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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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May 18, 2020
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「トリエステの坂道」は、1990年に「ミラノ、霧の風景」でデビュー、講談社エッセイ賞と女流文学賞をダブル受賞して話題をさらい、98年に急逝するまで10数冊のエッセイを発表して読書好きを魅了し続けた伝説のエッセイスト、須賀敦子さんが、イタリアの「家族」とその周辺を描いた1冊です。

 須賀さんは他の本も実に魅力的なのですが、この本に収められた「セレネッラの咲く頃」というエッセイに、彼女がそのころ訳していた石川淳「紫苑物語」のことが出てくるのにつられました。「紫苑物語」は、ご存知の方も多いように、西村朗さんの作曲でオペラ化され、昨年2月に新国立劇場で初演されています。
 とはいえ、今回須賀さんの作品を数冊読み返した中で一番やられたのは、本書に収録されていた「ふるえる手」というエッセイでした。イタリアを代表する作家、ナタリア・ギンズブルグとの交流を描いた作品ですが、秀逸、というか鮮やかなのは、ローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会の祭壇にあるカラヴァッジョの「マッテオの召出し」との出会いと(著者は絵画には相当造詣が深い)、ギンスブルグとの出会いと別れを重ねているところです。
 ローマでこのカラヴァッジョ作品に出会い、「深いところでたましいを揺りうごかすような作品」に出会った「稀な感動」に浸った数ヶ月後、著者は憧れの作家の一人であるギンズブルグに、人を介して出会います。2人の間には敬意に満ちた親交が生まれますが(「ありがたい、なつかしい先達」と著者は回想します)、しばらく後、ギンズブルグは病で逝きます。著者は最後に彼女に会ったときのことを思い返し、彼女が「すっかり元気」と言った言葉を信じてしまった自分をうとましく思う。「重い現実を支えきれないでいた」著者は、その足でカラヴァッジョを見に行きます。そしてその作品の中に、カラヴァッジョ自身を発見するのです。
 とくに作中のその男の、「醜く変形した両手」、「変形はしていても、醜くても」、「画家に光をもたらす」「絵を描く手」に。そして著者はその手の向こうに、最後に会った時のギンズブルグの、震えながらコーヒーを淹れてくれた「疲れたよわよわしい手」を見るのでした。
 
 「鍋つかみのかわりにした黒いセーターの袖の中で、老いた彼女の手はどうしようもなくふるえていて、こぼれたコーヒーが、敷き皿にゆっくりとあふれていった」
 
 やられました。込み上げてきてしまったんですね。
 恐るべし、須賀敦子。
 
 須賀さんの最大の魅力は、人物に対するあたたかな目線にあると、今回読み返してみて感じました。どんな身分の(失礼)人にも、ギンズブルグのような大家にも、アフリカからイタリアに連れてこられた、放浪者のような青年にも、丁寧で暖かな視線を注ぐ。人間としての品格のようなものを感じます。クリスチャンだったこともあるのでしょうか。
 ご存知の方も多いかと思いますが、須賀さんはもともと日本の富裕層の出身です。それがフランス、そしてイタリアへ渡り、労働者階級出身のインテリと結婚し、書店経営に関わりますが、6年で夫を喪うという激変を経験。帰国後、大学で教えながら翻訳、エッセイに取り組みました。結婚した相手の社会階層の低さは、お嬢様だっただろう須賀さんとはかけ離れていたはずです。そこに溶け込み、イタリアの現実を肌で知り、それを、フィクションを散りばめたように幻想的で、含蓄にとんだ、そして勁い筆遣いで淡々と、でも根底には熱を込めて描いてゆく。そこにはいつも「人間」がいます。若桑みどりさんが「クアトロ・ラガッツィ」で16世紀の人々に心を重ねたように、須賀さんは20世紀後半の激動のイタリアに生きる様々な人々の日常と人生を心の目で追うのです。
 読者は須賀さんのエッセイを通して、イタリアの「現実」を、人間の息遣いと共に受け取ります。下層階級の貧しさ。(ミラノにも、未婚の女性が妊娠して捨てられる「カヴァレーリア・ルスティカーナ」のような世界があります)。厳然と残る身分制(ミラノの大聖堂を挟んで、街が「階級」に分かれているという指摘も本当に面白い)。今に残る貴族たちの生活ぶり。けれど階級社会と言っても様々な人々がいて、階級間をつなぐ役目を果たすのも、「人」なのです。
 
 「差別」も様々です。階級間の差別、思想的な差別。そして、いわゆる「南チロル」と呼ばれる、第一次大戦までオーストリアに支配されていた地域のドイツ、オーストリア系の人たちが、まだ「イタリア人」を下に見ているというような(知らなかった。。。)人種的な差別。最近、ベルリンでも西に住む人はずっと西に住み続けて東というとまだ馬鹿にする、というような話を聞いたばかりだったので、差別というのは、人間どこへいっても付き纏うものだと改めて思いました。
 
 須賀敦子は、そんな混沌とした人の世で、いろんな人々を繋いだ存在だったのでしょう。そして彼女が、著作という形で、その世界と読者を繋いでくれたのは、僥倖と言うしかないような気がします。
 
須賀敦子「トリエステの坂道」 新潮文庫





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最終更新日  May 18, 2020 03:38:01 PM


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