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2015.02.14
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カテゴリ:読書案内
【久世光彦/桃ーーお葉の匂い(『短篇ベストコレクション~現代の小説2000~』より)】
20150214

◆熟れた桃の匂いは死にゆく者の匂いに通ず
文字で読む小説が、時に、映像となって見える場合がある。
それはもう鮮やかで、スゴイ時は香りまでが嗅覚を刺激するのだ。
これまでそういう経験をした作品に、向田邦子や山田太一のものがある。
このたび、それに久世光彦を加えたいと思う。
こうして考えると、どの作家もテレビドラマの脚本も手がけているので、視聴者とか読者の存在をものすごく意識していることが分かる。
自己満足の恍惚とした世界観からはほど遠く、常に読む者の懐を探るような、繊細さと鋭さが感じられるのだ。

今さらだが、久世光彦は「くぜ・てるひこ」と読む。
TVプロデューサーとしても有名で、代表作に『寺内貫太郎一家』や『時間ですよ』などがある。(これらの脚本は向田邦子が手掛けている)
東大文学部卒の、いわゆるパリパリの文学畑の人物であるはずなのだが、作品は通俗的で大衆向けなのだ。
だからこそ、その魅力たるや一言では言い表しようもない。

『桃ーーお葉の匂い』は、「短篇ベストコレクション」に収録されている作品である。
他に浅田次郎、伊集院静、重松清、常盤新平などのそうそうたる純文学作家らの中にあって、久世光彦の作品は他のどの小説よりも異色で、燦然と輝きを放っている。

あらすじはこうだ。
男は女衒を生業としていた。
お葉とは、けじめのない男と女の暮らしをしていたが、今夜はお葉の姿が見えなかった。
お葉の匂いの代わりに、変な匂いがした。
それは、卓袱台の方からして来た。
男のために用意された夕飯の匂いかと思いきや、崩れかけた大きな桃の匂いだった。
その桃の匂いたるや、まるで濃密な男と女の匂いのようだった。
男は、古くからの仲間の長吉から聞いた話を思い出した。
長吉によると、「死にかけた女ほどいいものはない」とのこと。
もはや手の指が布団の端をつかむこともなく、足指が反り返ることもなく、腰を揺すり上げる力さえ失くした女の、たった一か所だけ、力に溢れているのだという。
場末の廓では、順番待ちをしている悪趣味な客が大勢いて、死にかけた女の命と引き換えに、ご祝儀を普段の10倍~20倍までにはずんで、段取りをつけるのだ。
これを裏の業界では“お見送り”と言うらしい。
男は卓袱台の上に乗った大きな桃の匂いから、ついつまらない話を思い出してしまうのだった。

この作品は、暗く陰鬱で覇気がない。
それなのに、静かな極楽浄土を想像させられるのはどうしてだろう?
登場人物たちのどうしようもない人生が、すべて肯定されるような柔軟性を感じさせる。
執着というものが人間の不幸の元凶ならば、どんな男にも等しく春を売る女は菩薩なのだ。
自分の身体など、あってないようなものなのだ。
その行為を誰が批難などできようか?

あなたの妻が、子どもが、たとえ人には言えないような職業に身を委ねていようとも、そんなことは大したことではない。
右へ行こうが左へ行こうが、すべては同じ。
あるのでもなく、また、ないのでもない。
生きていることも死んでいることも、さして変わりがないのだ。

言葉にするのは簡単だが、理解するのは難しい。
現実には、瑞々しい桃も腐りかけている桃も、同じ桃であることに違いはなく、やがて細かな毛の生えた皮膚を破って崩れ果てていく有機物なのだ。
部屋じゅうに充ちた匂いの濃さだけが、その存在をかろうじて記憶させるものだが、やがてはそれも消滅する。
さて、あなたはこの世のすべての執着から解放されることができるだろうか?

「この世は、一人遊びの百面相である」

作者がどんな思いをこめてこの言葉を作中にしたためたのか、想像を絶する。
読者がそれぞれに思いを馳せて、この短篇小説を味わっていただきたい。


『短篇ベストコレクション~現代の小説2000~』より「桃ーーお葉の匂い」久世光彦・著


☆次回(読書案内No.157)は未定です、こうご期待♪


★吟遊映人『読書案内』 第1弾はコチラから
★吟遊映人『読書案内』 第2弾はコチラから



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最終更新日  2015.02.14 07:25:27
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