『溺れる恋』高遠琉加
『溺れる恋』高遠琉加ああ、恋の字は旧字だが、変換面倒なのでそのまま。最近、気になる作家さんになった高遠さんの1年くらいまえに出た本。おおおイラストが今市子さんだ。もう今さんは近代日本(明治~戦前)までの舞台設定ものにはほぼ欠かせないレーターさんなんだな。そりゃ気持ちはわかるが、彼女のオリジナルマンガはほぼ現代ものだということを考えると、複雑だな。「古くさいのが似合う」って言っているようなもんだ。時代も設定も自分の直球ストライクだったが、ストーリーに深みを与えるべく一生懸命調べたらしい当時の社会情勢をそのまんま書き写しているだけで、全然消化されてない……。もっとお話にリンクしなくちゃ意味がないよ。でも当時の豪華客船の渡航料金とか要する時間とか、ちゃんと調べるのはいかにも面倒くさそうな事実を、次々手を変え品を変え出して来て、まあその努力は報われているかも。関東大震災直後の時点から物語は始まる。復興著しい大正末期~昭和初期の日本から、スエズ運河を経由してイギリスに渡る豪華客船(日本郵船所有)に乗船する銀行家の三男坊とその母。なにかが始まる予感……。形容詞を重ねて緻密に情景や人物を描写していくのが高遠さんは実にうまいと思う。ただ今回は時代情勢の説明がうざすぎる。それがぜんぶ本筋に直接からむのであれば伏線として機能するけど、ちょっと遠いよね。調べた事実は作家さんのなかで消化してアレンジして、100を10ぐらいにして出さなきゃな。でも、一瞬目の端をよぎったかつての想い人とか、豪華な首飾りとか、ミステリ仕立ての部分は、謎解きは単純だけどちょっとドキドキさせられる。因縁の男との関係を説明するために、フラッシュバックで主人公の学生時代に時は戻る。奥ゆかしい視線だけの恋心。わかんねーっつうの! でも攻の家が傾きかけた原因が受(主人公)の銀行だったことで二人はそのまま分かれてしまい、数年後の時点が豪華客船というわけ。あータイタニックですか? それともポセイドンアドベンチャー? 泊まっている豪華客船(笑)には乗ったことがあるけど、まああんなものか。金に飽かせて建造した一等部分はさぞや豪華だったろう。チャップリンとか、昭和初期にやはり船で日本に来ていたような気がする。ああそうそう、森茉莉が大震災前に一足先にパリに行っていた夫の山田環樹の後を追って、兄と二人で渡航する様子はエッセイで読んだ。あこがれの時代だ。二人は何年も離れていながら、お互いずっと思い続けていた(なのに相手の意思は未確認)という妄執部分がBLとしては弱い。ミステリあり、少女時代の白洲正子みたいなはねっ返りの超お嬢は出てくるし、停電直後に紛失が発覚する豪華な首飾りとか、ちょっと要素が盛りだくさんすぎて、ラブが薄くなるし。でもこういう全体としてはミステリやサーガで、その一部がBL,ぐらいのほうが自分は好きなんだな。もともと高遠さんってそれほどえろシーンは濃くないから、この二人が駆け落ち(笑)するほど愛し合っていたとはびっくりだ。ああそうそう、戦前のよき時代のラッフルズホテルが出てきた。何年か前に泊まったが、豪華ではないよね。日本で言うクラシックホテル。すべてが高くてサービスは一流で、宿泊客でないとエレベーターは作動しない仕組みだった。せっかく渡航料金まで調べたのに、カードもない時代にラッフルズの宝飾店では船上や下り立った港で、どういう貨幣を使っていたのかが気になる。もしかしてこの時代ってまだ金本位制?それから、数日前によんだ「長州ファイブ」では、まだスエズ運河開通前なので喜望峰回って3ヶ月もかかっているけど、この時代はもう開通していて約50日。それでも十分長いが。こいうところが面白い自分は、やっぱり純粋なBL読みではないよなあ。ああ、せっかくだから今さんにはやはり豪華な振袖と、豪華客船の内部をしっかり描いてほしかった。望みすぎ?