甘い血日誌

「お師匠様～～～～～～」

「おしょさぁ～～～っ・・・・」


今にも朽ち果てそうな山門を物凄い勢いで走り抜けながら

ポク念の叫び声はかまいたちのように

辺りを切り裂いた


「喝！」

「ひっ！」

蛇鸞の発した一声でポク念の動きが止まる


「何をそのような慌てざま　

　まるで天地が引っ繰り返ったかのような騒ぎ

　一体どうしたことじゃ」


いまだ金縛りにあったかのように僅かに震えるだけのポク念


「覚！」

豊かな声で蛇鸞が発するとがたりとポク念が膝をついた


「はぁはぁはぁ

　た　大変でございますお師匠様・・・

「大変はわかっておる

　息を吸い　落ち着き　事の次第を申せ」

「はい　すぅ　すぅすぅ　すぅ　ぅ・・

　暴れておりますのです

　九十九の家の痩せ牛があばれておりまする」

「なんと　普段あのように大人しい痩せ牛がとな」

「はい　とても手を付けられませぬ

　村の者も何人も手傷を負っておりまする」


蛇鸞は本堂に走る

ポク念もあとを追う


蛇鸞は半紙に筆をすべらせる

折りたたみ懐に仕舞うと独鈷を手にとり立ち上がる


「案内せい！」

ポク念を先に走らせ後を行く

「あそこにございます！」


血の池のごとく目を血走らせ痩せ牛はゆっくり歩いていた

蛇鸞は痩せ牛の正面に立ち半眼のまま何か口の中で呟く

痩せ牛は口から涎を垂らしながらじわりと近付く

蛇鸞は微塵も下がることなく懐から半紙を取り出し広げた

独鈷を頭上にかざした瞬間痩せ牛が走り出す


「あっ！」ポク念が叫ぶ

その角に弾かれ蛇鸞の体が大きく飛ばされた

「お師匠様！」駆け寄るポク念


「大丈夫じゃ　うっ　手を貸せ」

立ち上がりぼろぼろの衣の裾を直しながら痩せ牛に近付く


額に「律」と書かれた半紙が突き立てられた独鈷でとまっている


「痩せ牛よ　何があったかは知らぬ

　だがここは理の世じゃ

　ここでこのまま立ち尽くし後の世の碑となるのじゃ」


新潟県頚城郡母念寺に伝わる「立ち牛石」の由来譚でゴザマシタ


ﾊﾞｯｸｸﾞﾗｳﾝﾄﾞﾐｭｰｼﾞｯｸ
タイスの瞑想曲

付記
吸った息は吐かない
誰でも出来るＣＯ２削減