率直な皆さんのコメントをたくさんいただき、ありがとうございました。
教師も人間である以上、
いろいろな考えや気持ちになり、
他の人と同じように
困ったことの話をします。
ただし、
教師である以上、
人に対する気持ちの優しさや
心構えが必要だと思っています。
私がコーチングを学んでいて、
コーチから
こんなことを言われたことがあります。
「学校に行くと、『教師』という服をいつも着て、
子どもやいろいろな人と接してしまいますね。」
教師なのだから、
そんなの当たり前だし、
何でそのような言われ方をされるのか
理解できませんでした。
というより、
「何、言っているんだ。」
という少し怒りに近いものさえ
込み上げてきました。
しかし、
コーチの言った意味は違っていたのです。
学校に行くと、
「教師」でなければならない。
たとえば、
教師なのだから、親に頼らない。
何でも知らなければならない。
子どもには、いつもきちんとしていなければならない。
(だから、子どもにもきちんとしていることを要求してしまう。)
「~べきである。」
「~しなければならない。」
自分に勝手な教師像を課して、
いつも臨んでいたのを
見透かされていたわけです。
もちろん、
教師がだらだらしていてはいけませんが、
人間として、
強さとともに、弱さも
もっと見せていってもよい。
見せられることで、
もっと
子どもたちのことも
許容できる。
そんなことに
気付いていなかったわけです。
「教師なのだから、○○すべきだ。」
もっと教師らしく・・・
繰り返しになりますが、
教師としての基本的なことは
必要です。
身につけることは大事です。
でも、
その前に
人間らしく、
「自分にもっと向き合う」
それがもっと大切なことですね。
今日、たくさんのコメントを
読ませていただく中で、
自分はどうだろう・・・
貴重な振り返りになりました。
ありがとうございます。
小学校の教師をしています。
相手の気持ちに向き合う・寄り添う
そのためには、どうしたらよいのか
そんなことを勉強中の毎日です。
自分の問題に向き合い、
自分を癒したいお母さんに
見ていただきたいブログがあります。
(妻のブログです。)