと光りを放ちます。最後の、修道女たちが断頭台に消えていくところで歌われる「サルヴェ・レジナ」は衝撃的ですが、それ以上に浄化されるのは、最後の最後でブランシュが歌う「来れ、聖霊よ」。そして群衆たちのうめき声。天上に上っていく「ブランシュの動機」。息を飲み、引き込まれっ放し、あっという間の3時間でした。

 歌手たちもみな熱演。ブランシュ役のイザベル・レナードの凜とした深い声、コンスタンス役のエリン・モーリーの明るく清冽な声は、それぞれブランシュ、コンスタンスのキャラクターにぴったり。インタビューによれば、2人は音楽学校時代からの親友だとか。息があっているのはそのせいもあるのでしょう。いいですねえ。
 ライブビューイングはお久しぶりのベテラン、カリタ・マッティラは死を前に狂乱する修道院長を大熱演。リドワーヌ新修道院長のエイドリアン・ピエチョンカは今が旬の大ソプラノ、やわらかで格調高い声は、落ち着いたこの人物にやはりぴったりです。たくさん女声がいるのですが、みな適材適所で、さすがMETと思わされました。
 
 ジョン・デクスターの演出は、40年前からMETで上演されているとのこと。宣伝写真には、舞台上に広がる十字架型をした舞台に、うつぶせに横たわる修道女たちの姿があり、幕切れの断頭台での彼女たちかと思ったら、最初の場面でした。断頭台の場面はもっと現実的な、史実を連想させるもので、一般女性の服装をした〜多分逮捕された時そういう服装〜修道女たちが、群衆に囲まれているなかをひとりひとり舞台の奥にある(見えない)断頭台へ向かっていく、というもの。
 これ、意外に効果的だなと思ったのは、これまでは群衆が見えない舞台が多かったのですが、群衆を可視化することで、群衆が歌う合唱〜ハミングもあり〜がよくできている、ということがよくわかったことでした。
 ちなみに、十字架状をした舞台はずっとそのまま出ており、ドラマはすべてその上で演じられます。METの広い舞台を生かした、いいアイデアだと思いました。

 司会役はお久しぶり!ルネ・フレミング。さすがに当意即妙、中身のある話をどんどん引き出してくれて、興味の尽きないインタビューを楽しむことができました。

 「カルメル会修道女の対話」は木曜日まで。楽しむだけがオペラじゃない、心に深い碇を下ろしてくれるオペラもある。あるいは壮麗な音楽に浸るだけでもいい。来た甲斐があったと思わせてくれる、貴重な作品です。

https://www.shochiku.co.jp/met/METライブビューイング





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最終更新日  June 9, 2019 08:49:12 AM


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