ノッティングヒルの恋人
【ノッティングヒルの恋人】「ずっとあなたのことを想ったわ。いつもまともな人との関係を大切にしようと努力しても、不幸な結果になるの」「その気持ちだけでうれしいよ」図書館の雑誌閲覧コーナーで週刊新潮の最新号を読んでみた。デキる男!?は好色なのか何なのか知らないが、政治の最先端で舵を切る某氏は、なかなかの人物だ。記事のすべてを鵜呑みにするわけではないけれど、仮に事実だとして、妻子ありながら他にも二人の女性と色恋沙汰になるなんて・・・まったくもって女の敵だな、と私は憤る一方で、恋愛というのは年齢など関係なく、常識にとらわれないところで発生するドラマなんだと実感した。つまり、才能がないと恋愛なんて成立しないものなのだ。その点、私なんか身も心もカサカサして浮いた話の一つもなく、不倫報道で世間を賑わす某氏に、あるいは嫉妬さえ覚えているのかもしれない。これではいかんと、TSUTAYAで借りたのは、90年代の名作『ノッティングヒルの恋人』である。カテゴリにしたらロマンティック・ラブ・コメディというやつだ。当時ものすごい話題にもなり、舞台となったロンドン西部ノッティングヒルに観光客が押し寄せたのだ。もちろん、日本人観光客も殺到し、小さな街がだいぶ潤ったのではと想像がつく。私はこの作品を何度か見ているが、何度見ても同じ感想しか出て来ない。恋愛とは一つの才能だとつくづく感じさせるものである。ストーリーはこうだ。舞台は西ロンドンの下町ノッティングヒル。ウィリアム・タッカーは、しがないバツイチ男で、旅行ガイドブックの専門店を営んでいた。そこへ突然お忍びで現れたのがハリウッド・スターであるアナ・スコット。ウィリアムはあまりにもびっくりして気の利いた会話もできないでいた。だが二人は視線が合った瞬間、お互いが惹かれあっていることに気付いてしまう。アナがガイドブックを一冊購入して店を去ったあとも、ウィリアムは興奮冷めやらぬ気持ちでいっぱいだった。その後、オレンジジュースを買いに出かけ、再び店に戻る途中、大失態をおかしてしまう。街角で女性とぶつかり、その拍子にジュースを服にこぼしてしまうのだ。ところがその女性は、なんと、ハリウッドの大女優アナ・スコットであった。再び目の前にいる大スターを目にしたウィリアムはオロオロしながらも、必死で近所にある自宅に招き、着替えをしていくよう提案する。アナはその申し出を断らず、ウィリアムの自宅で洗面所を借りた。ウィリアムは飲み物やスイーツなどを勧めたりしてアナをもてなそうとするが、アナは優しく断り、微笑んでいる。夢心地のウィリアムはアナを玄関まで見送り、現実に起こったことが信じられないでいた。アナが去ってしばらくすると、再びチャイムが鳴る。ドアを開けてまたまたウィリアムは驚く。アナが「本を忘れた」と言って戻って来たのだ。そして二人の視線がかみ合った瞬間、アナは突然ウィリアムに唇を重ねるのだった。 主人公アナ・スコットに扮するのはジュリア・ロバーツ。代表作でもある『プリティ・ウーマン』の大ヒットに気を良くしたのか、ロマンティック・ラブ・コメディ作品に度々登場することになる。『プリティ・ウーマン』では一介のコール・ガールが玉の輿に乗る恋愛成就ドラマを見事に表現した。大きな口で「ギャハハハ」と笑うおバカキャラを、厭味なく演じたのも高評価につながったと思う。『ノッティングヒルの恋人』では、ある意味、等身大の自分を演じてみせたような素振りもうかがえる。90年代を席巻したジュリア・ロバーツだが、この時期をピークに低迷が続いている。一方、英国人俳優ヒュー・グラントは、その気品もさることながら、見え隠れするインテリジェンスが止まらない!自分の立ち位置をよくよくわきまえた役者さんで、安定した演技力だ。 こういうお伽話のような恋愛なんかありえないとケチをつける前に、もともと恋愛とは幻想なのだと達観した心境で見てみると、すばらしいものに感じる。バブル崩壊後、本当に大切なのは「だれかを愛すること」なのだと、日本中が恋愛至上主義に走った。そんな時代を象徴するような笑いあり恋愛ありの代表作と言っても過言ではない。一見の価値あり。 1999年公開【監督】ロジャー・ミッシェル【出演】ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント